第12話 爆殺傭兵の帰還
単純にルール無用の殺し合いの経験値とあらゆる事態への想定がに足りていなかった。これは命を奪い合う殺し合いだ。
ゲームのようなルールにのっとったものとは違う、最終的に生き残った者が勝者であるという不文律をボクは理解していなかった。
そう言わんばかりに切り上げられるナイフは月明りの下、弧を描いて切り裂かんとうなりを上げる。
回避不能の一撃は当然の如くボクの華奢な体を切り裂いた。
ただし左肩の皮膚数ミリ分の深さを。
「痛ったぁ……」
騙し討ちを避けた勢いそのままバックステップで間合いを空けて離脱を図る。
危なかった。まさかあんな単純で情けない騙し討ちをしてくる相手がいるとな思わなかった。
「クソッタレが、舐めやがって。油断したと見せかけてしっかり警戒してやがんじゃねぇか」
「やってくれたね! さすがのボクでもこれは許せないよ」
夜の闇を背負い、鉈を構える。
必殺のはずの一撃を回避された男の敗北はこの時点で確定している。純粋な地力ではこの人はボクには敵わない。男は体格も経験も劣る女の子相手に情けないことこの上ないが今は自分の命が最優先と判断し、すぐに立ち上がって逃走を図る。
「あ! 待て! 逃げるなー!」
「テメェ相手にいつまでも時間食ってる場合じゃねぇんだよこの怪物女!」
「なっ……失礼なこと言わないでよ! 女の子に向かって!」
斬られたことよりモラハラ発言に怒って追走を開始する。あれほどの激戦を繰り広げていたにもかかわらずお互いに負傷は小さい。
この視界では逃走する敵が有利。加えてボクは門からそう遠くに離れることができない。追撃は断念して門へと戻るとすると背後から罵声が響いた。
背後の気配が消えて安堵する男だったが、突如側頭部に強烈な衝撃を受けた。
やったのはエルナ村の青年達。角材やノコギリといった即席の武器をもって逃げようとする男を殴り飛ばして地面に這わせる。
「どう落とし前つけてくれるんだオラァ!!」「修繕費払えや!!」「ほかの仲間はどこだ!!」
怒声や罵声が飛び交い、かかとから角材まで多種多様な暴力が振り下ろされる。
「────────待って!!」
ボクが追い付いたときには男は青年達に囲まれて全身を殴りつけられていた。
軽装の下にはいくつもの青痣が広がっている。血はどくどくと流れだし、意識だってあるのかもわからない。明らかなオーバーキル。
何故今まで殺し合いをして命すら奪われかけた相手をかばおうとするか、自分でもその理由がわからなかった。強いて言うならただそうすべきだと思ったから。
「止んじゃねえ!」「こんな畜生いくら殺したところで一緒だ!」「なぜこいつをかばおうとする! お前も敵か、新入り!!」
ボク自身も敵視される。冷静に考えてみりゃあそりゃそうだ。
つい昨日は言ってきたばっかりの若造が敵をかばうように言ってきたのだ。そりゃあ気に入らないだろう。けどボクだってこれ以上の暴力は看過できなかった。
この世界の人たちは生きている。そう思ったら普段のVRMMOのように容赦なくぶった切ることなんてできなくなってしまった。
「だって、こんなの絶対おかしいよ!! 動けない人を一方的に殴り続けるなんて間違ってる! その人にだって家族がいるんだ! 殺しちゃダメ!」
「うるせぇ! 何も知らないガキが勝手なこと言ってんじゃねぇ!」「────────」「お前から殺ってやろうか!!」
訴えは青年達を振り向かせることすらできずに無為に終わる。もはや反撃すらできない相手への暴行はなにか病的なものを感じさせるに十分な光景だった。
────────この世界はなにか歪んでいる。
表面上は優しかった村人たちは実は凶暴性を秘めていた? いや、違う。
こうなってしまった人たちを止められる理屈はないものかと逡巡する。そうしている間にも殴られている男のHPは減り続けている─────どうする?
「やめんか馬鹿ども!」
止まった状況に老人の声が響き渡る。青年たちは振り下ろす腕を止め、声が聞こえた闇を見る。名前は確か、村長のリカードだ。
「なぜ止めるんですか村長!」「こいつは村を滅茶苦茶にしようとした奴ですよ!」
青年たちは抗議するが、全員手は止めている。静まったところで村長の一喝が入る。
「この馬鹿者が! 生かしておけば人質交換なり売り飛ばしたりなりできるじゃろうが! このまま殺すなんて
村長の静止は襲撃者のことは考えておらず、ひどく合理的なものだった。
これが、戦争。平和ボケしきった日本生まれ日本育ちのボクにとってそのギャップは強烈なカルチャーショック。
そんなボクの気持ちには気づかず、村長は続ける。
「ここまでやればもうこやつは一歩も動けんじゃろうて、このお嬢さんの判断は冷静じゃ。さすがはアルファルド殿の傍付きじゃ。よく状況を理解しとる」
誤解だ。そんなことは考えていない。単に助けなきゃって思っただけ。それ以上の合理性もそれ以下の思惑もなかった。
「して、状況はどうなっとるんじゃ? イヴリースから敵襲があると聞いてはおるが」
「あ、はい。実は正門に行ったら閂が壊されてて────────」
村長の誤解は置いておいて状況をできるだけ簡潔に話す。
とりあえずはあの男はこれ以上の暴力にさらされることはないはず。
「なんと、それではハーンを修理に向かわせよう。おい! ハーン! 聞こえておるな!」
「はい! 村長!」
ハーンと呼ばれた青年は迅速な返事とともに材木置き場から閂代わりになりそうな頑丈な板を選び出し、担いで走り出す。
あの青年、ボクの静止に最も過激な罵声を浴びせた人だ。やばい、大丈夫かなあ。第一印象がお互いにあれだし苦手意識がある。けれどそんなことは言ってられない。
あちらはあちらでバツが悪いのだろう。ボクたちは無言で門に走った。
2分ほどで正門に到着する。そこで待ち受けていた光景はの想像もしなかったものだった。門の奥には灰色の煙のようなものが対流して半球のドーム状にとどまっていて、その奥の空は夜中にもかかわらず赤く輝いて煙を不気味に彩っている。門の奥からはざわざわと多くの人の訝しむような声が響いている。
「な、なにこれ……?」
「いったい何が起こっているんだ……?」
正門の豹変に絶句する。ハーンは口をあんぐりとさせている。
この異変は置いておいてとりあえずは状況の確認からだ。とりあえずは突破はされていない。
正門付近に新しい足跡は無し。閂代わりの剣は刺さったまま。ほかの異変といえば────────
「これはアルのナイフ!」
地面に黒塗りのナイフが刺さっているのを確認する。アルファルドは正門に来たのか、いや、彼が村に戻る退路は既にイヴリースが閉ざしている。
ということはアルファルドは正門前でこれを投げ込んだのか……
近づくとナイフには紙が縛り付けてある。きっとメッセージだ。
「おい! 新入り、何が書いてある! ってなにい!」
ハーンが近づいてきた瞬間、小さな炎が空に上がる。信号ののろしだ。
「ハーンさん! 今から一瞬門を開けるよ!」
「はぁ!? お前何馬鹿なこと言ってんだ!? 聞こえねぇのか! もうすぐそこまで敵が来てんだよ! それも訳の分かんねぇ煙を放った魔術師も一緒だ!」
「アルファルドのメッセージだよ! いいから早く! 時間がないよ!」
アルファルドの名前を出したらハーンははっとし、渋々ながら従ってくれる意志を見せる。
「くそ……デマだったら許さねぇぞ……」
ハーンとともに門へと近づき、閂代わりの剣をとる。
そのまま剣を引き抜いて、その直後にハーンは門を人一人分開けた。そこに一つの人影が滑り込んでくる。スライディングして人影が通過するや否やハーンは門を閉め、閉まったところでボクが本物の閂を差し込む。
この間、わずか数秒。即席のチームとは思えないほどの連係プレーだった。
「伏せろ!」
人影が叫び、門の向こうに向かって野球ボールのような何かを投げる。ボールは放物線を描き、煙の中に消える。
そして────────
「
単純な呪文が響いた後、門の向こう側でこの世のものとは思えない轟音が響く。
天地を揺らすような爆風と衝撃波。フロアボスの強力なブレスのような爆炎が門を挟んだ対岸で広がり、一瞬で拡散する。巻き込まれたら一瞬で死に至る自信がある。冗談みたいな火力は一瞬巨大な火柱を夜の天を衝き、刹那ののちに消えていく。
向こう側ではすさまじい音と衝撃と熱量が発生し、獣人兵の多くが巻き込まれた。拡散する炎は眼球を蒸発させ、脂肪を燃やし、体内から水分とHPを消し飛ばす。衝撃と音は骨を折り、内臓を揺らして門で守られていたボクたちとハーンでさえすっころんでしまうほどの衝撃をもたらした。
うええ、内臓が揺れて気持ち悪い……
「ナイス連携だ。ユウキ、おかげで助かったぜ」
アルファルドの感謝は爆発の衝撃にひるんだ鼓膜と心臓が飛び出すほどの動転した精神には届かなかった。
「いやいやいやいや!! なにあの爆発! あの雲も火事も全部君がやったの? ねぇ!」
「そうですよ! なんなんスかあれ! どうゆう術使ったらあんなことになるんスか?!」
門で威力の大部分を殺してアレだ。今頃敵軍は壊滅状態だろう。
ミサイル砲やドラゴンのブレスすら上回る文字通りの火力。あんな危険な術ボクどころかハーンの知識にさえない。これがAランクの火属性魔術なんだろうか。
「ああ、あれな。
異世界転生ものにはよく粉塵爆発を利用した攻撃があったが、あれを実際にやるとああなるらしい。
絶対に粉塵爆発には手は出さないぞ。粉塵爆発超怖い。
「じゃああの森火事は……?」
「あれは俺じゃなくて敵がやらかした」
「てか門! 門燃えてる!」
気づいたら正門は燃えていた。あんな爆発を起こしたのだ。当然、木製の扉も櫓も着火する。
問答しているうちに門の火は少しずつ広がっていた。
「やっべ、また村長にどやされる」
「消火! 消火しなきゃ!」
「どーしてくれんスかアルファルドさん!」
「ハーンはできるだけ多くの人を呼んで消火作業をしろ! ユウキは消火活動を手伝ってくれ」
「「り、了解!」」
あわただしくアルファルドは指示を出し、自分が蒔いた事態の収拾にあたる。
とんだマッチポンプだ。でも文字通り自分で放火して自分で消火作業に当たっているアルファルドの背中を見て心なしか安心した。
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