第11話 エルナ村の戦い
教会が何やら騒がしくなっている。エルナ村潜入部隊の1人、ボルドーは予想以上に速い敵の対応に焦りを感じていた。
本当は教会に潜入したのち、閂を破壊してこっそり帰って別動隊に襲ってもらう。そんな予定で動いていたにもかかわらず、忘れ物を取りに戻ったシスターに発見されるわ、口封じはできたものの実働部隊は6人から4人に減ってしまった上に肝心の退路がふさがれようとしている。
「クソッタレ、どうしてこうなっちまったんだ、ああ、最悪だ。正門行ったワーカントは何してんだ……」
本来の任務である物見櫓の制圧を放棄して教会に向かう。どうせこんな田舎の村、大して戦力を割いていまい。そういった判断のもと、退路の再確保を優先したボルドーの判断は間違ってはいなかった。
ただし、やり方さえ間違えなければ。
「なん……だと……」
入口には仲間の一人、フェンの無残な死体が転がっていた。頸動脈を一撃で斬られ、なすすべもなく絶命している。
「便所の蛆虫以下の糞虫どもが、皆殺しにしてやらぁ!!!」
逆上したボルドーは村の特産バルバトス杉の椅子の合間を縫って槌の音のする方、教会の地下倉庫に走り出した。
そして入口から2番目の椅子を過ぎたあたりで────────世界が横転した。
「殺す────────絶対に殺す」
穴は大工職の村人たちに任せ、イヴリースは教会の2階に息をひそめて獲物を待ち続けていた。
教会という地形は
ユウキ、あの突如現れた少女が正門を守れるかは賭けだがあのアルファルドが選ぶのだ。相当な実力か見込みがないと勧誘はしないだろう。
ああ、思い出したら腹が立ってきた。なんでヤツはあんな少女を側付きにしたのだろう。自分なんて何度頼んでそのたびに断られたことか────────
「クソッタレ────────」
余計な思考は汚い罵声とともに闇に溶ける。
待望の獲物のご到着だ。そして馬鹿な標的は罠に気付かずに飛び込んでいき、そしてかかった。
1歩分の勢いをつけて『ジャンプ』する。窓からさす月明りと地下倉庫の照明だけが明りの暗い協会の闇の中に溶け込み、重力に引かれて断頭台の如く体ごと槍が落ちる。
「おい、なんか言うことはないかよ」
「────────────────────────」
イヴリースの一撃はボルドーの心臓を穿ち、即死させた。問答など不可能。なぜなら答える余裕を与えなかったからだ。
「チッ。だんまりかよ。獣は獣らしくよォ、なんか吠えてみろよオイ。聞いてんのか、フィーネはどこだ! テメェらの仲間は何人いんだよコラァ!!」
槍の石突で傷口を抉る。敵の”命値”を削れば削るほど情報は遠のく。そんなことは解っているはずなのに憎悪を抑えられずに殴る。殴る。殴る。
すでにとこ切れた相手を病的なまでに殴ってもイヴリースのフラストレーションすら解決しない。
「成程。この村に『爆殺傭兵』がいるという噂は事実らしい」
罵声が響き渡る教会に場にふさわしい落ち着いた声が響く。
いままでの汚らしい胴間声とは異なり、低いが品のあるアルトボイス。
フードをかぶっていてその正体は見えない。身長は165センほどか。先ほどの男たちとは打って変わって武人のような落ち着きのある声色。それでいて隠しきれぬ憎悪の念。
「誰だテメェは。今は機嫌がいいんだ。好きな死に方くらいは選ばせてやる」
突如沸いた新しい獲物にイヴリースは歓喜する。殺せる。まだあの獣どもを殺すことができる。そう考えると胸が躍った。
「和が名はランファル。仲間の仇、討たせてもらおう」
静謐が破られた教会の中、第2戦目が始まる。
******************
一方森の中、アルファルドの足元には3人の屍が転がっていた。死んではない。だがそれはシステム的にHPが0になっていないだけだ。
「kff.]@fsfsfnuefhfhaihaifyetksjekfhfvu────────────────」
「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイイイイイイイイイイイイイイイヘヘヘヘヘヘヘh」
「ah────────-ppppppppppbbbbbbbb」
3人がこうなったのはアルファルドの拷問の結果だ。最初に炎と風の併用魔術で眼球を焼き、足の腱をナイフで切断して無力化して捕縛した。油断して余計な欲を出す連中ばかりだったのが幸運だった。
「お前が吐けばお前だけは助けてやる」とか逆に「仲間を助けてやる」といった交渉、壊れた仲間を見せたりする精神的拷問から木の棒を差し込んで生きた針山にしたり内臓を虫に食べさせたり顔の皮膚をはがしたりする肉体的拷問など、その他もろもろその場でできるお手軽拷問コースを披露したが、結果はろくな情報を得られずに全員壊してしまった。
「全く、根性があるのかそれともないのか……」
拷問の最中、
ロクな情報も得られずに外に出てしまったアルファルドの落胆は大きい。
どうせこいつらの相手をしたせいでフィーネには追い付けない。それにあの穴はもう塞がれているだろう。
優先すべきは正門のほう、エルナ村を脅かす本隊だ。トンネルを掘った時点で大量の敵兵が村を襲わなかったということは恐らく敵は少数の部隊を村に送り込んで門を開けさせ、がら空きの正門から入ってくる作戦なのだろう。
「ってこれ一人で大軍相手に無双しなけりゃならねえのかよ……勘弁してくれ……」
現在外に出ているのはアルファルドのみ。
自分一人で夜襲をかけに来た集団を相手にしなけらばならない。正面からやったら瞬殺される。ただでさえ昨日年下の少女にいいようにやられたのに今日もやられ役とか勘弁してほしかった。
「まぁ
アルファルドはあっさりと自らの敗北を認める。いくつもの戦いを生き残ってきた歴戦の猛者にしてはあまりにも潔い負けっぷりだ。
「だが、次は勝つ。一本取ったくらいじゃ人は死なねぇってことを思い知らせてやる」
森林の中を縫うように走り、エルナ村の南の街道を目指す。
敵は50人ほどの小隊だった。ほぼ全員皮鎧や軽量級の防具を付け、略奪の時間を今か今かと待ち望んでいる。
「まずは女だろ、女。ひゃー、売り飛ばすのがもったいねぇぜ」「お前そう言って女以外殺しちゃうじゃん、あいつらだって売れるのに」「ヒャッハー! 早く突入許可下りねぇかな?」
全員思い思いの欲望を吐きながら欲に毛深い顔面を歪ませている。
「わが両手に光を、降り立つ影は東西を指し、神の火と熱をもって我に灼熱の風を与えたまえ」
気づかれないようにこっそりと唱える。手元は藪で隠して魔術の光が漏れないようにする。
両手に3個づつ輝く赤と緑の光の玉は交じり合うと野球ボールのようなものの中に入り込む。楽しそうに世紀末談笑する野盗たちの中心に水を差すようにアルファルドは野球ボールのようなものを投げ込んだ。
「焼け死ね」
殺意を込めた呪詛が放たれる。
ボールの中で空気が膨張し、それが熱を得て更に加速する。限界になった圧力はボールを内側から破砕し、熱風とともに破片をまき散らして拡散した。
投げたものは
それをアルファルドは悪用した。
魔術は基本的に術者の手元でしか発動しないが、『因子解放』だけは例外だ。
なにせ何もせずにエネルギーだけ放出するのだから放っておいても魔術因子は解放する。実際に因子精製と属性固定を行って数秒ののちにに魔術は解放して制御できなくなる。
その因子解放のエネルギーを有効活用したのがアルファルドが放った
そうすることで少ない
別名を
投げた後はすぐさま逃走する。正面切ったら敵わないというのもあるが、『奇襲だけ受けた』という事実だけあったほうが敵の心理を攪乱できる。
今頃敵は1個分隊クラスが奇襲をかけてきたのだと思われるだろう。実態はアルファルド一人だが。
夜の闇を縫ってアルファルドは爆破と逃走を繰り返す。
いくら夜だからといってこれだけ攻撃したら見つからないわけがない。4回目の爆破の明かりで一瞬、アルファルドの姿が捉えられた。
「糞野郎! よりにもよって隠れるだけしか能のない芋虫が! さっさとかかってこいやぁ!!」
当然そんな安い挑発は無視する。なぜか「童貞」だの「インポ」だの程度の低い罵倒が響いて敵部隊は次々と森に入ってくる。ひとつ屋根の下に女の子を住まわしておいて手を出せていないあたり健全な男子としては否定し難い悪口。
アルファルドの目的は撃退であって殲滅ではない。これで敵兵が引いてくれれば御の字。アルファルドの目的は達成される。それに夜の森の中で地の利があるアルファルドに追いつけるものはいなかった。
それにもかかわらず部隊はアルファルドを追うもの、負傷者を介抱するもの、そのままアルファルドを振り切って村に行こうとするもの、火の魔法を森に向かって滅茶苦茶に放つものがそれぞれ個別で動いていて意思統一がなされていない。否、アルファルドに意思統一を破壊された。
「うろたえるな!! 我々の目的はエルナ村だ! 焦って追ったらそれこそ敵の思うつぼだ!」
しかし、リーダーらしき男の一喝で混乱した状況が復調を示し始めた。
「ですが総長、奴らは我々の居場所を読んで攻撃してきました! このままでは待ち伏せの可能性も」
「愚か者! それだったら一斉に攻撃されてとっくに我らは壊滅しておる! それがないということは敵は我々の動きを完全に把握できてはいない!」
とはいえ、不可視の敵に後ろをとられながら進軍するのも気持ちが悪い。部下たちの手前落ち着いてはいるが、ビーストの
攻撃のが一斉に放たれず、異なる地点から間隔をあけて放たれていることから敵はおそらく1人、最大でも3人だろう。その中の一人が恐らく例の『爆殺傭兵』なのだろうがそれだけの相手が単独でヒットアンドアウェイを繰り返しているあたり、襲撃に気付いたものの対応はかなり遅れているといっていい。
住人の避難は間に合わず、単身で敵を倒しに行った、というところか。それにこの場に『爆殺傭兵』がいるのなら中の者たちが門を攻略しているはず。
こいつはピンチじゃねぇ。チャンスだ。そう判断したのだろう。
「全軍、全方位に魔術を打ったのにちにエルナ村に突撃ィ!!!」
「応ッ!!!」
魔術は空間の
目論見は成功して、敵の厄介な爆撃は止んだ。爆撃の脅威から解放された一個小隊が鬨の声を上げて一斉に動く。
正門はすぐ目の前、ここを通った瞬間、我々は勝利する。だが正門は見えず、代わりに彼らを出迎えたのは門を覆う白い煙だった。
「なにぃ!! これは一体なんだ!?」
「分かるわけないでしょう!」
「どうする? 入るか?」
「いや、これは明らかに罠だろ」
「どーすんだよここで引くとかあり得ねぇだろ」
「じゃあお前行けよ」
「やだよお前が行けや」
様々な議論が持ち上がる中、彼らの共通心理はこの謎の煙はなんだ? というものだった。当然、後ろへの警戒が甘くなる。背後からの死神の足音に事前に気付いたものはいなかった。
灰色の疾風が陣形の中心を吹き抜け、道筋にあるものを切り刻んでそのまま速度を落とさずに煙の中に消えていった。
「なぁ!?」「糞、貴様ァ!」「待ちやがれ!!」
斬られた者は死者は勿論いるものの、かすり傷だけのものなど、程度は様々だ。殺すことより通り抜けることを優先した襲撃。
それに気づきながらもよりにもよって自陣を素通りされたことへの屈辱を彼らは我慢できなかった。
煙をただの目くらましと決めつけ、怒りのままに今度こそ殺さんとばかりに白い空間に突っ込んでいき────────────────
「これが
瞬間、世界が炎に包まれた。
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