第10話 暗闘と不意打ち

「ハァ!」


 獣人の男は『青龍刀』に似た短いが幅広の剣を振りかぶり、ボクを殺さんとその剣を振り下ろす。

 その剣が振り下ろされる前に横から鞘で叩いてをはじき、続く切り上げをそらし、横薙ぎを潜り抜け、刺突を回避する。

 敵は先ほどの獣人たちと大して変わらない強さだ。それも一人。さらには得物だって木の棒に比べればずっと強度も持ちやすさもある。

 鞘が折れないように振り下ろしなどの力がかかった攻撃は避けたり逸らしたりして、力の乗っていない切り上げなどは受けきる。いまのところ戦えてはいるけれどもそれは気の遠くなるような千日手だった。

 小柄な体躯と身軽さを利用して敵を翻弄できてはいるのだけれども実際は攻めあぐねている。

 実力差的にはボクの圧勝であることは間違いないのだが、なにしろ得物が鞘だ。単純に使いにくい。グリップがないため衝撃は100%手に伝わるし、手汗や衝撃でいつ滑り落ちるかもわからない。強度の高い木材を使用しているためか頼みの鞘は一撃で両断されることはなさそうだが、それでも鞘の耐久値がすさまじい速度で減少値て行くのが感覚的に理解できた。

 振り下ろしを正面からガードしたら3撃ほどで壊れるかもしれない。


 加えて鞘では一撃の威力が低いため攻撃をクリーンヒットさせても効果は薄い。対してこちらは一発でも貰ったらどうなるかわからない。よしんば一撃をくらわしてもダメージ覚悟で攻められたらどうしようもないのだ。

 戦術的に取れる選択肢がかなり狭いのに対して襲撃者にそんな縛りは存在しない。


 やることはただ一つ。────────ボクを殺して閂代わりの剣を奪うこと。

 短期的にはボクが、長期的には襲撃者の有利。加えて門が開けられてしまう時間制限タイムリミットまである。

 状況が敵に傾くのは時間の問題だった。


「ぶっ刺したらぁ!!」


 が、均衡を守れば結果的に勝てるはずのビーストの男はかすり傷一つ負わないボクに苛立っての強烈な突きを放つ。カタナ系ブレードアーツ烈棘レッシ、怒りによって力んだ突きは速度こそ今までで最速、最強の威力を持つなものの、放った後の隙が大きい。

 焦ってくれるなら好都合。渾身の突きが身をひねって躱し、体中のバネを伸ばし切った隙に反撃する。ひねった体を元に戻す勢いをそのままに後ろ回し蹴りを腹に叩き込む。斜め下から男の脇腹に踵を叩き込む。

 うめき声を上げて男の動きが一瞬止まる。その隙に後ろに全力ダッシュする。


「いったん離脱!」


「な、待ちやがれぇ! テメェ!」


 背後の罵声を無視して逃げる。とはいっても戦いから逃げ出すわけではない。逃走したら閂が奪われてや門が開かれ、実質的な敗北になる。

 だからボクは探してみる。ここは林業の盛んな街だ。ならボクが欲しいものもすぐに見つかるはず————


「やっぱりあった! エルナ村なら絶対あるよねこれは! 良かったー!」


 蹴りを一撃浴びせて離脱するボクの態度に逆上した男はまたしても悪手をとった。

 門を閉ざす剣を引き抜いてしまえばよかったものの、彼はそうせずに追いかけてくる。


「ぶっ────────殺す!!」



 隙だらけの背中に振り下ろされる青龍刀。

 しかし、必殺の間合いで放たれる曲刀ブレードアーツ『リーバー』は、ボクの身体を切り裂く手ごたえを返さずに鈍い金属音ともに弾かれた。


「なん……だと……」



 ボク手には薪割り用の肉厚で大ぶりな鉈。丸太すら両断する頑丈な鋼の刃は得意とする片手直剣には及ばないものの、いつ壊れるかも知れない鞘に比べたら雲泥の差のスペックを持つ強力な武装。

 人の頭蓋骨くらいは砕けそうな重量感は得意の片手剣の感覚にかなり近い。


 さあ、これで形勢は逆転だ。得物の不利が緩和したことでボクは攻撃でき、襲撃者は防御せざるを得なくなる。

 これまで防戦一方だったお返しに怒涛の連続攻撃で男を追い詰めていく。鉈での戦闘はブレードアーツこそ使えないものの通常技だけで男を圧倒していく。

 男も素人ではないが少なくともアルファルドよりは弱い。勝ち目のなくなった敵は少しずつ傷を負い、苦し紛れに放ったブレードアーツを躱され技後硬直という決定的なスキをさらす。

 その隙に左側方に回り込みながら鉈を振りかぶった。勝負はこの時点で決着。相手にはもういかなる回避手段も防御手段も存在しない。


 振りかぶられた鉈を振り下ろして、薪の代わりに頭を割ろうと迫る────────



 なんてことはできなかった。戦場では人を殺すことが当然なことなんだろう。ここにいるのがアルファルドならばきっと容赦なく頭を叩き割っていただろう。

 でもボクはできない。この世界に人たちがいったい何なのかはわかっていない。だけども今ここで生きていることだけは確かなことなんだ。だから殺せない。殺したくない。

 だから鉈を突き付けて勧告する。


「降参する?」


 降伏勧告を宣言する。聞いてくれるかどうかは賭けだった。


「殺さないでいてくれるのか……?」


「当たり前じゃん。人を殺しちゃいけないんだよ。それとも、おにーさんは続きやりたいの?」


 男は左手に持った剣を手放し、涙を呑んで生きていることを実感する。

 敵に決定的なスキを突かれて確実な死を迎えるはずだ男は何の因果か生き恥をさらしていることに感激して涙を流している。

 よかった。聞き入れてくれた。あとはイヴリースが呼んでくれる青年団を待ってこの人を拘束しよう。


「ありがてぇ……ありがてぇ……」


 男の命乞いに応えて鉈を下げる。

 敵にだってプライドはある。

 年端もいかぬ少女に剣で完敗し、戦場で2つもミスを重ねた男にもはや戦意はないだろう────────












 そう高をくくった油断を見逃されるほど、戦場というものは甘くなかった。


「騙されてくれてありがとう」



 予備武装のナイフが懐から引き抜かれ


 ────────夜の闇に鮮血が飛び散った。

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