第9話 暗中の３人
「おい！！ フィーネはいるか！！」
夕食を終え、明日の作戦決行の段取りを話している最中、イヴリースが家に飛び込んできた。端正な顔に焦燥が浮かび、息は荒く、目も心なしか血走っている。おそらく町中を探し回っていたのだろう。
中華服みたいな恰好は隠しきれないほどに汗でぬれていた。
「落ち着けイヴリース。一から事情を説明してもらわんことには何も動けん」
「これが落ち着いていられるかよ！！ アイツは……アタシが守ってやらなきゃいけねェのに！！」
イヴリースはアルファルドの胸ぐらをつかみにかかる。が、すぐに冷静さを取り戻して謝罪する。
「……すまねェ。熱くなった」
「分かればいいんだよ。それで？ 状況は？」
アルファルドは冷静に状況把握に努めながら戦の準備を始める。
鎧を装着している時間はない。腰に直剣を帯刀し、革製のジャケットを羽織り、それに小瓶やら野球ボールのようなものを仕込んでいる。ジャケットはホルダーが内にも外にもたくさんついていて、そこにナイフや打根といった武器が格納されている。まるで武器庫みたいだ。
ボクもあわてて戦闘準備に取り掛かる。最低限の小手やブレストプレートを装着し、剣を帯刀する。
日ごろの整備が行き届いているのかそれとも使っていないのか、剣はそう高級なものでもないのに光を反射してボクの顔を映し出す。
よし、もう平気だ。
戦闘準備をしながらイヴリースの状況説明は開始される。
「アイツ、いつもは日没前に仕事終わらせて帰ってくんのに今日は何故か帰ってこなかったンだ。それで、教会にいったら地下倉庫の床に穴が開いてて……」
「その穴は塞いだか？」
「いや、まだだ。そんな余裕なかった」
「わかった。そこから連れ去られたとみて間違いないだろう。ユウキは南の正門に行ってくれ。イヴリースは村長に連絡したのちに教会の穴を塞ぎに行け。俺はフィーネを探しに行く」
アルファルドはテキパキと指示を出していくが、それにイヴリースが噛みついた。
「どうしてだ！！ 捜索隊は出さねェのかよ！！ このままじゃ……」
「地面を掘って侵入した以上組織的で時間をかけた犯行と見て間違いないだろう。だったら連中がシスター一人拉致して済むとは思えない。大部隊が外で待機しているはずだ。そいつらが押し寄せてきたらひとたまりもない。いますべきは侵入者の炙り出しと村の防衛だ」
「────────っ」
イヴリースは反論できず、沈黙する。
ボクより長い付き合いがある彼女にはわかっているのかもしれない。今ここにいる人たちの中で戦場で誰よりも正しい判断ができるのはアルファルドだけだということに。
「まかせたぞ。こっちは最低でも足取りくらいはつかんで見せる」
誰よりも手間がかかるはずの戦闘準備を完了させた彼は「後ろは任せた」といわんばかりの迷いのない走りで姿は闇に溶けていく。
ボクも彼の指示にしたがって南に向かう。目指すは正門。そこに何がいるかもわからないままボクは闇の中を駆けだした。
ボクが門についたころにはアルファルドの読み道理、門の閂は破壊されていた。いまのところ開けられた様子はないがそれも時間の問題か。
周りを見渡すが閂の代わりになりそうなものが見当たらない。いや、破壊されていた。
「それならこいつでどうだ！」
剣を引き抜いて本来閂がある場所に差し込んで閂の代わりにする。鞘ではサイズが合わずに刺さらなかったので仕方ない。
それにこれなら多少の時間稼ぎはできるだろう。
だが肝心の閂があれでは時間稼ぎにしかならない。なにせ店売りの剣だ。折れてしまうのは想像に難くない。さらにいえばこれで丸腰。この状態で戦ったらさっきの焼き直しだ。
得物の再回収と閂の代用を求めて戻ろうとした矢先、
「ちっ、気づかれてやがったか。だがまあいい。ここでお前を消せば万事解決だ」
────────そう簡単にはいかない。とばかりに闇の中から悪意が出現した。
イヴリースは暗闇を駆ける。本当は今すぐ穴に入ってフィーネを探したいところだが、感情を殺してその衝動を叫びに変える。
「敵襲だァ！！ 獣人の野郎どもが教会に穴開けて侵入してきやがった！！」
村人たちが一斉に騒ぎ出し、家から出てくる。幸い、住人たちはまだ完全に寝静まっていなかった。詳しい説明は省いてまずは住人への被害の確認と穴をふさぐことをしなければならない。
動揺して穴を放置したミスを取り戻さなければ。
かつてギルド関係者として学んだ
村長を叩き起こして非常事態を宣言させると確認作業を村の青年団に任せて、幾人かの農夫や大工を起こしたのち、穴をふさぐよう伝達すると家に向かって走り出す。
こちらも幸運なことに武器の類は盗まれていなかった。愛用の槍を持ち出して男衆を送り込んだ教会に向かう。
全速力で教会に到着すると入口に見知らぬ死体が転がっていた。
────────アルファルドの仕業だな。
今は別行動している仲間の迅さに感嘆し、屍を乗り越えて礼拝堂を超えて奥の地下倉庫に向かう。
────────トン。カン。トン。カン。と釘を打つ音が聞こえる。
その音が敵に居場所を知らせているとは知らずに。
アルファルドは現状の味方戦力に不安を覚えていた。
ユウキは単純な実力としてなら自身より強いものの、現状遭遇戦のみの１回しか実戦経験がない。
イヴリースは元教会の武闘派に所属していたため野盗一人くらいなら撃退できるほど強いのだがいかんせん冷静とはいいがたい。
それに村の農夫や木こりたちも力自慢ではあるのだが野盗と互角に戦えるとは思えない。
実質的に戦えるのは３人。先ほどユウキを襲っていた二人組は恐らくは偵察部隊の一味か何かなのだろう。それにトンネルを掘るなんていう奇策に出るあたり準備はかなり周到で綿密。
その様な手合いをたった３人で倒すのは厳しい。
だが籠城戦に構えればエルナ村は強固だ。強固な木材の柵は敵を通さない鉄壁の盾となってくれる。相手が野盗の類なら防衛しきれると判断してユウキとイヴリースに村の防御に任せた。
つまるところ、アルファルドは迫りくる敵の迎撃は自分一人でやるつもりに他ならなかった。
「さあて、事態は思ったよか最悪だな。だが必ず助けに行くぞ、フィーネ」
そして教会の地下倉庫に開けられたトンネルをくぐる。教会のトンネルは２５メル程で地上に出た。
村の西側は大森林でしかも異常に固い木々がうっそうと茂っている。ここの木々は高級木材の一種ではあるのだが、いかんせん切り倒すことの費用対効果が悪い。
つまりここは完全に未開発地域。このド田舎で未開発の地域は潜伏、逃走に適している地形だった。
月明りのみを頼りに森を走る。ランプや松明など問題外、そんなもの敵に位置を教えているようなものなので持ってきていない。
ラッキーなことに敵は足跡を残していってくれた。方角は西へ。が、その足跡は３００メルほどの追跡ののちに途切れていた。
「止め足だな。古典的な手を使いやがって」
わざと偽の足跡を残し、その足跡を踏んで戻って隣の藪に飛び込む。野生動物も行う典型的な手だ。
────────ここまでは想定内。人を抱えた相手に暗闇でも追い付く可能性はなくはない。
が、深追いは逆に木乃伊取りが木乃伊になりかねない。出口の穴は塞いだため早急に正門に戻って村の防備を固めなければ────────
周囲から殺気を感じる。恐らく敵は複数。
とりあえず殺気がした方向の暗中にナイフを投擲する。
その後投げた方向と逆の藪に退避。仲間の死に気付いた敵は闇の中ざわざわと声を荒げる。
「やってくれたな。まずはお前らから相手してやる」
視界は最悪、敵の数は不明。静謐が破られた森の中、傭兵のが始まった。
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