第8話 天使の教会
教会はRPG的な荘厳なものではなくどちらかというと寺院のようなこじんまりとしたものだった。村の家々やイヴリースのボロギルドと比べたら大きいものの、村中の人間を集められるほどの大きさも美しいステンドグラスも存在しない地味な建物だ。
軋みを上げない滑らかに動くドアを開けて中に入る。
「お邪魔しまーす!」
中に入ると赤毛のシスター服の少女が出迎えてくれた。
現実世界のものと通じるデザインのあるシスター服を着た少女で、楚々とした女の子らしい印象を受ける少女だ。清らかな衣装を押し上げる双丘が女性的な印象を醸し出している。スタイルはかなり良く、立ち振る舞いは楚々としていて教会を背景にすると彼女だけ別世界の住人のような感慨を抱いた。
……大きいな……おっぱい……
「いらっしゃいませ。あら? 見ない顔ですね。もしかして最近来たっていう」
「あ、はい。ボク、ユウキです。はじめまして。よろしくお願いしまーす!」
流石田舎の村、情報が回るのが早い。
ボクがこの村に、アルファルドのお世話になっていることがもうそんなに知れ渡っているとは驚きだ。
「私はフィーネっていいます。一応この教会でシスターを務めさせてもらっています。すごいですね、ユウキさん。アルファルドさんが人を誘うことってなかなかないんですよ」
フィーネは豊満な胸に手を当てて簡単な自己紹介と気になることを言ってくる。
「それで、こちらには何をしに? アルさんの傍付きなら薬草でしょうか」
「いや、ちょっとこの世界の歴史みたいなのを聞きにきたんだ。アルファルドに聞いたら『俺は詳しくないから教会に行ってくるといい』なんて言われてさ。ボクも気が付いたら近くの森にいたからこの世界についてなーんにも知らないんだよ。だからさ、教えて!」
早合点を訂正して応えるとフィーネは困ったような顔をして頬に手を当てる。
その姿もまた柔らかくてきれいな印象を受けてこっちが少しばかり気恥ずかしい。
「まったくアルさんったら……あの人だって知っている一般常識でしょうにすぐ忘れちゃうんですから……」
「一般常識だったんだ……結構ズボラなんだね」
「そうですよ! あの人回復魔術使えないのにすぐケガして帰ってくるような人ですからいっつも叱ってるのにおんなじこと繰り返して……」
歴史を聞きに来ただけなのになぜか陰口みたいになってきてる。っていうかアルそんなことしてたんだ。心配になってきた。
「ユウキさん、あの人が無茶しないように監視、お願いしますね」
「わ、わかったよ。ボクにできる範囲ならちゃんと監督するよ」
実際不安だ。ボク自身勝手に突っ込んじゃったり無茶しいだってよく言われるのでブレーキ役になんてなれそうにもない。
このアルファルドが話の聞く限りの破天荒さだったら激しく不安だ。だって誰よりも先にボクが無茶する自信があるのだから。
「はぁ、姉さんといいアルさんといいこの村の武闘派は皆勇敢すぎるので心配だったんですが、ユウキさんが来てくれて助かりました。これですこしは安心ですね」
「それでさそれでさ、ボクは神話とか歴史とか勉強しに来たんだけど聖書とか何かなかったりするの?」
話を本筋に戻す。このままだと目的を忘れてしまいそうだった。
「あ、そうでしたね。ではこの聖典をお貸しします。1週間以内だったらどこでも持ち出せるので是非読破してください」
そういって黒いカバーのついた辞書みたいな厚さの本を渡してくれる。
ぺらぺらとめくると日本語で書かれた立派な本だ。それも手書き。活版印刷技術とかはこの世界にはないらしい。
最初の序文を読む。
(これって————————)
序文を簡単にまとめるとこういったものだ。
その神様が世界を作り出す過程で原初の人間が誕生した。だが人間は神様にとってイレギュラーな創造物だった。
そこで神様はその手の10本の指を切り落とし、世界を任せる役目を持つものを作り上げた。
指はすべて天使となり、天界から世界を運営していた。
ところが天使のうち1人が自らを脅かしかねない創造主を恐れ、だまし討ちの果てに神を殺害した。
神を殺した天使の名はルシフェル。ルシフェルは神を殺した咎をほかの天使から糾弾され、戦争を起こした。
ルシフェルは強大な天使だったが1対9では敵わず翼をもがれ天界から地上に墜とされた。最後の力を振り絞ったルシフェルは神の遺体を利用して自らの後継者を作り上げ、それがビースト、エルフになった。というものであった。
このあたりはよくある創世神話の一つだ。と納得できた。
だが問題はその次、残った天使の名前だった。
天使の名は、
それは、ボクの知っている名称だった。
それは現実世界において偽ディオニシウス・アレオパギタの『天上位階論』に書かれたキリスト教の天使の位階を表すものだ。神に仕える権能を持つ9つの位階に分けられた天使。それらがこの世界では固体名として9柱の天使として語り継がれている。
ママがクリスチャンのおかげだろう。天使の名はこの世界と現実世界は何らかの形でリンクしていることに気付くのに十分すぎるほどのヒントになった。
それに天使への呼びかけともとれるこの世界の魔術。
————————この世界が何者かが作り上げた仮想世界、
だが何のために世界を運営する天使の名を現実世界の天使の位階にちなんで名付けたのかがわからなかった。もしかしてこの世界は過去に現実世界の人間の干渉を受けたか、
そんな仮説が頭をよぎる。
「どうしましたか? ユウキさん? お体がすぐれないようでしたら薬、お出ししますが」
「え? あ、全然大丈夫だよ、気にしないで」
「そうですか。でも無理はしないでくださいね。傭兵の皆さんって結構意地っ張りな人が多いですから」
シスターが
っていうかあの傭兵はこんないい子に心配されながら戦ってるのか。
「そういえばアルが人を誘って戦うって珍しいって聞いたけど彼、ずっと一人で戦ってきたの?」
天使のことはわからないことが増えただけなので話題を切り替える。天使も分からないがなかなかどうして彼も謎が多いのだ。人手不足なのに人と一緒に戦うことが珍しいってどういうことなんだろう?
「ええ。そうなんです。大規模な作戦でもあの人は単身で危険な陽動とかをすることが多くて……だからあの人が傍付きを持ったと聞いたときはすっごい驚いたんですよ。やっぱり大切な人ができると無理とかしなくなるんですよね!」
「いやいやいやいや!! 何言ってんの!! ボクたちまだあって1日もたってないんだよ!」
なにかすごい誤解をされてなかったかボク! アルファルドがボクの大切な人ってことはそれってまるで……
「つまり一目ぼれですか!? 姉さんなんて『所帯持つと男は変わるねェ』とか『あの様子じゃあ弱みでも握らんてんじゃァねェか。惚れた弱みって奴をよォ!』って言ってました! 正直半信半疑だったんですが本当なんですか!?」
惚れた弱み!? 所帯!? いくらボクが物理的箱入り娘でもさすがに単語の意味ぐらいはわかる。
ってか何勘違いしてんのこの子!!
「あのぉ、お聞きしますけどフィーネさんのお姉さんて……」
「あ、はい。イヴリースといいます。今はギルドの受付をしていますですけど……」
あ、察し。あの人が姉ならこんな純粋そうな人にあることないこと吹き込みそうだ。
「いやそれお姉さんの嘘だよ……会って一日で結婚ってありえないでしょ……」
「そうですよね……あははは……ごめんなさい、興奮しちゃて。お恥ずかしいです」
フィーネは照れたように頬を掻く。前言撤回、思ったより勘違いしやすいというか、明後日の方向に行きそうな感じの人だなこの人。
「でも本当に珍しいことなんですよ。こんな辺鄙な村に常駐してくれる青等級の人なんてあの人くらいですし。ユウキさんもあの人を気にかけてあげてください」
「うん。わかったよ。アルファルドはボクが責任をもって監視するよ」
そう答えて手を差し出す。それに応える右手は細かったけれど頼りなさは感じない。綺麗で強い女の子の手だ。
この時ボクたちはこの教会の下で何かの陰謀が渦巻いていることを知らなかった。
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