第5話 傭兵裏話

 翌日、アルファルドは村のはずれにある練武場に連れて行ってくれた。

「こちとらスカウトした身なんでな。相手の実力を知っておきたくてね」

 なんて嘯いていたけど本当は体を動かしていたほうが気がまぎれるだろうと気遣ってくれたんだろう。

 木製のドアを開けて中に入る。ピカピカに磨かれた床に杉の香りのする剣道場のような場所。

 ボクにとっては嬉しい施設がエルナ村には存在した。


「好きな得物を選んでくれ。この村、丸太ばっか作ってるからこういうのだけはレパートリー多いんだよ」


 練武場では木製の模擬剣がいろんな種類に分けられて置かれていた。アルファルドお得意のナイフ型から室内で使ったら天井を破壊しかねない巨大なバスターソード、さらには木の材質まで分類されたまで多種多様な木剣。

 修学旅行の京都のお土産屋の百倍はある。エルナ村のお土産として有名らしい。


「うわぁ! すっごいね!」


 これだけあるとどれを使おうか迷う。片手剣もいいけどほかの武器もこの際試してみたい。

 でもアルファルドに「実力を見せてほしい」といわれた以上一番全力が振えるものにしよう。

 立てかけてある片手直剣型の木剣を手に取る。木製にもかかわらずずっしりとした重さがある。直感でびびっときた。


「これにきーめた!」


「こいつでいいか」


 アルファルドは片刃の短剣型の木剣を選んだ。リーチ的にはボクのほうが長い。

 攻撃力より取り回しのしやすさを優先した造り、森で付けていた剣と似たような形ものだ。

 お互いに得物を選んだところで道場に入る。差し込む朝日がきれいに磨かれた木の板を照らす。

 ボクは向かい合って木剣を中段に構え、半身のいつもの構えをとる。対してアルファルドは手足をだらんと下げた自然体で、どこからどう打ってくるかわからない態勢。


「いーから構えなよ、待っててあげるからさ」


「んな必要はないんだよ。俺にはこれが一番合ってんだから、ーっさ!!」


 そんなことを言いながらアルファルドは自然体からおぞましい勢いで下段から短剣を突き込んできた。無構えからの不意打ちじみた必殺を狙う一撃。

 一瞬で間合いを詰めて急所を狙うそれはあまたのVRMMOを経験していたボクの記憶中でも最速の初撃だった。

 初撃の速さだけなら今まで戦ってきた人たちの中で段違いに速い。パリングする余裕もなく、ギリギリでしか反応できずに背をそらして体勢を崩しながら避ける。


 顎の先に剣がかすって摩擦で熱くなる。

 これでシステムアシシトもステータスの補正もかかっていないのだから驚異的だ。初撃を外されたアルファルドは突き抜いて完全に伸び切った右腕をそのままに短剣を逆手に持ち替えて上から短剣を引くようにして切りに行く。

 それを身をひねって何とかかわし、そのひねりを利用して横薙ぎに剣を振るう。木剣が服をつかむ感覚だけ残して苦し紛れの反撃は空を切った。

 続いてアルファルドは床に手をついて地面をなめるようにボクの足元を蹴り払いにかかる。初撃の王道っぷりに比べたら随分とマニアックな搦め手。それを全力で片足ジャンプして間合いから離脱しあう。


「まったくとんでもない反応速度だな。あれは外したら終わりだってのに」


「そういいう君は追撃が甘いんじゃないかなぁ、あれ完全に終わったと思ったよ」


 お互いに構えを戻して向かい合う。ボクたちの思惑が間合いの外から絡み合い、第2ラウンドの前哨戦になる。


 強い。けれども全く対処でいないほどの強さじゃない。初撃の速度こそすさまじかったけどその後ボクを追い詰めきれなかったことからあの神速の突きは恐らく初撃に限定されると思う。

 刺突以外の攻撃はかなりトリッキーで今まで見たこともないようなスタイル。

 そんな人が不意打ちとか足元狙いみたいな剣士らしくない行動を取ってくる。次に何をしてくるのか全く予想がつかないのがすっごい厄介だ。


「今度はこっちからいっくよー!」


 例の速攻をさせないために先に動く。

 袈裟に切る攻撃、アルファルドは軌跡を読んで防御するがカウンターを狙うより先に追撃に出る。続く胴を狙った突き、派生の切り上げ、返す刀で切り下ろす3連撃。

 それらを何とかかいくぐりアルファルドは切り返しの隙をついて服をつかみにかかる。それをギリギリで躱す。回避を読んでいたアルファルドは体を前傾させてタックルを入れに行く。


 剣士らしからぬ行動。間合いの更に内側に入られ、接近戦ならぬ接触戦に持ち込まれればアルファルドの有利になってしまう。

 そう悟って逆に斜めに前進してアルファルドとすれ違うようにタックルを躱す。タックルを躱されて勢いを殺せないアルファルドはそのまま勢いに乗って間合いから離脱。

 狙うは無防備な背中。その隙はかなりデカい。追撃のチャンスだ。

 上段に構えて少しの溜めの後に剣を振ると、木剣は緑色の光に包まれてアルファルドを追尾する。

 アルファルドも負けじと身をひねって青いライトエフェクトと短剣にまとわせて反撃する。


「せーっの! てりゃあ!」


「負けるかよ!!」


 剣と剣がぶつかり合って火花を散らす。体勢の不利か。剣を受け止めても勢いは殺せずにアルファルドは床に背中から倒れる。

 降参とばかりに大の字になるアルファルド。ボクの勝ちだ。



 ………なんか出た。

 しいて言うなら文字通り廃人のようにやりこんでいたVRMMO・ブレードアークスの目玉の戦闘システム、ブレードアーツに似ている剣から発するライトエフェクトとサウンドエフェクト。

 今のは『ハンドソニック』に似ていた。っていうかそのまんま。


「……ここだと剣って勝手に動いてくれるものなの?」


「『剣舞』を使えばな。っつーかやっぱお前つえーな。雇って正解だったわ」


「そんなこと……えへへ」


 この世界の戦闘システムは把握した。魔術と『剣舞』の二つ。

 チュートリアルが用意されない代わりにアルファルドが色々教えてくれるからトントンって感じ。


「それじゃあ続きでもやるか。……勝てる気しねえけど」


「大丈夫だよ、キミだって十分強いんだから。ほら立って! もう1本やろ!」


 その後も練習試合を何本かやったけどアルファルドはボクから1本もとることはできなかった。

 元々廃人剣士だったボクに対してアルファルドは上位層クラスの実力はあるのだが、それでも剣の技術としては期待していた以上ではなかった。


「……本音を言うと俺の近接戦闘の弱さを補ってくれる相手が欲しかったんだよ」


 というのがボクを雇った本当に理由らしい。


「ふーん、でもアルってどうして剣技が苦手なのに傭兵になんてなったの?」


「そりゃあ決まってる。剣で勝負なんて滅多にしないからさ」


 大丈夫なのかこの傭兵は。とはちょっと思った。



 ****************************************




 練武場での練習試合が終わり、アルファルドとともにギルドへ向かった。

 村のギルドは想像していたRPGやハンティングゲームのものとは違って『ボロ小屋』と表現するしかないものだった。

 老朽化した木製の物置のような小屋に風化した板にかすれて何が書いてあるのかかろうじて読めるくらいの『傭兵ギルド エルナ村支部』と書かれている。

 建付けが悪く、蝶番が悲鳴を上げるドアを開ける。本当に無駄にリアリティがある世界だ。


「しゃいませー」


 接客態度としては赤点な挨拶とともに赤髪の少女がけだるげに出迎える。

 小柄な少女だ。身長は150センチ前半くらい。

 湿った巻き毛にジト目、着崩した制服と、なんともだるそうな表情が整った顔を台無しにしている。中華服を改造したような恰好をしていて、更にそれを着崩して独特な雰囲気を醸し出す。でもなんかそれが様になっているというか、小さいのにかわいいというよりかっこいいに近いような印象を受ける。


「よーゥアルの旦那じゃねぇかい、その子は何だ? 随分と小せぇなァ。任務帰りに女連れとはいい御身分だがその子はちょいとアウトよりなんでねェかい?」


 ……なんていうか、妙にアクの強い受付嬢だ。


「相変わらずだなイヴリース、この子はユウキ。これから『傍付き』にするつもりだ」


 用件だけ伝えて早めに終わらせようとするアルファルドだが、そんなシンプルな話し合いはイヴリースには通じなかった。


「はっはぁ! その子を『傍付き』に! こんな可愛らしい嬢ちゃんを。いい趣味してるじゃんかよォ」


「ねぇ、イヴリースさん。傍付きって何なんです?」


「あーら嬢ちゃん、そんなことも知らずにここ来たんかィ。いいかい、うちには階級ってもんがあってね、傭兵や兵士の仕事に就いたものはまず先輩のそばで経験を積むんだよ。それが傍付きさ。タグの色から赤等級なんていうやつもいるんだァ。それが終わって師匠に認められるか一騎打ちで負かせられれば卒業で橙等級からスタートさ」


「じゃあアルファルドは何等級なんですか?」


「こいつは青だ。階級は虹の七色にちなんでつけられてね。赤橙黄緑青藍紫の順に高いんだが、最高級の紫は国内に一人しかいないのさ。つまりは実質こいつは上から2番目だ。そんで青より上は志望すればこの国の王都を守る正規の騎士になれんのさ。ってもこの偏屈はなぜかこんな寒村にとどまってるんだがな」


「ほっとけ。俺はこういうのどかな村でお早い老後を楽しみたいんだよ」


「だとよォ。運が悪かったな、嬢ちゃん。この糞上司じゃあ出世コースは大外れだぜ」


「へー」


 よくあるRPGの設定みたいだ。アルファルドが出世で苦労したのは多分あの突出してもいない剣技のせいでもあるのだったがまぁ、言わぬが花だろう。

 あれは野良試合だったがアルファルドを何度も破ったボクは実質的にはどの等級なのだろうか。


「そんじゃ登録よろしく」


「おいおィつれねーなーァもっと雑談しようぜ暇なんだよー」


 とかいいながらもイヴリースは手際よく書類仕事を進めている。

 態度はともかくそのへんはちゃんと受付嬢の仕事はしている。態度はともかく。


「ところでその嬢ちゃんは何でそんなことままで知らねェんだ? 言っちゃなんだが常識だろォ?」


 いくつかの書類を手渡しながらイヴリースはしゃべり続ける。


「記憶喪失だそうだ。記憶の回復手段も目下捜索中。戻るまでは色々教えてやってくれ。おまえその辺得意だろ? なにせ元教会のシスターだったんだから」


「人の黒歴史掘り返してんじゃねェーよ。アタシみたいな不良娘を娘だからって出家させた親父が悪いんだよ。親父が」


「師匠の判断は間違ってなかったと思うぜ。お前みたいなやつを野放しにしてたら一体どうなっていたことか」


「うるせェー、バーカ。そーゆーのはもっと適任がいるだろ」


「確かにな」


 教会というにはやはりお決まりのRPGのようにこの世界独自の宗教があるのだろうか。まるで旧世代のゲームのような世界観にボクはこっそり胸を躍らせていた。

 いくつかの書類にサインしながら二人は幼馴染のように取り留めのない会話を繰り返す。

 それらの書類は異世界の不思議言語ではなく日本語で書かれている。また現れたヒンノムが異世界でなく人工的に作られた仮想世界である証拠を見つけた。

 ならばログアウト方法はきっと見つかる。頑張らなくちゃ。


「だいたいよー神様なんてほんとにいんのかよォ、この500年誰も見てないんじゃんよー」


「その神様この世界作った後部下に暗殺されて死んだんじゃなかったか」


「んでもよーォこの世界を人知れず見守ってるとかいう”天使”だって誰も見たことないんだぜ」


「いいからタグ渡せよ。もうお互いに書く書類ないの知ってんだよ。あとはユウキの指印だけだろ」


 アルファルドの言うとおり、後は二つの書類に左手人差し指の指印を押すだけだ。

 イヴリースが何でできているのかは解らない朱肉っぽいものを渡してくる。


「しゃーねーなァ、ほーらよォ。これで登録は完了だ。そのドックタグなくしてもいいけど再発行めんどくせェから覚悟しろよー。そいつは逃げ足だけは定評のある奴だからしっかりついてくんだぞー」


 イヴリースは赤いドックタグを投げて渡し、相変わらず受付嬢とは思えない態度で送り出してくる。


 この時『ユウキ』は正式にこそ世界の市民権を手に入れたのだった。



 その後、鍛冶屋か何かでボクの装備を買いそろえるのかと思いきやアルファルドの用意は異様に早かった。

 シンプルな鉄製の両刃片手直剣、皮鎧や鎖帷子等々、家にはすべて用意されておりそのサイズもどれもぴったりなものだった。明らかに彼の身体には小さすぎるサイズ。

 しかも金属製の武具はこの辺は隣の町まで行かないと手に入らない物品だからすぐ買うことは不可能らしい。いったいどこでサイズを測って調達したのやら。


「ここまで用意がいいと逆に呆れちゃうねー。傭兵やめて執事にでもなったらどうかなぁ」


 あまりの周到ぶりに皮肉を言う。若干の気持ち悪さを感じなくはない。


「師匠の娘のお下がりだがな。サイズがあっててよかったよ」


 なるほど。師匠の娘さんのものだったのか。アルファルドだって一人の人間だ。

 側付きというシステムがある限り彼にも師がいたのだ。ちょっと想像できないが。


「その人は今何をしてるの?」


「今受付嬢やってる不良娘だよ。あいつが僧兵をやっていた2年前に使ってた防具一式。当時はお前とそう背丈も年齢もも変わらなかったからな」


「え!? イヴリースの?」


 あのギルドで夫婦漫才をしていた中華服の少女。あの子がアルファルドの師匠の娘だったのか。

 つまりは実質の義兄弟。どおりで仲がいいと思った。


「皇国で権威を持ってる熾天教会には芒天流っていう槍術を扱う部門があってな、あいつはそこのエースで村に戻ってからも武闘派シスターとして一緒に戦ってたんだ。その時の装備だよ。剣に関して言えば俺のだけど」


 意外な過去。この二人そんな関係だったんだ。


「じゃあ何でイヴリースを側付きにしなかったの? そんな強い子なら即戦力じゃないの?」


「当時はな……複雑だったんだよ。俺も師匠を救えなかったしアイツも父親を失ってその責任を感じてふさぎ込んでた。今でこそこんなんだけどアイツだって辛かったからな。声なんてかけられたもんじゃなかった」


 しまった。重すぎる過去を掘り起こしてしまった。続く言葉がないのが気まずい。

 どうしてボクはこういうところでうっかり地雷を踏んでしまうのだろう。


「辛気臭いこと言って悪かったな。話題でも変えようか」


 無理くり笑顔を作って空気を変えようとしてくれる。それに乗っかってボクも聞きたいことを聞いてみる。


「それで、明日はどこ行くのかな。やっぱりギルド? それともまた練武場?」


「しばらくはこの村で周囲の警戒。ガジャルグの町から応援要請が届いているんだが正直さっきの連中が気になってな。獣人を1匹見たら10匹入ると思えっていうしまだ何人かこの近くに潜伏しているだろうから何かあるかもしれん」


「ゴキブリみたいだね」


 ゴキブリに対する慣用句そのまんまだ。獣人は彼らにとって人さらいの集団のわけだからゴキブリ以上に忌み嫌われているのだろうけど。


「ああ、本当だ。おそらく連中はゴキブリみたいにわらわらと集まってこの村を襲う算段を立ててやがる。お前を襲ったのは目撃者を消すためだったんだろうが組織としての本当の思惑はこの村の襲撃だろう」


 ボクに限っては突然そこに召喚されただけだけど彼らは自分の意思でエルナ村の近辺まできていた。狙いはエルナ村か、ここの近くを通り道にして別の場所を襲撃する算段ということか。

 っていうかこの世界にもいるんだね、ゴキブリ。


「それじゃあボクたちは何をすればいいの?」


「できるとしたら周囲の警戒とかだな。連中の仲間の一部を殺しちまった以上むこうも警戒して尻尾を掴ませないようにするだろうし」


「そっかぁ、じゃあ何にもすることないんだね」


「そういうことだ。あいさつ回りとかいろいろあるけど基本的にはなんもない。まあ俺たちの仕事なんて無いほうがいいんだけどな」


「そうだね。平和が一番だよ」


「そんじゃあ夕飯にでもしようぜ。明日何が起きるかわかんねーんだから」


 そういうとアルファルドはキッチンに向かう。この家の台所は狭いのでボクは渡された野菜の皮むきくらいしかすることがない。そのことに少し申し訳なさを覚えつつボクは目の前の玉ねぎの皮を剥いていった。

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