第2話 はじまりのむら

 結論から言うと交戦していた場所とエルナ村までの距離は思ったより近かった。

 徒歩にして約15分、全力ダッシュすれば迎撃せずとも村まで間に合っていたという事実は想像以上に凹んでしまう。

 堅牢な造りの木製の囲いに覆われた村で、巨大な門が開いてボクらを出迎える。


「ボクの努力って……」


「まぁ村の位置が把握されたら最後、女子供が狙われるからな。そういう意味ではナイスだ。よく戦ってくれた」


「もー! ボクだって女の子でいちおう子供だよ!」


 ちなみにボクは十五歳。この世界での成年が何歳なのか分からないし今の暦がどうなっているのかもわからないけど少なくとも最前線で戦うような歳ではないと思う。

 あの痛みと苦しみは現実のものだった。この世界での死がいったいどんなペナルティを課すのかは分からないが、あの苦痛だけでももう2度と味わうのは御免なことには違いない。


「ああ、もうすぐ成年か。残念だったな、今年の丸太祭りはちょっとばかし過激らしいぜ」


「丸太祭りって何?」


「一応収穫祭ではあるんだが……アレは口で言って説明できるものじゃないんだよなぁ」


 アルファルドが妙にお茶を濁すせいで丸太祭りというのは解らなかったが、この世界で成年は16らしい。

 おそらく暦も現実世界と同様グレゴリオ暦であることを祈る。さすがにどんな仮想世界でも地球の上にっサーバーが置いてある限りそこに違いはないはず。

 無論、この世界が仮想世界であるという前提なんだけど。

 日本語が通じるのも異世界転生にありがちな自動翻訳機能とかではなく、最初からここはなのだろう。多分。


 門をくぐって歩くと木製の家々が並び、少年少女たちが走り回って遊び、大工のような服を着た男たちが丸太や木材を汗水流して運んでいる。

 にぎやかだがうるさいというほどではない温かみのある田舎の村といった感じ。


「着いたぞ。男一人暮らしで汚いが、まぁ我慢してくれ」


 数分程歩いていくとどうやらアルファルドの家に到着したらしい。「おじゃましまーす」といって中に入る。

 一人暮らしにしては珍しい持ち家。木材でできた家屋は無駄な装飾がなく、壁はなぜか黒く焦げている。


 男一人降らしの弊害なのか汚くはないが綺麗とは言い難い。

 壁には黒く塗られたナイフや剣、革製のジャケットが掛けてあり、床は(おそらく整備用の油で)滑る。木製の机と椅子はシンプルな形で快適性よりも実用性を意識して作られた感じだ。

 そこら中に乱雑に脱ぎ捨てられた衣服は結構リアルというか生々しい。はっきり言って綺麗とは言い難い。……パンツが脱ぎ捨ててあるし。


「一応座ってくれ。いまお茶でも出すから」


 そう言ってアルファルドは台所に行く。

 木材や藁を暖炉の中に組みあげたあと、アルファルドは口を開き、聞きなれない詠唱を始めた。


「我が手に光を、


 魔法の呪文なのだろうか、アルファルドの指先からから光り輝く白い球が現れる。


「降り立つ影は東方を指し、神の火の名をもって我に炎を与えたまえ


 続く詠唱で光の玉が赤色に色を変えて輝きを強める。


「因子解放


 最後の詠唱でアルファルドの指先から小規模な火が起き、それが藁に、枝にと着火していき暖炉に火が灯る。


「なにそれ? 魔法?」


「魔術だ。こんなのは初歩の初歩だからすぐ覚えられる。“魔法”ってやつは属性に縛られずに色々な現象を引き起こすらしいが俺は見たこともない。ってかそんなことも知らないのか?」


 アルファルドが『できて当然』といった態度で返す。この世界では魔術というのはかなり一般的なものらしい。


「実はボク気が付いたらあの森にいてさ。ここがどこで何がなんなのやらも分かんないんだよ」


 5W1Hのうち4つがもう既に欠けてしまっている。冷静に考え直すと今の現状はかなり危機的状況じゃないか。

 いつさっきのような連中が現れるかわからない以上野宿は避けたいし、先の戦闘でわかったことだがこの世界は仮想世界か異世界かにも関わらず少なくとも『ゲーム』でないことは確かなのだ。

 程度の違いはあれどVRゲームであるならば痛覚を和らげてくれる機能があるものだが、この世界ではそんなものは働かなかった。


 それに感じた明確な『死』の感触。

 この世界での死は一体何をボクにもたらすのかは分からないがあの時首を絞められた痛みは確かに本物だった。

 だからこの世界のことを少しでも知って自分の足場のことくらいは把握しないといけない。

 でないときっと取り返しのつかないことになるっていう直感がする。


「成程。記憶を失ったかそれともあそこに降ってわいたように現れたか。どちらにしろ合点がいったよ。あんなところに女の子が一人でいるなんておかしいと思ったんだ」


「降ってわいたって表現は正確かもしれないや。だって前触れもなく急にあそこに立ってたんだもん」


「そりゃ凄いこともあったもんだ」


「だよねえ」


 アルファルドは納得したように首肯して苦笑いする。

 いろいろと荒唐無稽な話だったが事実なものは仕方がない。彼自身も驚いてはいるが一応は信じてくれているらしい。


「それでさ、ここはどこでいつなのかも分かんないんだ。ほんと困ったよ」


「じゃあ日付から。日付は林月りんげつの17日だ」


 林月というのは解らなかったが多分この世界の暦上の月のことだろう。

 後で聞くところによると林月は元の世界でいう4月に当たり、暦は名称が変わっているだけでグレゴリオ暦に準拠していた。そしてアルファルドはこの世界の名前を語りだす。


「────ここはヒンノム、だれがそう呼び始めたかは知らないがそう呼ばれてる。そんでここはざっくりいうと紛争地帯の端っこに位置している」


 ───────ヒンノム、それは現実世界でどういう意味の単語なのか、少なくとも今のボクはそれを知らなかった。


「紛争地帯って……」


「お前も実際にあっただろう? ああいう獣人の盗賊が流入して人をさらったり略奪したりするのを」


「あったねえ。いきなりひどい目にあったよ」


「ヒンノムは大雑把に3つの国に別れていてな、今俺達がいる南のカーラーン皇国、君を襲ったビーストが支配する北のダミス連合、一応国境と国土はあるんだが誰もその実態を知らないエルフが住むといわれている西の国の三国だ」


その辺から取り出した紙にざっくりと図が書かれる。

二つの国とそれを分ける巨大な山脈、そして森と巨大な蛇。


「この三国間関係は最悪でな、獣人は人間世界を襲い、人間は獣人たちを奴隷にする。エルフに至ってはその存在が噂されているだけでいるかどうかすら分かっていない。全面戦争が起きてないだけで獣人と人間の間では小競り合いなど頻繁に起きている。お前だって実際に味わっただろ?」


 さっきの理不尽にも襲い掛かってきた変態二人組は盗賊団の獣人だったのか。一対二であれだけ苦戦させられた相手がこの先何人も現れて集団で襲い掛かってくるなんて寒気がする。

 とんだ世界に迷い込んでしまったものだ。


「あれ? でもさ、それだけ緊迫した国際関係ならどうして全面戦争が起きないの? 普通ならそれって戦争の種になるよね?」


 人間側は獣人たちに平然と国土侵犯をされて罪のない国民たちを略奪の憂き目にあわされているというのに国がそれを看過するとは思えない。

 現実世界でそんなことがあったら絶対にどろどろの全面戦争に発展する。

 敵の侵入があることから多分ここ一帯は国境に近い場所だとは思うのだけれども、なぜかこの村は一見の印象とは言えのどかで平和そうで戦争ムードには程遠い。


「国境線を超えるのが厳しいんだよ。だけど今俺たちのいるエルナ村の近くのエルダー大森林は深くて迷いやすいから監視もゆるく、最も行き来があるが結界で1日当たりに行き来できる人数が限定されている」


 人数制限と侵入ルートの問題か。まとまった人数が一気に入り込めない限り全面戦争にはできない。

 人間の行き来を完全に拒絶するのではなく中途半端に人数だけを制限する結界もその役に立っているというわけなのか。

 ボクの理解より少しばかり早いペースでアルファルドの説明は続いていく。


「森の木を切り倒して砦を作ることはしなかったの?」


「もちろんそういう試みが過去何度かあったが、国境付近の木の1本1本がアホみたいに堅い。1日5時間斧を振り続けて1本あたり単純計算で1か月かかる。国家事業で切り倒そうなんていう試みもあったんだが失敗した。原因は木こりが拉致られたからだとかなんとか」


 酷い話があったものだ。恐らくは実質的に破壊困難オブジェクトを大量に置くことで状況を停滞させているのだろう。つまりは意図的な膠着状態。この世界を作った人はさぞいい性格をしているに違いない。


「拉致された人はどうなるの?」


「大抵は身代金目当てだな。拉致しては身代金を要求し、払えなかったら本国送りで金持ち連中にでも売り飛ばされるんだろう。そんときには奴隷やら慰み者やら。つかまってる間は傷つけられはしないだろうが向こうに行った場合ならまぁごめんなさいだ。お互いにおんなじことをしているんだが人手と資源力の関係で連合ののほうが必死になってやってる」


 最悪だ。無理やり連れ去られ、大切な人と離れ離れになった挙句、一人ぼっちで死ぬ。そんなことが当たり前にある世界なんだ、ここは。

 改めて実感する。ボクはとんでもない世界に迷い込んでしまったらしい。


「獣人の盗賊団は数か月、あるいは数年をかけて人を内部に集めて拠点を作ることで戦力を蓄えて略奪を行う。そして俺の仕事はこの村をそいつらから守るための用心棒や獣人の拠点を調査・攻撃することってわけだ。ここまでは何となく掴めたか?」


 アルファルドは長い講義を一旦切って確認してくれる。思ったより入り組んだ世界だ。

 長期に渡って繰り広げられる人間と住人の冷戦状態と国境という無法地帯、そしてそれを取り締まるアルファルドたち傭兵。


「なんとなく掴めたかな、正直いっぱいいっぱいだけど」


 本当は頭を追いつかせるのでいっぱいっぱいだったが、そこは気合と根性でなんとかした。

 すると今度は逆にアルファルドから質問が来た。


「そうか、それじゃあ次は君の話を聞かせてくれ。家族、友人は? 他に頼れる知り合いとかはいないのか?」


「いないよ。気づいた時にはあの森で一人だった」


 少なくとも嘘はついていない。元より天涯孤独の身。そのうえこの世界なら友達もだれも居ないだろう。

 もしもいてくれれば心強いのだが来られたら来られたで少し複雑だ。


「分かった。宿を探すにも先立つものがいるだろう。君が良ければしばらくここを自由に使ってくれて構わない」


「え? ゑ? そそそそそそれっていわゆる────────」


 同棲という奴だ。この人は初対面の女の子に同棲をサラッと提案してきた。

 本人は気づいていないあたり質が悪いかもしれない。この世界の知識も通貨もないボクにとってアルファルドの提案は有難いことこの上ない。だが乙女心的にアウトよりなのは間違いない。

 いくら一人称が『ボク』だろうとも女の子は女の子なのだ。


「まあ安い宿屋も知ってるし紹介はするけどさ。君、お金あるの?」


「ありません…………」


 アルファルドは「あまりおすすめはしないぞ」といいながら苦笑する。

 そうだった。今のボクは宿なし職なし常識なしの怪しさ抜群のトリプルナッシングだ。誰か頼れる人がいないと生きていけるとも思えない。


「エルナ村は多少はマシとはいえ田舎の村だ。内輪のコミュニティが強くて閉鎖的な側面だってある。だからいったん俺にくっついて身分をギルドに保証してもらうことを進めるよ」


「じ、じゃあそうさせてもらうよ。ありがとね、何から何まで気を使ってくれて」


「いいんだよ。俺がしたいからそうしてるだけだし、それなりの見返りだってもらうつもりだ」


「見返り? ボクに払える物なんてないと思うけど」


 所持金0無職で身分不詳という現実世界でも異世界でも何も払える対価のない立場のボクがアルファルドに何かを提供できるとは思えない。

 何を要求されるのだろう、と考えたらなぜか姉ちゃんが昔貸してくれた少女漫画を思い出した。

 あれはハードというかなんというか……全年齢対象のはずなのにRがつくほど過激な表現が何故か多かった代物だった。あのおとなしい姉ちゃんがまさかこんな趣味をしていたとは、とカルチャーショックを受けたほどの曰く付きのお宝たち。

 アルファルドがそういった本に書いてあるような要求をしてくる可能性は0ではないかもしれない。

 何せ彼も年頃の男の子だ。年齢差的に中学生と高校生の差はあると思うがそれは現実世界の倫理観に沿った前提の話。……一体どんな見返りを要求されるんだろう……




「ああ、物や金はいらない。かわりに君の力が欲しい」


 回答は意外。あれだけ強かったアルファルドは直球でボクの力が欲しいって言ってきた。


「ということはボクと一緒に戦ってほしいってこと?」


「その通りだ。君を戦力として雇いたい」


「なんで? あれだけ強いのになんでボクを? ほかにも強い人だっているでしょ?」


 おかしな要求だ。ボクがやったのは彼に助けられて人狼の腕を切ったくらい。あれで実力を買ってくれるような戦果とはとても思えない。

 気遣ってくれているだけかもしれないが、それだったら申し訳ない。


「否定はしないさ。だけどお前だって十分強い。獣人二人を相手に木の棒一つで正面からあれだけ立ち回れれば大したもんだよ。人を探していたころにお前に会えたのは運命だと思ったよ」


 運命。それは本来ボクの言葉だ。この訳も分からない世界で会ったこともないボクにここまで優しくしてくれる人に会えたことがそもそも運命的。

 そんな人がボクを必要としてくれている。

 何のために生まれたのか、何のために姉ちゃんからブレーン・リーダーを譲られてまで生き残ったかわからないこんなボクをアルファルドは必要だって言ってくれた。


 ————答えは、決まった。


「ホントに? ボクなんかでいいの?」


「ああ、お前がいいんだ。それがたった一つの冴えたやり方なんだ」


 正直言って不安だ。昔はとあるVRゲームでそこそこの腕があったけれども、身体能力も人間並なこの世界では前のように無双なんて夢のまた夢だろう。

 でも初めて出会って助けてもらって、ボクを必要としてくれる人には応えたい。

 本音を言えば元の世界に戻りたい。けれどもこれだけ優しくしてくれる人に何も返せないなんて剣士の名が泣く。

 それにこの人と一緒ならどんな敵にも負けないと思えた。だからこぶしを握って決意する。


 アルファルドの力になるんだと。


「わかった。キミについていくよ。精一杯頑張らせてもらうね!」


「ありがとう。これからよろしくな」


「こっちこそよろしくね! アル!」


 青年は一瞬だけ目を見開く。『アル』と呼んだからだろうか。

 会って1時間も立たないうちに名前を略されるのは確かにあまりないことだ。

 すこし距離感が近すぎたのだろうか。


「あ、ごめんなさい。会ったばっかなのにあだ名なんて。アルファルドさん? でいいかな?」


「いや、アルでいいよ。この村じゃ皆そう呼ぶしな」


「それじゃああらためまして、よろしくお願いします! アル」


 アルファルドの手を取る。この世界で初めてできた相棒、命の恩人と肩を並べて戦えることに感謝しながら彼の手を握り返した。

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