第1章 謎という名の大自然

第1話 世界は突然に

「なぜ生きるか」を知っている者は、

ほとんど、あらゆる

「いかに生きるか」に耐えるのだ。



 ────────何の前触れもなく気づいたら森の中に立っていた。

 本当に何の脈絡もない。目を開いたら木漏れ日が差す広葉樹林。そんな場所がボクの最初に見た光景だった。


「あれぇ? ここどこ?」


 別に異世界自体は珍しくもなんともない。VRMMOの製作・運営ができるフリーソフトが世の中に普及して以来、様々な仮想世界が作られている。

 だから見慣れない世界にいること自体は構わない。


 でも何の前触れもなくログインして世界に迷い込むなんてことはありえることじゃない。

 とある事情で仮想世界暮らし3年間、さまざまな世界を旅してきたボクが言うんだ。間違いない。

 だっていつものように仮想世界にログインしたような感覚も記憶もない。そしてこの世界についてボクは何も知らない。

 いくら頑張って思い出そうとしても記憶は途切れ、何の脈絡もないこの世界に収束する。

 いつもの通りのVRMMOゲームならばここで何らかのイベントとともに世界観を説明してくれるようなチュートリアルが始まるものだが、そんな気配もなくただただ小鳥のさえずりを聞かされるだけの放置プレイ。


「うーん、なんで何にもイベントとか起きないんだろう。ってかこの世界何なの!? なんか色々リアル過ぎない!?」


 宛もなく歩き出したところでそのにゾッとした。

 土を踏む感覚、空気抵抗、木漏れ日の陰影、森の中のフィトンチッドの香り。どれをとってもリアル過ぎる。言葉では矛盾するが、現実より現実的な世界。


 現行での仮想世界技術は確かに画期的で、ひとたび入り込めば360度ゲームや映画の中に入ったような感覚を味わえるものだ。

 だが技術的限界というものは存在する。たとえば味覚と嗅覚については技術的開発が遅れていて、森にいても実際に森林浴をしているような森の香りや腐葉土の臭いなどはせずに無香だったりするし、食べ物を食べたとしても初めてのものにとっては「何か違う」ような違和感を覚えたりする。


 だがこの世界は技術的シンギュラリティを超えたのか、それとも本物の異世界なのか、臭いも光も音も不気味の谷をぶっちぎって圧倒的すぎる情報を脳に送り込んでくる。

 もしこれほどの“画質”を現行の仮想世界技術で再現するには一体どれ程のメモリが必要なのか……少なくとも途方もない処理能力を持つコンピューターがいるのは間違いないはず。

 ボクの素人目にでもこの世界は異常な程の世界の再現度で、まるで本物の異世界のようだった。

 少なくともボクが使っている医療用フルダイブマシン、ブレーン・リーダーよりは高スペックのマシンが必要なのは解る。でもアレ以上のフルダイブマシンなんて聞いた事は無いし、そうたくさんあるとも思えない。


「ここはやっぱり仮想世界じゃぁないのかな……うーん、でもさすがにここまでの再現性のある世界作って採算ってとれるもんなのかなぁ?」


 まるで夢でも見ているようだ。

 いや、この世界が夢で現実世界のボクは何も変わっていないんじゃないかという可能性だって否定出来ない。


 胡蝶の夢。

 夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という中国の説話だ。

 幼いころ本で読んだときは「大人にもなって何を中学生みたいなことを言っているのだろう」と思ったものだが、実際に体験してみると笑い話にもならない。


「うーん」「う──ん」とうなりながら森林を一人探索するが、答えも手掛かりも見つからない。

 こんな世界には入ってみたいと思わなくはなかったが、実際に入ってしかもログアウトもできないんじゃ欠陥製品もいい所だ。


「まるでデスゲームだね。いや、脱出方法が分かんない以上それより悪質かも……」


 だがこの世界はデスゲーム以上に悪辣で不誠実だ。

 すっ飛ばされるチュートリアルに気付いたら周りに何もいない状況。ここがどこかも分からないし、まずもってログインした記憶すら存在しない。

 When,WHere,What,Why,Howの5W1Hのうち5つも不明な状況には流石に困惑するしかなかった。


 しかし困惑もつかの間。森の静寂を打ち破るように音程の取れていない歌が聞こえてくる。


「略~奪、強~奪、焼き討ちじゃ~。今日は誰に会えるかな~、明日は誰と一緒かな~。奴隷を捕まえマジハッピー、女を犯してエクスタシー」


 聞く気が失せるほどに最悪な歌詞。一体どういう神経をしていたらこんなフレーズを思いつくのか逆に感心してしまう。

 間違いない、今この人たちにあっても絶対ロクなことにならない。そう判断して声のする方と逆に走る。

 足元の不安定さや絡みつく草がいままでのVRゲームにはない弱体デバフになる。駆け抜ける空気の抵抗も足元の不安定さも何もかもが新鮮ではある。あるのだがそれよりもまずここがどこだか説明してほしい。


 でもまず先に逃げよう。頭に浮かんでいく様々な疑問をぶっちぎってとにかく走る。


 数分程走っただろうか、この世界のリアルさはとどまるところを知らなかった。

 仮想世界ではスタミナなどのパラメータはあるものの、現実で全力疾走したような疲れは存在しない。せいぜいが長時間車を運転したときのような精神的な疲労くらいが限度だった。

 なのにこの世界は本気で疲れる。

 汗でじっとりと濡れる皮膚も、早鐘のように打つ心音も、吐く息の暑さや湿気も何もかもがいままでのMMOとは比べ物にならない詳細さで疲労感を演出する。


「はぁ、はぁ。なんでこんなに疲れるの? この世界は」


 しかも追ってきている。疲労と地形のせいで移動速度がだんだんと遅くなる。それに土地勘もないからどこへ行ったらいいかわからない。


 ————このままじゃ追い付かれる。なら、迎撃してやる。

 そう判断て足元から頑丈で手ごろな長さの木の枝を拾いあげる。

 あいにく他にできることもなかったもので、文字通りの廃人プレイヤーだったからVRでの剣術なら自信がある。


 数分ののちに歌の主は現れた。二人の「獣人」と呼ぶしかないような見た目の男たち。

 一人は灰色の狼のような顔をした皮鎧を着た男。口の中はずらりと牙が並び、獣人は発汗による体温調節が苦手なのだろうか長い舌がデロリと出ている。一言でいうならば人狼という見た目。

 もう一人はバケツみたいなフルフェイスマスクをかぶっているくせになぜか上半身は裸の変態。なかなか大柄で、露出している胸板や腹は素肌が見えないほどもふもふだが脂ぎっていて不衛生、触りたい見た目の裏腹に触りたくないテカリがある奇妙奇天烈な不審者だ。


「おう、兄弟! こいつ自分で止まりやがったぜ! 溜まってやがんのか!?」


「そうだな兄弟! 誘ってやがんじゃねえのかコイツはよォ! かわいい顔してなんていい子なんだ!」


 最低な掛け合いを目の前で繰り広げる誰がどう見てもゲスな二人組。特にバケツメットは不審者の鏡みたいなやつだ。

 たしかにチュートリアルとしては適切な相手かもしれないが、状況が悪すぎる。

 武器はひのきのぼう1本のみ。戦うにはあまりに貧弱すぎる装備。

 対して獣人二人はロープや鎖といった拘束するための道具と粗雑ながらもちゃんとした武器である棍棒を手にしている。そのうえ抜刀はしていないが腰に剣を帯刀している。

 得物の差は明白。正直言ってピンチだった。だから多少汚い手段をとらせてもらったところで構わないだろう。


「やあぁ!!」


 二人が油断しきっている隙をついて強烈な突きをバケツメットのみぞおちに叩き込む。

 バケツメットが「ぐえ!」とうめき声を上げてよろめいた隙に棒を振りかぶって今度は人狼の男の脳天に振り下ろす。しかしこれは棍棒で防がれる。

 初撃が当たったのは不意打ちの要因が大きい。そうやすやすと勝負は決められるはずもなかった。


「クソッタレが! 不意打ちとは卑怯だぞてめえ!」


 人狼は怒りに任せて棍棒を振り回す。

 しかし怒りに任せたな棍棒の振り回しは単調で、最低限の動きで回避できる。お返しと言わんばかりには皮鎧の獣人の左脇腹に打撃を加えて飛びのく。

 バケツメットはボクに飛びかかってくるが、同じくボクを追おうと踏み込んだ人狼とぶつかって動きを止める。


「ちくしょう、随分とやんちゃなお嬢ちゃんじゃねえか。いいぜ、最初はケツからヤってやる」


「賛成だぜ兄弟。こういう気の強いやつ程締りがいいからな。それにしても卑怯じゃあねえか? あんなひどいこと俺でも思いつかねえぜ」


 再び間合いととって仕切りなおす。先ほどの攻防で攻めていたのはボクだったが、有利になったのはむしろ男たちだ。

 こちらは不意打ちのアドバンテージを失い、二人組はもはや油断することは無いだろう。

 だけど引かない。これくらいの相手、絶対に勝ってやると自分を鼓舞する。


「ねぇ、おにーさんたちはボクをさらいに来たってことでいいんだよね?」


「ああ、たぁっぷり可愛がってあげるさ」


「かわいい服だってたぁくさんあるんだよ」


 初めて成立した会話。問いの返答は期待を裏切らない小悪党っぷり。ここまで行くといっそすがすがしい。


「それじゃあ戦うよ。君たちだって覚悟はしてるはずだよ。剣をとったなら斬られる覚悟があるってことだから」


 これは警告というよりはボク自身への鼓舞と敵への威嚇に近い。

 正直この世界は訳が分からない。とりあえずVRMMOの要領で戦っては見たものの、ゲームと違って現実的な身体能力。それと人を殴った時の嫌な手ごたえはゲームの爽快感とは違う不快感。

 さらには最初に出会った相手が誘拐犯と来たものだ。このゲームを作った人はさぞいいセンスをお持ちになっていることだろう。


「「違うな。覚悟はお前だけしてればいい」」


 小悪党たちは息をそろえて返答し、襲い掛かってくる。

 人狼が先に駆け出してバケツメットが後を追う陣形になる。狙いは恐らく片方が先行し、入れ替わって連携攻撃を行うのだろう。

 それを予想して、出鼻をくじくために全力の突きを人狼の胴体に叩き込む。しかし、それが罠だった。

 棒は胸のプレートに当たった後衝撃は与えて足止めはなったがそこでとどまった。

 それどころかブレストプレートに当たった先端は戻ることなくバケツメットの持つロープに絡み取られる。


 ————やられた。はじめからそのつもりで人狼は攻撃を受けていたのか。

 剣や槍ならそこで引き戻せたが棒は引っかかりがあって取れない。頼みの綱の貧弱武器を奪い取られた。


「なら─────────────」


 なら、こっちも奪ってやる。腰に帯刀された剣に手を伸ばす。剣さえあればこんな奴ら敵じゃない。

 柄をとって引き抜こうとする。しかしそんな無謀はすぐに阻まれる。

 攻撃を受けることを覚悟の上だった人狼はボクの首を掴んでカチあげる。

 体勢を逸らされてせっかく奪った剣を落としてしまう。それどころか締め上げられて足はつま先しか地面についてない。


「首締めはお好みかなぁ!?」


 男に締め上げられ、止まる呼吸。逃れられない絶望の運命。

 ボクはこの世界でも理不尽な運命に直面するのか。

 嫌だなぁ、なんでこんなとこ来ちゃったんだろ。早くみんなのとこに戻りたい。みんな心配してるだろうなぁ


 脳内を巡るのはそんな現実逃避。だけどそれもこの世界の痛みが塗りつぶす。

 呼吸は苦しい。喉は痛い。圧迫される血流に仮想世界のはずなのに脳が働きをやめてボヤける視界。

死ぬ。このままだと間違いなく死ぬ。


ボクはここで死ぬのか?

 

「────────嫌だ」


「んあ?」


 ────────────知ってるんだ。人は死ぬってことを。

 理不尽で事故で惨劇で悪意で善意で無力で暴力で病気でミスで戦闘で力の差で。

 人は本当に簡単にいなくなってしまう。

 そしていなくなってしまったあと、残された人の空白は心をむしばみ、癒えない傷を残す。そんな当たり前のことを。


 だから諦めない。生きることを、頑張って生き抜くことを。


 ————もう二度と死神なんて厄介なものに付きまとわれるのは御免だ。

 意識も体も十分に動いてくれている。体調はいつになく絶好調できっと今なら誰にも負けない自信がある。

 だったらこんなチンピラなんて怖くない。この程度は『死』と呼ぶことすらおこがましい。

 こんな奴ら怖くない。

 今まで戦ってきた人たちのほうがずっとずっと強かった! 

 今まで戦ってきた現実のほうがずっとずっと怖かった! だから————


「────────────もう二度と、ボクは何もできずにに死ぬのはゴメンだ!!」


 いかにリアルな世界とは言え完全に人体工学や物理法則を再現できているわけではない。

 咽頭部を押さえつけられていても生への望みを叫ぶことはできた。

 そして、それが誰かに届くことも可能だった。


「んなあ!?」


 突如として飛来したナイフがボクを締め上げる腕を突き刺す。痛みで緩んだ握力の隙をついてナイフを掴んで腕を縦に引き裂く。

 斬られて半分ほどの太さになった人狼の腕にはもはや人一人を押さえつけられる力はなかった。首のクラッチが外れて動けるようになる。

 驚いて周囲を見渡す人狼。その隙をついて人狼の腰から奪った剣を拾う。


「う、あああああ!」


 奪った剣を振りかぶって肩を斬りつける。

 落ちる腕。レーティング的にアウトなほどに飛び散る血液と手に残る肉を切った感触。そして両腕を失った悲鳴を上げる人狼。

 あまりにも生々しく、グロテスクな光景。


「兄弟!」


 激昂するバケツメット。しかし飛来したものが彼の足を止めた。

 飛んできたのは小さな矢のようなもの。弓につがえるにしてはあまりにも短すぎるその武器の名は『打根うちね』。刺突、投擲用に作られた小型の矢で、暗殺向けの武器。

 それはバケツメットの肋骨の隙間を縫って心臓に寸分の狂いもなく滑り込み、破壊した。一瞬遅れて発せられる疑問の声と崩れ落ちる大柄な体。

 投げられたほうから走ってくるのは灰色の髪の青年。彼は一瞬のうちに距離を詰めると人狼の喉をナイフで掻き斬り、返す刀で頸椎にナイフを叩き込む。人狼は反撃も許されずに倒れる。

 鮮やか過ぎる不意打ち。一陣の風のごとき殺人行為。

 さらに手にしたナイフをバケツメットの胸部に突き刺して引き裂く。

 念には念を入れた過剰殺人オーバーキル

 敵の沈黙を確認した後、一瞬にして二人の命を奪った青年は口を開いた。


「よく一人で戦った。君は強い人だ」


 冷たいながらも優しい口調。


 銀髪と言うよりは若白髪に近い灰色の短髪にいくつものポケットやホルダーがついたダークグレーの皮のジャケット。

 白いインナーウエアにダークグレーのズボン。歳はボクより3〜4くらい歳上そうだが、三白眼気味の灰色の目が年齢不相応の昏い光を帯びていて見た目より大人びた印象を思わせる。

 身長は青年男性の平均より少し大きめな程度。

 顔立ちは整っているものの、口元の斜めの切ったような大きな傷跡がどことなく剣呑な気配を発してイケメンというよりはいささか物騒すぎるといった威圧感を放っている。

 腰には扱いやすそうな剣。前の世界でボクが使っていたものより少し短めのもので、威力よりも取り回しを意識した造りになっている。


「安心しろとは言わないさ。実際こうして人殺ししてるわけだしな。でも言わせてくれ、俺は敵じゃない」


 青年はナイフと打根に付着した血液を獣人たちの毛でふき取ると、それを捨ててボクのもとにゆっくりと歩み寄る。

 さっきの氷のような気配は感じられない安心感を与えるための笑顔。

 青年はかがんだままの少女の頭に手を置くとわしゃわしゃと撫でる。固くて武骨な手。タコをたくさん潰した戦う男の掌。それなのにボクの頭を撫でる手つきには何故か手慣れた感じがあった。

 それで安心しきってしまう。この人のことは何にも知らない。それでも『助かった』って気持ちが優先されて、気持ちが決壊する。


「頑張ったな。そして生きていてくれてありがとう」


 最後の一言が決定的だった。泣くまいと頑張ってきたボクの目から涙があふれだす。

 仮想世界の感情表現は現実世界より過剰で取り繕うのが難しいものだが、この世界のそれはごくごく自然で、それ故にこの感情はどこまでも本物だった。


「…………怖かった」


「ああ。お前はよく頑張ったよ」


「怖かった! 怖かった!! 怖かった!!!」


 思わず初対面の青年に抱きつく。

 気がついたらどことも知れない森の中、これだけでも十分に恐怖なのにさらに追加の人攫いの集団だ。

 本当に死ぬかと思ったし、いつ死んでいてもおかしくなかった。いくら強いとはいえ現代日本で生まれ育ったボクには厳しすぎる体験だった。


 ────────今までもいつ死んでもおかしくなかったし、その覚悟はあった。

 それでも、これは無い。最悪だ。なんでボクがこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 気が付いたらなんも分からない世界に放り込まれた挙句、開幕でやばいやつに遭遇して殺されかけるなんてどう考えたっておかしい。出てこいボクを呼んだ奴は、冗談じゃない、ふざけんな!! ————

 湧き上がる感情をおさえきれず、彼の腕の中で泣き続けた。





「…………落ち着いたか?」


「う、うん。ありがと……」


 ホント、スゴイ恥ずかしい。初対面の名前も知らない青年の腕の中に抱かれて小一時間泣き続けたのだ。

 お互いにかなり大胆だった。

 自然に頭を撫でてくるこの青年にも問題はあると思うけどもボクもボクだ。

 ああ、恥ずかしい。


「……ところで、聞いてる?」


「は、はひ! なんれしょう!」


 青年は何か話そうとしていたが、ボクにはそれを聞き取る余裕がなく、さらには聞き返そうとして噛んでさらに頬を赤く染める。

 それでも青年は諦めずに話しかけ、ボクも恥を忍ぶことにした。


「さっきも言ったと思うがエルナ村っていうここから近い村に向かう。俺の家もそこにあるから簡単な飯は出せるし、その首を治療してくれるシスターもいる。歩けるか?」


「う、うん。大丈夫」


 今はすれば少しでも情報が欲しい。この世界について何も知るためにはこの青年を頼ることに決めた。

 それに彼の戦闘能力は先の一件で十分に思い知った。彼と一緒なら安心だろうという打算、元の世界に帰るための手がかりになるかもしれないという期待。

 何より今助けてくれた青年に対する感謝があった。


「了解だ、行こう。少しの距離だがそこまでは俺が君を守る」


 そういって彼は手を差し出す。歯の浮くようなベタベタなセリフだった。


「ありがとう。ボクもキミがいてくれて助かったよ」


 差し出された手を握り返す。その手は思ったより冷たかったように錯覚した。

 灰色の傭兵は血の海に差す木漏れ日の中状況に似合わない笑顔を浮かべた。


「俺はアルファルド。姓は無い。一応仕事はこの近くの村で傭兵をやってる」


 アルファルド。聞き覚えのある名前だ。

 でもどこかで聞いたことがある程度でどこで聞いたか、何という意味だったかは思い出すことはできなかった。

 青年の名乗りにボクも応じる。


「ボクはユウキ。ただの『ユウキ』だよ。よろしくね!」


 アルファルドの手を取って起き上がる。傭兵の手は力強くボクを引き上げる。

 そのままボクは傭兵を名乗る青年についていく。この世界の目的に気付かないままに。

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