らのちゃんとべるちゃんが電波を受信した

七条ミル

らのちゃんとべるちゃんが電波を受信

とある大学の構内に、狐の耳としっぽを持つスタイルの良い女の子と――大学生に擬態した図書館司書の小柄な女の子がいました。

 狐の耳としっぽを持つ女の子が言います。

「だめです……! こんなところで…………。そ、それに、電波ちゃんに見られたら…………」

 小柄な女の子が言いました。

「大丈夫、大丈夫ですよ、らのちゃん。ちょっとだけですもん」

 二人は――ライトノベルの読み聞かせあいをしていたのでした。




 それと同じ頃、とあるお家で女の子が嫉妬炎に燃えていました。理由は本人にも分かりませんでしたが、なぜだかイライラが止まらないのです。

 女の子はTwitterを開きました。嫉妬の正体を探るためです。

 最近新しくなったTwitterの画面の右上には、電波ちゃんと書かれていました。





 さきほどらのちゃんと呼ばれた女の子は、困ったような顔をして、でもやっぱりラノベを読みたかったのでカバンから一冊、公衆の面前で叫ぶと変態と勘違いされかねないタイトルの本を出しました。まだ真新しい本で、帯には「自己責任でお読みください」と書かれています。

べるちゃん、これしかない……」

「まあ、面白いから……」


鈴ちゃんと呼ばれた女の子も、カバンの中からライトノベルを一冊取り出しました。こちらは少し前の本で、表紙には青い髪の毛のようなものが頭からぴょろりと生えた格好の良い骨が描かれています。

 先にらのちゃんが、小さな声で、でも堂々と、ここでは書けないちょっと問題のある物語を読み上げ始めました。




 さて、電波ちゃんの方ですが、相変わらずTwitterを見ていました。もちろん、らのちゃんも鈴ちゃんも、読み聞かせあいのことはTwitterに上げていませんので、電波ちゃんがそのことに気づくのには時間がかかるでしょう。

 電波ちゃんがそのことを認識できるのは――外に出たときか、あるいは二人が互いに読み聞かせを終えてTwitterにそのことを投稿したときです。

 電波ちゃんは迷っていました。勿論、外に出るか、出ないかです。とっても気になりましたが、外に出るのは――やっぱり決められませんでした。

 とりあえず電波ちゃんは、「らのちゃん関係で謎の嫉妬に燃えている」とだけツイートしました。特に理由はありませんが、電波ちゃんはきっとこれはらのちゃん関係だと思ったのでした。




 それを見たらのちゃんはあわててしまいました。電波ちゃんは自分たちのことを見ていないはずなのに、遠くで嫉妬の炎を燃やされているからです。第六感、というアレなのでしょうか。らのちゃんは不思議に思いながらも、電波ちゃんに「どうしたの」とリプライを送ります。

 電波ちゃんからは、すぐにリプライが帰ってきました。

「今らのちゃんなにしてるの。誰か女の子と一緒に居ない?」

 らのちゃんの額に冷や汗が浮かびます。勿論、電波ちゃんのリプライには暗い表情でこちらを見る電波ちゃんの写真が添付されていました。

 でも、考えたら、らのちゃんは今度鈴ちゃんと実際にあって配信をする約束をしています。その打ち合わせをしている、と言ってごまかせないかなー、と思いました。まあ、ネットですればいいじゃん、と言われてしまうとお終いなのですが――


 らのちゃんはいまだに迷っていました。本当のことを電波ちゃんに言うのか、それとも嘘をついてごまかすのか。らのちゃんも、嘘はつきたくありませんでした。

「らのちゃん、どうしたの」

 らのちゃんの異変に気づいた鈴ちゃんが、らのちゃんに声を掛けました。考えこんでいるらのちゃんを見た鈴ちゃんは、少し心配になりました。そう、らのちゃんはこんなにしっかりしているのに十九歳の大学生なのです。それはお年頃ですから、彼氏の一人や二人居てもおかしくはありません。もし、自分がらのちゃんの彼氏との時間を邪魔してしまっていたら、と考えたら、胃がキリキリと痛み始めました。

 でも――らのちゃんは、昔配信で彼氏は居ない、と名言していました。だから、きっとらのちゃんに彼氏は居ないのでしょう。鈴ちゃんは、そこで一安心しました。

 ところで、らのちゃんはあまりに考えこんでいたせいで、鈴ちゃんに声を掛けられたことに気づいていませんでした。

「あの、らのちゃん?」

 それから二十秒ほどたったところで、ようやく らのちゃんは鈴ちゃんに声を掛けられたことに気が付きました。


「で、電波ちゃんに嫉妬されてる!」




 電波ちゃんは、らのちゃんからの返信を今か今かと待っていました。先ほど送ったリプライに、全然返事が来ないのです。

 ――まさか、本当に女の子と一緒に……

 電波ちゃんの嫉妬の炎に、今ガソリンが注ぎ込まれました。業火と化した電波ちゃんの嫉妬はなおも広がり続けます。




 らのちゃんはと鈴ちゃんは、大学から遠くで上がる火を見ました。勿論、それは実際に燃えているわけではなく、電波ちゃんの嫉妬が具現化したものです。バーチャル空間には、なんでもありうるのです。

 らのちゃんが、「電波ちゃんだ!」と叫びます。

鈴ちゃんにはなんでわかるのかよくわかりませんでしたが、とにかくらのちゃんが走り出したので、鈴ちゃんもらのちゃんの後ろを走り始めました。

 しばらくしたら、燃え上がる一軒のお家が見えてきました。近づいても、全然暑くありません。周りで見ている人たちは、近所の人たちでしょうか。あまり気に留めた様子もなく、おのおの「またかー」などと呟いています。

 らのちゃんは、そのうちの一組に声を掛けました。軽くウェーブのかかった黒髪に、インナーカラーとして青っぽい色を入れたお姉さんと、長い金髪でキツネの耳とキツネの尻尾を持つJKの二人です。黒髪のお姉さんはラムネをボリボリと食べていて、キツネ耳のJKは何故か哺乳瓶でタピオカミルクティーを飲んでいます。もちろん、哺乳瓶の先からタピオカは出てきません。

「あー、あれは電波ちゃんの嫉妬の炎だな」

 黒髪のお姉さんが言いました。

「いつも思うけどよくわかんない……なくない?」

 哺乳瓶を口から外して、キツネ耳のJKが言いました。

 結局、らのちゃんも鈴ちゃんも、この炎が電波ちゃんの嫉妬の炎ということ以外の情報ばかりに気をとられて、何がなんだかわかりませんでした。

 とりあえず、らのちゃんは持ち前の行動力を発揮して、電波ちゃんのお家の扉を開けました。炎は熱を持っていないので、少し怖いというだけで済みました。

 履物とか靴とかを脱いで、らのちゃんの鈴ちゃんはゆっくりとその家の廊下を進みました。火元、つまり電波ちゃんの部屋と思しき扉を見定めると、らのちゃんはゆっくりとドアノブを捻ります。


「電波ちゃん!」


 電波ちゃんはTwitterを眺めていました。嫉妬の炎に燃えつつも、目撃情報を探していたのです。

「らのちゃん⁉ それに――鈴ちゃん?」

 電波ちゃんは驚いたような顔をしました。

「はーい」

「きたよ!」

 らのちゃんは有無を言わさず、電波ちゃんの横に座ります。さらにその横に、鈴ちゃんも座ります。

「三人で、一緒にラノベを読みましょう!」

 らのちゃんがそう言って、鞄からさっきの本を取り出しました。それを見た鈴ちゃんも、本を一冊取り出します。

 ――電波ちゃんも、床に転がっていた本を手に取りました。


 それからしばらく、嫉妬の炎は消え、楽しそうにラノベトークをする声が街に響きました。

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