第一神話縁起世界「模造西方理想郷シミュラークル・ガンダーラ」

1/奴隷の少女と出会う、娘かもしれないので解放してみる

 不思議な虹色の世界を移動し終えると、「宝船」は再び紋章の形に落ち着いた。


 俺は落下する感覚に包まれる。


 どうやら最初の世界に着いたようだが、これ、高度十メートルくらいから落ちてない?


「よっ」


 なんとか、着地は成功。


 学生の頃だけど、運動部である程度足腰を鍛えておいて良かったな。


 目の前に、ドサっと布袋が落ちた。なんだろう。


 中身を確かめると、沢山の金貨が入っている。


 人の顔が刻印されているが、知らない顔である。当然、日本円ではない。


 思い当たるに、「この世界」のお金ってことか。


「あ。大仏様の『ご加護』ってそういうこと?」


 身もふたもないというか。ある意味「分かってる」というか。


 確かに、異なる世界で活動するにあたって、その世界のお金が最初からあるのはめちゃめちゃありがたいな。


 さて。


 大仏様の言う通りなら、俺はどこかの「法界ほっかい」に辿り着いたはずである。


 周囲を確認してみると。


 日差しが強い。


 砂漠が見える。


 一方で、少し遠くから水の香りもする。オアシスを中心に発達した都市、といったところだろうか。


 遠くに、大きな宮殿が見える。黄金だ。豪華だ。


 道の向こうから、日よけのローブをかぶった男の人が歩いてきた。


「あ、すいません」


 声をかけてみる。この世界の人との初接触である。緊張するな。でも、「宝船」の翻訳機能がちゃんと働くのかどうかも確認しておきたいし、ある程度アクティブにいかないとな。


「ここは、どこですか?」

「旅の人かい?」


 おお、言葉が通じた。翻訳機能はばっちりだ。


「ここは、『ガンダーラ』。アメンホテプ3世様が治める、理想の国さね」


 おおっと、自分が住んでる国に対して高い評価だな。仮に、俺が生きていた世界で、日本のことを『理想の国』という人がどれだけいるかを考えてみると、そんなにいないように思う。


 そして、ガンダーラか。


 その名前は知っている。俺が生きてた世界で、西方にあると伝えられた理想郷だ。


 日本人だと、『西遊記さいゆうき』が馴染み深くて、三蔵法師さんぞうほうしたちが目指した「天竺てんじく」の近くの古代王国だと言った方が伝わりやすいだろうか。


 さらに、アメンホテプ3世。こちらは、古代エジプトの有名な王の一人だ。


 アメンホテプ3世が治めるガンダーラか。俺の感覚ではメチャクチャな話で、大仏様が言ってた通り突拍子もない世界という印象だ。


 男の人は機嫌が良さそうにニコニコと笑いながら去って行った。


 旅人であると思われている俺への警戒心も薄い。治安が、イイのだろうか? 「理想の国」とまで言うのも、あながち間違ってないのだろうか?


 しかし、続いて道の向こうから現れた少女の姿を見て、俺はローブの男が語った「理想の国」という言葉にさっそく疑念を抱くことになる。


 こちらに歩いてくる少女は、首輪で繋がれている。首輪からは鎖が三本伸びており、それぞれを三人の男が引いている。


 奴隷どれいという言葉が連想されるが、少女には脅えたような様子は見られず、自然体である。また、ここは昼間の大通りである。この光景は、この世界でははばかられる類のものではなく、普通のものであると捉えられそうだ。


 女性の地位が著しく低い世界? いくつかの可能性を考慮してみるが、ああ、これ考えるとかよりも。少女の体が・・、気になる。もう、これは職業病だな。


 元・マッサージ師の俺は、目力めぢからを十全に発揮すると対象のりや不調箇所を「観」つけることができる。


 ただ、生前はこれほどクリアに分かりはしなかった。


 おそらく、大仏様が言っていた「スキル」、「ことほぐしLv.100」で元々の能力が強化されているのだろう。


「お嬢さん。左腕がしびれているだろう?」


 少女はハっとして立ち止まり、こちらを見つめた。


「どうも、どうも」


 俺は、少女の前へと歩み出る。


 今のところ敵対する意図とかはないのだが、三人の男たちの前に立ちはだかる形になってしまった。


「何者だ?」


 リーダーと思われる男が俺に尋ねた。


「通りすがりの、マッサージ師ですよ」


 この肩書きは、我ながらちょっと怪しいな。


「マッサージ師? なんだそれは、怪しいな」


 やっぱり。


「待ってください。腕が痺れているのは本当です」


 しかし、少女の方が男を制してくれた。落ち着いた、品のある声である。


「何か、魔術の類に精通したお方なのかもしれません。少しお時間を頂いて、彼の話を聞いてもよいでしょうか。左手が上手く動かないままでは、十分なご奉仕ができないと私も思っていたところなのです」


 銀の髪。はすの花をかたどった髪飾りをしている。


 アラビア……という概念がこの世界にもあるのか分からないが、俺が生きた世界でいうアラビアンなドレスをまとっており、肌の露出が多い。


 胸元が強調されており、おっぱいが育っておられるのに目がいってしまう。


 薄いブルーのスカートもシースルーと形容できる程度にスケスケだ。


 そう言えば、大仏様は「えん」という言葉を使っていた。この子が、俺の娘の可能性もあるってことか。


 髪の色が違うが、そもそも転生とかしてたらそんなの関係なさそうだしな。


 娘かどうかを確認するには、「あること」をやってみる時間が必要だが、さてどうしようか。


「左腕の痺れ、とってやるな」


 自分で言うのも何だが、生前から俺はマッサージ師の才能はあった方だと思う。


 あんまり話して不思議ちゃんと思われるのも何なので公言もしてなかったが、人間の体の「気の流れ」のようなものが何となく分かり、ここをほぐせば「気の流れ」が調整されて、人体全体としては調和するだろう……みたいなことが感覚的に分かる人間だった。


 そして、大仏様から「スキル」、「ことほぐしLv.100」が与えられた現在、じっくりと少女の体にマッサージの施術をほどこさなくとも、触れるだけで彼女の左腕の「気の滞り」のようなものを「ほぐし」てやれる気がしていた。


 心の中で「スキル」をオンにして、少女の左腕に優しく触れると。


 少女の体の変化は、すぐに分かった。


 驚いたのは、少女自身である。


「え?」


 むしろ戸惑いとも言える表情で、痺れが取れて自由になった左腕を確かめるように上げたり下げたりしている。


「ついでに、肩こりも直しておくな。ちょっと、凝ってるでしょ」


 少女の背後に回って、肩を揉み揉みし始める。


 今度はスキルは使わない。時間をかけて肩を揉む間、少女と会話する時間が欲しかったのだ。


「お嬢さん、これからどこへ行くところなの?」

「オークションの会場です。今日は、私の出荷の日なので」


 ふむ。やはり少女は奴隷のような境遇で、これから競売オークションにかけられるということか。


「そのわりには、憂鬱ゆううつじゃなさそうだけど?」

「憂鬱、とは? この日のために、様々なことを学んできました。私、僧院サンガでは一番の奴隷スードラでした。勝ち抜いたんです。私はどうせなら、今日のオークションでも一番になりたい。輝きたいんです」


 出かかった「狭い世界の話だ」という言葉を俺は飲みこんだ。この世界で。彼女がいた世界で。それは誉れ高きことで、他人である俺がどうこういうことじゃないかもしれないのだから。


 でも思わず、問いかけてしまう。


「聡明なお嬢さんが、自分で自分が売られることを是としている。疑問は、抱かない?」

「何を、お嘆きになって?」


 なるほど。奴隷は悪いことだという倫理観が、買う側にも売られる側にも、おそらく人全般にもない世界といったところか。


 他人の世界は尊重するべきだ、というお題目も俺の頭をよぎったが。


 ダメだ。


 どうしても俺は、少女と自分の娘を重ねてしまうのだ。


 自分の娘が奴隷となり、あまつさえ、そのことを悲しいとさえ思わない境遇にいたとしたら。


 それは、とても悲しい。


 たとえ自分のエゴだとしても。


 俺は、少女を見過ごすことができなくなってしまっていた。


「いくらだ?」


 俺と少女を囲んでいた男たちは、眉を動かした。


「この女の子、いくらだ?」


 真顔で考えると最低の台詞であるが、背に腹は変えられない。


 たとえば、自分の娘ともう一度逢えるなら百億円でも安いという人はけっこういるだろう。実際に支払えるかどうかはともかく。


「一時、俺の世界の人身売買について調べていたことがあったので、あなた達の行動原理はある程度分かってるつもりです。お金これでしょう」


 俺が渡した金貨がいっぱいに入った袋に、男達は驚いた。


 これからオークションにおもむき、どれだけ高値がついても、今俺が手渡した金貨の分の額は、彼女につかないと男達は判断したと思われる。


「これからは、この方がお前の主人だ」


 そう言い残し、鎖と彼女の首輪を外す鍵を俺に手渡して、去っていく。


 ふむ。やはり、少女自身が思ってるほど、彼女は大事にされていないな。


 男たちが視界から消えていくと、少女は地面に片膝を立てて、俺に向かって慇懃いんぎんに礼をした。


 自分に起きた出来事を、冷静に理解しているらしい。頭の回転が速い子だ。


「ミフィリア、と申します」

「よろしく。響きがイイ名前だね」


 こちらも、名乗る必要があるだろう。


「俺は、姓は『宮本みやもと』、俺の世界の大剣豪と同じだぞい」

「やはり、苗字を持たれるような身分の方でありましたか」


 ふむ。俺が生きてた世界の日本の歴史でも昔はそんな感じだが、この世界ではある程度の身分の者しか名字は持てないらしい。


「名前は『ピョンきち』。こっちはキラキラネームのさきがけだったんじゃないかと思ってる」

「ピョン吉様……」


 頭に染みこませるように、ミフィリアは俺の名前を反芻する。


「旅の方、ということは、宿でということになるのでしょうか」

「何が?」

夜伽よとぎをいたします」


 なるほど。そういった技術に自身の価値を結び付けてる彼女のあり方を、俺は特に否定もしないが。


「そういう(えっちな)ことはしません」


 この返答は、ミフィリアがこれまで一生懸命積み重ねてきたことの一部を否定してしまうことになるかもしれないが。


 俺は人差し指でミフィリアの首輪に触れて、ロックを解除した。


 娘であるかもしれない人間に、首輪はさせられない。


 ふむ。じょうを外すという行為も「ほぐす」という概念に含まれるようだ。この大仏様に頂いたスキル、どこまでが「ほぐす」という概念に当てはまるのかは今後色々試していく必要があるな。


 俺の行為に、ミフィリアは戸惑っていた。


「何故でしょう。首がスースーするの、なんか不安……」


 なるほど、自由という不安か。


「ええと。では、ピョン吉様はなにゆえに私をお買いに?」

「確かめたいことがあるんだ」


 ミフィリアが感じてる不安をテンション上げて誤魔化そうという訳ではないのだが。


「踊りを見て欲しいんだ」


 俺は、おもむろに踊り出した。


「アジャポン体操、第一~」


 腕を振り、腰をコミカルに動かし、俺は踊り出す。


 「アジャポン体操」は俺が作ったオリジナルの踊りで、よく娘の前で踊っていたものだ。家庭の中でしか披露してこなかった代物なので、世界で、というか宇宙で知ってる人間は限られる。娘かどうかを確かめるためにしようと思っていた「あること」とはこれだ。


 俺、元妻、娘くらいしかこの踊りは知らない。俺の踊りで大ウケしてる娘が可愛かったのが、記憶に残ってる。この踊りに反応する子がいたとしたら、それがきっと娘だろうということだ。


「アージャ、アージャ、アジャ、ポンポンッ!」


 踊りは十二番まであるが、とりあえず一番の最後までを踊り終えた。


 俺の「アジャポン体操」を生真面目に正対して鑑賞し終えたミフィリアは。


 眉を寄せた。


 なんか、困り眉みたいになっている。


 おおっと。何なの、この人? 頭、おかしいの? みたいな反応である。


 これは、ミフィリアは俺の娘じゃないっぽいかな?

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