4-2.色出 しのぶ <2>
それから一週間。
俺は色出さんについての情報を集めていた。といっても、派手に動いて本人にバレると面倒なことになりそうだったので大した情報は得られなかったのだが。
色出しのぶ、15歳。
クラスメイトでも名前を覚えていない生徒がいるくらい目立たない性格で、この春に地方から進学してきたので中学時代からの友人は無し。美術部所属で、仲の良い友達も全員美術部。だが、色出さん自身はバイトをしているらしく、部活にはほとんど顔を出していない。おそらく、先に友達と仲良くなって、その付き合いで美術部に入ったのだろう。
教師からの印象は少し悪い。というより、彼女を覚えている人がほとんどいなかったのだ。
担任を含め、彼女が履修している教科の担当教師にさり気なくリサーチしてみたが、誰もが最初は色出さんのことを思い出せなかった。出席票で顔と写真を照らし合わせて、ようやく「あぁ、こんなヤツいたな」と思い出すレベルだ。
成績は中の上。全体的に悪くはないが、どの教科も平均点以上はとっている。
運動は少し苦手なようで体力測定の結果は中の下程度。
一週間掛けて集めることのできた情報はこのくらいだ。
俺は自室でそれらをメモ用の小さい紙に書き留め、いくつかの情報をあわせたり、分類分けして情報を整理していた。
これは颯から教えてもらった情報の整理方法で、細かいことをいちいち考えてしまう俺にはなかなか性に合った方法なので、こういう時は考えをまとめるのに役に立つ。こうすると頭の中がスッキリするので、試験勉強でも時々活用していたりする。
ああでもないこうでもないと二、三度メモを分類してから、ようやく一つの確信を得た。
「色出のやつ、わざと自分の印象を操作しているな」
情報を整理した結果、どうしてもそうだとしか思えなかった。
集めた情報から見えてくる彼女と、実際に対面した彼女。その印象が違いすぎる。
違和感は二つ。
一つは千草の家での立ちふるまいだ。千草の家の使用人としてはおかしな行動をしていたが、あの時の雰囲気は学校での色出さんと乖離しすぎている。もし他の場所、例えばどこかの旅館やホテルで
もう一つは、屋上から消えた時の身体能力。
仮に煙遁の術と名付けるが、あの忍術の理屈は簡単で、煙玉を投げて姿が見えないうちに昇降口から逃げただけだ。
だが、あの時はすぐ風が吹いたので、煙が晴れるまで10秒も経っていなかった。そんな短い時間で、足音も立てず、昇降口のドアの音もならさず、俺の目の前から消え去るなんて、口で言うのは簡単だが相当な身体能力がないとできやしない。
そういう視点で彼女の情報を見直すと、なるべく目立たず、自分を平均的な人間だと周囲に印象付けようとしているように見えるのだ。
「まぁ、忍者だし」
情報を整理して一つの結論を出しはしたものの、正直その辺りはどうでもいいのだ。
俺が知りたかったのは、なんで俺に彼女が告白してきたのか、その一点。
「いい加減、この状況もよくないしなぁ」
ベッドに仰向けに倒れ込んで、ぼんやりと天井をみつめる。
そこに、四人の顔を思い浮かべた。
そして、
ここ最近で随分と妙な関係になってしまったものだ、とため息をつく。
これでも俺は鈍感じゃない。
命と陽染が少なからずこっちを意識しているのは何となく気付いてるし、颯についても答えは宙ぶらりんのままだ。
確かに恋愛小説のような恋をしてみたと思ってはいたが、こういう特殊なシチュエーションはあまり望んでいなかったんだが……。
この状況を放置して碌なことにならないのは確定的に明らか。
とにかく、何かしらの結論は出さないといけないと思っているのだが、一つだけどうしても気になっていたのが色出のことだった。
先週、屋上で色出とあった時。
彼女は少なくとも俺からのラブレターに対して忌避感を持っていなかった。
いや、まぁ、中学時代にあれだけ女子のことを分かっていなかった俺が言うのもなんだけど。少なくとも友達に無理やりとか、呼び出しに応じないと何かされるんじゃないかという恐怖心とか、そういう感情を彼女からは感じなかった。
というか、ちょっとウキウキしている節すらあった。
俺はちゃんと手紙に名前を書いたので、彼女も誰からの手紙なのかは分かっていたはずだ。そして、好意が全くないなら呼び出しに応じるとも思えない。
色出さんは俺のことを嫌っていないはず。
だからこそ、なぜ俺にラブレターを送ってきたのに自分から断ったのか、それがずっと気になっているのだ。
きっとその答えが分かれば、今のこの状況にも一つの答えが出せるはずだから。
∞
人の考えていることは悪魔でもないと分からない。
だから、俺は下手に想像することをやめて、本人に直接尋ねることにした。
「うぅ、何でまた呼び出すんですか」
「いや、ラブレター出しといて何だけど、まさか来てくれるとは思わなかった」
翌日の放課後、俺は以前と同じように色出をラブレターで呼び出した。
本当は無視されると思っていたから、ラブレターを囮にしていくつか罠を仕掛けるつもりだったのだが。
……やだ、この
色出さんは胸の前で腕を構えて、ぷんすかと怒りをあらわに抗議してくる。
なんというか、大人しいタイプだと思っていたけど、人よりボディランゲージがオーバーなので感情が分かりやすい。
「だって、送り主の名前書いてなかったじゃないですか!」
「俺の名前書いてたら呼び出しに応じた?」
「まさか!」
「やっぱり書かなくて正解だったか」
「あぅ……」
そしてすぐに言い負かされてやり込められる。
いや、これは相手を油断させる演技かもしれない。
命と陽染と颯の件で散々懲りただろう、俺!
そうだ、この前みたいに煙玉で逃げられたら話をする暇もない。
一応釘は刺しておこう。
「前みたいに逃げたら忍者ってこと言いふらすんでよろしく」
「な゛っ、んのことか分かりませんけど、に、逃げませんよ」
「脅すようなこと言って悪いけど、こっちも話を聞きたいだけなんだ」
「あぅう……」
こうして面と面向かって話してみても、やはり彼女から敵意や嫌悪といった感情は見えてこない。
だからこそ、余計に彼女のことが知りたかった。
「あの日、何でラブレターをくれたのか。何でその後こっちの返事を拒否したのか。教えてくれないか?」
彼女はその場にうずくまって呻きながら頭を掻いて、ようやく覚悟を決めたのか、それでも涙目になりながらぽつりぽつりと話し始めた。
∞
こ、これから私は独り言を言います。誰が聞いてても気にしません。
そう、独り言だから全然平気っ……!
私は、高校になって初めてこの街に来ました。それまでは凄い田舎に住んでて、同級生どころか年の近い子なんて一人もいませんでした。だから、たくさん友達を作って、本で読んだみたいに楽しい学校生活を送るんだ、って思っていました。
こっちに出てきてから、最初はすごい楽しみだったんです。でも、
そんな時、私に声をかけてくれた男の子がいたんです。
その日は購買がものすごく混んでいて、私は誰かに押されてお財布を落としちゃったんです。すぐ拾おうとしたんですけど、誰かの足に当たってどっかに飛んで行っちゃって。もう嫌なこととか悲しいこととか全部思い出しちゃって、思わず泣きそうになった時、「大丈夫?」って同級生の男の子が声をかけてくれました。
その人は私の顔を見たら「ちょっと待ってて」って言って、購買前の人の波に入っていくと、すぐに出てきて私のお財布を手渡してくれました。突然のことで呆然としてたら、その人は「困ってるなら言葉にしなきゃ、誰にも伝わらないよ」って言って、すぐにどっか行っちゃったんです。
お礼を言うことも忘れていました。でも、その人の言う通りだな、って。私も勇気を出して、クラスメイトにも声をかけたら、友達も作ることができました。
それから、その人のことをずっと考えてしまって。
校内で見かけたらつい目で追ってしまって。
今度こそお礼を言おう、って思っていたんですけど、時間が経つ内に、もし声をかけて私のことを覚えていなかったらどうしよう、って心配するようになってしまって。
多分、初恋だったんです。でも、そんな経験無いからどうしたらいいか分からなくて。それで、ある日思い切ってラブレターを送ったんです。
分かっています。
まともに話したことも無いし、初恋は実らないって聞いたこともあります。
だから、フられるつもりで当たって砕けようと思ったんです。そうしたら、この胸の痛みも、ちょっとは治まってくれるだろうと思って。
私は取り柄なんて無いし、目立たないし、きっと断られる。そう思っていたのに、ラブレターを受け取ったその人は、私の告白を断らなかったんです。
予想外でした。
想定外でした。
「ごめんなさい」って言われて、ちょっと泣いて、友達に慰めてもらったりして。そんな未来しか予想していなかったんです。
だから、思わぬ事態に混乱しちゃって、つい嘘を付いちゃったんです。友達との罰ゲームで告白した、って。
最低ですよね。酷いですよね。
もちろん、後になってめちゃくちゃ後悔しました。
何であんなこと言っちゃったんだろうって。
そしたら、そのすぐ後から、その人は私より可愛い人とデートしたり、クラスの人気者と急に仲良くなったりして、あぁやっぱり私には分不相応だったんだ、って。
気持ちに整理をつけたつもりだったんです。
でも、あの日、あの
正体がバレるなんて予想外でした。でも、だから、やっぱり……。
私と時雨くんは
私、変装だけは自信あったんです。なのに、その人はすぐに私のことを見抜いてくれました。
偶然?
いいえ、そんなことありません!
私の
こうして呼び出してくれたのも、全部、全部、
嬉しい。私、本当に後悔していたんです。
でも、これはきっと運命だったんですね。
神様、仏様!
感謝します!
私に、運命の愛を与えてくれて、感謝します!!
∞
「もういい、黙ってくれ」
「……時雨くん?」
俺が色出の告白詐欺の真相を知りたかったのは、宙ぶらりんの現状に決着を着けたかったからだ。
この一週間で関わった少女たちは、それぞれにそれなりの理由があって俺にちょっかいをだしてきた。
君長命は俺の血が欲しかっただけだ。
不破陽染は命に狙われている俺が珍しかっただけだ。
千草颯は友情を愛情に拗らせただけだ。
なら、色出しのぶは?
ラブレターを送ってきたのに返事を拒否したこの少女は、いったい愛染時雨のどこに惹かれたというのだろうか。
正直、理由次第ではそのまま色出しのぶと付き合うのもありかな、と思っていた。
俺は恋愛に
だから、色出の告白は本当に嬉しかったのだ。
学校での何気ない会話を切っ掛けに、少しずつ相手のことが気になって、時にはすれ違いもあるけれど、最後はお互いに結ばれて、つまらないことで喧嘩して別れてしまうような、そんな、普通の学生みたいな恋愛ができれば十分だったのだ。
それなのに、あぁ、クソ。
よりにもよって。
よりにもよって
そんなものは認められない。
そんなものは許されない。
運命なんてものを信じているやつと、恋愛なんてしてやれない。
俺は一度空を仰いで、色出に深く頭を下げた。
「無理やり聞いて悪かったな。あ、独り言だっけか。それじゃ、俺がここから出ていくから」
「な、何を言ってるんですか! 本当は気付いていたんですよね、私の愛に。だからラブレターで私を呼び出したんですよね!」
「ごめんな、勘違いさせて」
「何で謝るんですか? 私は気にしていませんよ。それより、いま、ここで、ちゃんとお返事します。私はあなたのことが好きです。どうか私とお付き合いして下さい」
ごめん、ごめんな。
本当に申し訳ないと思ってるんだ。
色出、お前はきっと悪くないんだろう。
悪いのは俺だ。言い訳のしようもなく、全面的に俺が悪い。ついでにいうなら、相性が悪い。
だから、これはお前のせいじゃないんだ。
俺は深々と頭を下げたまま、ハッキリと色出に返事した。
「お断りします」
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