3-4.千草 颯 <4>
屋敷の正面から聞こえてくる破壊音から嫌な予感がしていたが、当たり前のように颯と喧嘩している
二人とも全身土まみれで疲れ切った様子だった。
「命といい、不破といい、なんでお前らは揃いも揃って喧嘩したがるんだ」
「時雨、何で……」
颯は信じられないものをみるような目で驚いていた。まぁ、そうだろう。オレ一人では絶対にあの座敷牢からは出られなかっただろうしな。
しかし、ついさっきおっぱいを見たせいか、颯が女装している姿を見ても全く違和感がない。元々美形で中性的な顔立ちだったしな。
「好き勝手言い逃げした親友追ってきたんだよ」
「君らしいね」
その顔はいつも学校で見かける
命も陽染も、こちらに正体を明かしたあとはそれまで見せなかった顔をしていたが、颯は普段の様子とまるで変わらない。それが逆に怖かった。
「それで、これからどうするの?」
「お前次第だ」
「そうだね。まずはこの二人を街から追い出すよ」
颯はこともなげにそう言った。
しかし、俺が聞きたいのはそういうことではない。
「そうじゃねぇだろ」
「安心して。この街以外でも、絶対時雨には近寄れないようにするから」
「だから、違うつってんだろ」
「あぁ、二人じゃなくて僕のこと? 大丈夫、例え君に嫌われようとも、これからも時雨のことは
「そうじゃないんだよ!」
少しずつ狂気に沈む親友の言葉を、力強く否定する。
きっと、颯は本当に俺のことが好きなんだろう。ずっと親友してたんだ。颯が本気かどうかくらい目を見ればすぐ分かる。
俺に嫌われようが、避けられようが、俺のためなら何でも実行する、くそったれな
なんだこいつは。どうしてここまで拗らせた。
いくら男同士で、友達同士で、相手に言えない秘めた恋心を持っていたとしても、ここまで拗らせるなんてありえないだろ。
それに何より、
だから、俺はここまでこいつを追ってきた。誤解を解くためにやってきたのだ。
「お前、何で自分が嫌われる前提で話してるんだよ」
「……え?」
「半陰陽? 千年の蠱毒? 同性なのに異性として好き? 知ったことか! それくらいのことで俺の友達やめれるとでも思ってんのか?」
俺が頭にきたのはそこだ。
颯は俺のことをよく分かっている。俺が女好きってのも知ってるし、恋愛小説みたいな恋愛に憧れていることを知っている。
人より先のことがよく見えるあいつのことだ。きっと、自分の
だけどな、颯。
お前が俺のことを知っているなら。
俺だってお前のことをよーく知っているんだぜ。
脳内シュミレーションで失恋したくらいで、そう簡単に俺と絶交できると思うなよ。
「あー、出たよ愛染の悪い癖」
「……ふん」
俺の叫びを聞いた颯は悲しそうに天を仰ぐ。
「時雨は、なんで僕が今日告白をしたと思う?」
その声は、颯の心からの言葉だった。
俺を好きだといいながら、俺に何も求めない親友の、本当の気持ち。
「時雨は、もし僕が何も言わずにこっそりと二人を
「……別に。厄介事がなくなって喜んでたかもな」
おい、そこの二人。怖い顔で睨んでくるんじゃねぇ。ちっとは胸に手を当てて自分の所業を見つめ直してみろ。
「嘘だね」
「あぁ?」
「きっと時雨なら二人のことを調べるよ。それこそ、どれだけ時間がかかってもね」
「……そんな訳ないだろ」
「そんな訳あるよ。どれだけ時雨の側にいたと思ってるんだ。そのくらい予想はつくさ」
おい、そこの二人。せめて満更でもなさそうな顔くらいしろよ。なんで「それが当然」みたいな顔で踏ん反り返ってんだ。
くそっ、絶対調子にのると思ったから誤魔化したのに。
「そのうち、きっと僕の仕業ってことに気付くだろうね。そしたら当然」
「お前に問い質すだろうな」
「僕は時雨に質問されたなら誠実に答える。でも、僕の気持ちを説明しないと、きっと時雨は理由に納得しないよね」
「つまり、遅かれ早かれ気付かれるから―――」
「―――早いほうがいいと思った、ってだけさ」
確かに、もし命と陽染が突然姿を消したとしたら、明らかに俺が関わっていると予想がつく。
俺は、きっと颯が言う通り二人のことを探していたことだろう。そして颯にたどり着き、何でこんなことをしたのか詰問する。
そして、颯は言うのだろう。
君のことが好きだったから、と。
「お前、今までずっとそんな気持ちで俺と友達やってたのか」
「うん、そうだよ」
颯は幼い子どものように着物の袖を広げてくるくると回転し、ゆっくりと俺に近づいてきた。
まるで、女としての自分を見せつけるように。
「僕はね、裏表の無い君が好きだ。まっすぐな君が好きだ。人を見た目で判断しない君が好きだ。僕のことを救ってくれた君が好きだ。読書を勧めてくれた君が好きだ。フラレてばっかりで格好悪い君も好きだ。好きだ好きだ好きだ好きだ好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。言葉ではきっと言い尽くせないほど、君のことが大好きだ」
でもね、と
「この好きは、友達じゃなく異性としての好きなんだよ」
そう言って俺の頬に手を添えて。
唇と唇が触れそうになるくらい近づけてから。
人差し指で唇を押さえてきた。
「ありがとね、告白させてくれて。僕は、これだけでもう満足」
あぁ、こいつは。
もう何度も頭の中で、想像の中で俺に告白したんだろう。その度、その都度、自分で勝手にその
何でもできるお前のことだ、きっとそれは妄想なんかじゃなくて、限りなく現実に近い
だけど、ひとつだけ見誤ったな。お前が俺を好きなように、俺だってお前のことが大切なんだ。
だったら、お前の予想を裏切るくらいしてやんないとな。
「それとも、こんな僕でも受け入れてくれるのかい?」
「おう」
「……うん?」
颯の動きが固まった。
ついでに命と陽染の動きも固まった。
「それは、僕を愛してるってこと……?」
「そんなのは知らん!」
「えぇ!?」
俺は逆に颯の顔をがっつり掴んで、額めがけて思い切り頭突きした。
目から火花が飛び散ったんじゃないかと思うほどの衝撃、というかこいつ頭堅ってぇ!
そして、額をくっつけたまま、颯に一番近い場所で叫ぶ
「いいか、お前は頭良さそうな振りしていつもいっつも頭でっかちなんだよ。実は女でした!? 実は好きです!? でも嫌われると思うから先に縁を切ります!? 違ぇだろ! まずは話せよ。相談しろよ。友達だろ!!」
そうだ。俺が言いたいのは、結局のところそれだけなのだ。
正直、颯の告白は友達としては嬉しいけれど、颯を異性として見ることはまだできない。当然だ。今日までずっと男だと思っていたんだから、突然女ですって告白されても、そういう目で見ることなんかすぐにはできない。
だけど、その程度で。
たかがその程度で、友達をやめるほど薄情な奴じゃねぇぞ、俺は。
「未来のことなんてどうなるか分からねぇだろ。何でもかんでも先走って、勝手に結論出してんじゃねぇって話だよ!」
「……時雨、自分が何言ってるか分かってる?」
「おう、もちろん!」
颯の気持ちにすぐには応えないのに、友達はやめない。
それは、颯に希望を抱かせるということだ。
もしかしたら、それは物凄く傲慢で、自分勝手なワガママなのかもしれない。だけど、別にいいのだ。小賢しく生きるだけが人生じゃないって
まぁ、俺が
あれ、でも颯って女でもあるんだっけか?
いや、……まぁ。大丈夫だろう。たぶん、きっと、おそらくは。
「頭痛くなってきた……」
「だから、好きだとか、受け入れられないとか、そういう話はまだ先だ。まずは相談しろよ。友達だろ、俺たち」
「君は……、メチャクチャだよ」
「お前には負けるよ。この暴走野郎」
その言葉に、颯はようやく子どものころみたいに笑ってくれた。
その笑顔に一瞬でもトキメいてしまったのは、きっと何かの気の迷いだ。そう信じたい。
……大丈夫だよな、俺?
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