3-3.千草 颯 <3>


 昔から、いや昔であればあるほど、人ってのは欲深いものらしくてね。一度権力を手に入れた人間は、それを永遠に守り、増やしたいと考えるみたい。その極地が不老不死を追い求める、みたいな感じさ。始皇帝の水銀とかは有名だろ?

 まぁ、そこまではいかないまでも、権力を持ったら人間はその維持と拡大の為に色々やり始めるってわけさ。


 時雨は優生思想って聞いたことはある?

 簡単に言うと、優れた血を取り入れることでより良い子孫を作り出そう、っていうものなんだけど。メンデルの法則とか血液型の遺伝とかがイメージとしては分かりやすいかな。


 農業や畜産関係だと、自分たちに都合のいいように品種改良を繰り返して、よりよい品物を作り上げていく。

 財閥なんかも、結婚っていう繋がりで各地に散らばる富と権力を一つの器に収めようとしてるあたり、やってることは同じかな。


 千草の家も、まぁそういう例に漏れず、自分たちの家系に優秀な種をどんどん取り入れようとしていたんだ。

 でも、その方向性はちょっと普通とは違ったけどね。千草の家が欲しがったのは怪異の力だったんだ。


 最初は使役したり色々していたみたいだけど、結局自分たちの血に取り込むのが手っ取り早いと思ったんだろうね。

 

 誰が最初に思いついたのかは記録にも残っていないんだけど、僕のご先祖様たちは凄いことを考えたのさ。各地から集めた怪異を一箇所に閉じ込めて、生き残った怪異化物を当主が取り込む。そうすることで、より強力な力を蓄え続けてきたんだ。


 これでも、その筋では結構有名な家系なんだよね。

 千草ちぐさ、いや……千種ちぐさ。千の種、千年ちとせ蠱毒こどく、それが僕の中二病設定さ。



「どこから突っ込めばいいんだ」



 どうしよう、十年来の親友がラスボスみたいな設定垂れ流し始めた。

 デートした女の子が吸血鬼だったとか、仲の良いクラスメイトが退魔師だったとか、もうそういうのはお腹一杯なんだけど。

 どうしてこうなった、と声を大にして叫びたい。



「……まぁ、信じられないよね」



 でも、これならどうかな、と颯はシャツを脱ぎ始めた。



「いや、お前の体くらい体育の着替えで何回も見てる……、っての……?」



 シミひとつない白い肌。程よく筋肉が盛り上がる、贅肉一つない均整の取れた腹筋。

 しかし、その胸元に見慣れない二つの山があった。


 おっぱいだ。

 そこには丸々とした乳房が鎮座しており、その存在をアピールしている。


 いやいやいや。

 いやいやいやいやいやいや。

 俺の親友は確かに男だったはずだ。なにせ小学校からの付き合いだ。その股ぐらにナニがついているのも知っている。だが、その胸元には学校で体操服に着替える時には確実についていなかったはずの、二つの果実がたわわに実っていた。



「っていうか隠せよ!」



 颯があまりにも堂々としているので反応しそびれたが、少なくとも健全な青少年の前においそれと晒していいものではない。

 俺は思わず目を閉じて後ずさった。



「別に時雨になら見られても恥ずかしくないんだけどね」



 颯は制服の上着で胸元を隠し、恥ずかしがりもせず話し続ける。



「化物を取り込むって言ったでしょ。見ての通り、僕も普通の体じゃない。時雨は知ってるよね。僕、普段はちゃんと男の体だって」

「あぁ。正直頭が混乱してるんだが」

「半陰陽って言うのかな。僕はね、男でもあり女性でもあるんだよ。もちろん、戸籍上の性別は男だけどね」

「なんでそんな」

「結婚相手が男でも女でもいいように、かな。まぁ……、昔は合理的な考え方だったのかもね」



 颯は自嘲気味にそう吐き捨てた。

 その態度に、俺は嫌でも気付いてしまう。


 あぁ、なるほど。

 颯は言った。千草の家は優れた血を取り入れることでより良い子孫を作り出そうとしてきた、と。

 血をたくさん取り入れようと思えば、その分家人負担が増えることになる。だから、千草は量ではなく質を求めた。


 だけど、もし。

 その時代の最も欲しい血の持ち主が同性だったら?

 簡単だ。相手に合わせて子を産めるようになればいい。


 思わず吐き気がこみ上げた。

 嘘だろ、という思いで颯の顔を見上げるが、その表情は変わらない。



「うん、そういうことだよ」



 颯は少しだけ寂しそうに笑って背中を向けた。


「さて、そろそろいい時間かな。もう少しそこにいてね。邪魔されると困るから」

「おい、何するつもりだよ!」

「ちょっと時雨の携帯を借りてね、二人をここに呼び出したんだ」



 おいおい、なんてことをしてやがる。

 暴走した颯をあの二人と合わせるなんて冗談じゃない。

 普段は大人しくて冷静沈着なお坊ちゃまだが、暴走したこいつは俺以上の問題児だ。

 危なっかしくてとても一人にさせられない。



「安心してってば。ちょっとこの街から消えてもらうだけだから」

「物騒だな!」



 ヤバい。颯の奴、目がマジだ。

 颯が「やる」と言ったら本当にやる。やってしまう。やれてしまう。

 これまでも俺のことになると目の色変えることはあったが、今回はいくらなんでも度が過ぎている。



「おい待て、颯。ふざけんな! 何でお前がそこまでするんだ」

「僕はね、時雨のためなら何でもするよ。吸血姫と退魔師、あの二人のことは僕に任せて」

「そんな答えで納得できるか!」

「……まぁ、もう言ってもいいか。時雨のことが好きだからだよ。もちろん異性としてね」

「は?」



 なんだろう、親友に告白されたぞ?

 おいおい、四月馬鹿エイプリルフールはとっくに終わってるぜ。

 ……冗談だよな?



「まぁ、そういう反応になるよね。安心して、この一件が片付いたら、もう時雨には近づかないようにするから」



 颯はさも当然のように、笑って言った。



「分かってるよ。同性に告白されるなんて、気持ち悪いだけだよね」



 そう言って颯は呆然とした俺を残して部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

        ∞

 

 

 

 

 

 月明かりの下、千草のお屋敷前で二つの人影が向かい合っていた。



「よぉー、化物」

「あら、野蛮人」



 君長命と不破陽染。

 二人は携帯を片手に互いの顔を睨みつける。



「偶然だねぇー、消えてくんない」

「そうですね。目の前からゴミが消えてくれたら気分もよくなるのですが」

「あはは」

「うふふ」



 二人は出会って数日だが、お互いに殺し合った関係だった。

 とある事情で命が休戦を提案、陽染がそれを了承していたが、こうして出会ってしまえばもう一度殺し合いを始めることにお互い異存はない。

 だが、もし自分を呼び出した相手が近くにいるのなら、今殺し合いを始めるのはちょっとまずい。互いにそう考えていたので、一種即発な空気を発しながらも、相手の出方を伺おうと冷静になっていた。



「こんなところに何の用?」

「そちらこそ」

「ちょぉーっと待ち合わせしててねー。クラスメイトの男子と」

「あら、私も待ち合わせですよ。こちらの呼び出しを無視して逆に呼び付ける相手なので、これからお仕置きしようと思いまして」



 お互いの言葉に、周囲の空気が更に凍る。

 どちらの少女も、言外にとある少年の存在を匂わせていた。そして、自分こそが約束の相手である、と互いに互いを牽制する。

 小一時間ほど前、二人はそれぞれとある少年を呼び出そうとメッセージを送っていたが、少ししてから返信が届いた。



『用事があっていけません。指定の場所に来てくれるなら後で合流できます。場所は―――』



 と、メッセージに書かれた場所までわざわざ足を運ぶと、そこにいたのは因縁の相手。

 姿を見せたらどうしてくれようか、と二人がとある少年に対して殺意を高めていると、突然第三者の声が割り込んできた。



「時雨なら来ないよ」

「千草さん……?」

「あ、見覚えるある場所だと思ったら、ここ千草の家か。でも、千草さん、その格好」



 門の中から出てきたのは、和服を纏った千草颯だった。

 しかし、その格好に二人とも困惑する。千草颯が着ていたのは、女性用の着物だったからだ。


 千草颯は校内でも有数の美形イケメンで、地元では有名な名士の一人息子。クラスメイトの陽染ですら姉妹きょうだいがいるなんて話は聞いたことがなかった。


 突然女装した同級生が現れたことに二人は少しひるんだが、すぐに千草颯がとある少年の親友であることを思い出した。

 そう、千草颯女装野郎なんてどうでもいい。二人の目的はとある少年愛染時雨なのだから。



「いま、ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたのですが、愛染くんがなんですって?」

「時雨なら来ない、って言ったんだ」

「千草ー、愛染がどこにいるのか知ってるの? あいつと待ち合わせしてるんだけど」

「無理やり押しかけて迷惑かけてる、の間違いでしょ」



 千草颯は服の袖から携帯スマホを取り出して何事か操作する。と、二人命と陽染の端末が同時にメッセージの着信を告げた。

 訝しんで画面を覗くと、そこには愛染のアカウントから送られてきた「バカがみる」というメッセージが表示されていた。



「二人とも、金輪際時雨には近づかないでね。というか、今すぐにでもこの街から出ていって。そしたら許してあげるから」



 千草颯は更に煽る。

 ことここに至って、二人はようやく状況を把握した。



「君たちみたいな輩はさ、時雨にふさわしくないんだよね」

「へー、どういうつもりか知らないけどさ」

「喧嘩を売っている、ということでいいんですよね」



 命は月明かりに髪を揺らし、陽染は月影に拳を構える。

 理由はよく分からないが、どうやら目の前の人物が自分をハメたらしい、と二人は理解した。


 千草颯は、そんな二人を見下し嘲笑わらう。



「眷属も持てない吸血姫と見習い退魔師の分際で、千年の蠱毒ちぐさに勝てるとでも?」

 

 

 

 

 

        ∞

 

 

 

 

 

「くそっ、開かない」



 俺は座敷牢の扉を前にヘバっていた。

 どうにか仕切りを壊せないかと、壁に向かってタックルしたり、ゲームのようにどこかに脱出口がないかと探し回ってみたものの、出られそうな場所はどこにもなかった。



「あー、何でこんなことにっ!!」



 畳の上に寝転がって頭を抱えた。


 颯のことを考える。

 親友と出会ったのは小学生のころだった。


 颯は当時からすでにイケメンっぷりを発揮しており、学年中の女子から人気だった。だが、それは同時に男子からはやっかまれるということで、颯は常に誰かしらから喧嘩を売られていた。

 だが、颯は完璧超人だった。喧嘩をしても連戦連勝、嫌がらせをされても平然としているし、何なら逆に相手をやり込めることもしばしば。


 だから、颯にちょっかいを出す男子は少なくなり、自然の流れで無視をする・・・・・という方向に嫌がらせの内容は変わっていった。小学校は男女混合で動くことが多いので、大抵は女子が味方についていたらしいが、それでも男女別々になるときも無くはない。そういう時、颯はいつも一人きりだった。


 当時の俺はというと、黄金週間ゴールデンなウィークに金無し飯無し両親不在で一週間水だけ生活という地獄を生き延びた直後だったので、自活力を身に付けることに必死でしばらく学校はサボっていた。冗談じゃなく、初めて死を意識したからなぁ。

 担任教師からの電話でようやく学校給食という存在を思い出した俺は、とりあえず学校には顔を出すようになった。


 颯と初めて会話したのは体育の授業の時だ。

 担任が「二人組を作って下さい」と言うので適当に一人きりのやつに「おい、ペア組もーぜ」と声をかけたのだ。

 別になにか意図があったわけじゃない。ただ、なんとなく、こいつは最後まで一人残るんだろうな、と思った相手に声をかけただけだった。


 あの時のことは今思い出しても笑えてくる。

 呆気にとられた男子たちの顔。怒りに震える女子たちの顔。そして何より、狐につままれたようにポカンとしたあと、男でも惚れてしまいそうになるような笑みを浮かべた颯の顔。



「ありがとう、愛染くん」

「時雨でいーよ。えーっと、颯」



 それから、散々二人でバカをやった。

 というか、俺がバカをやって颯が後ろでフォローしてくれることがほとんどだった。


 颯は親友だ。

 それは間違いない。

 異性として好きか、と言われるとすぐには答えがでなかった。


 だけど、あの口ぶりだと。


 颯がここを出ていく直前、俺に告白カミングアウトをした時のあの顔は。



「放っておけないよな」



 とりあえず、もう一度颯と会わないと。

 よし、と決意を新たに起き上がると、目の前に割烹着を着たお手伝いさんが立っていた。



「愛染様ですね」

「うわっ、びっくりした」

「失礼致します。お助けに参りました」



 お手伝いさんはそう言って頭を下げる。

 気付けばすでに牢屋の鍵は開けられていた。


 えぇ……?

 いや、気配どころか鍵が開く音すらしなかったんだけど、どうなってるの。


 と、助けに来てくれたお手伝いさんをよく見ると、颯の部屋に向かう途中、廊下ですれ違ったお手伝いさんだった。



「きみ、千草の屋敷の人……?」

「はい。今なら颯様に気付かれずに出られます。颯様は正面側にいますので、裏口からお逃げ下さい」



 ハッキリ言って怪しいことこの上ない。

 千草の家のお手伝いさんが喋っているところなんて見たことないし、わざわざ俺を助けてくれる理由もよく分からない。

 よく分からないが、今は正直助かるので深くは考えないことにした。



「ありがとう、……って、いない?」



 神出鬼没のお手伝いさんは、突然現れ突然消えた。

 さすが千草の家というべきか、謎すぎる。

 いや、千草の家というよりも―――、



「っと、今はそれよりも」



 わざわざ助けてくれて悪いけど、と心の中で謝りながら、颯がいるであろう場所に向けて走り出した。



「待ってろよ、親友」

 

 

 

 

 

        ∞

 

 

 

 

 

「あたしさー、あんたに散々『化物』って言ったじゃん。あれ、取り消すわ」

「どういう心境の変化です?」

「だってさ、あいつを見てたら、あんた如きに化物なんてとても言えねーわ」



 二人は満身創痍ながらも敢えて軽口を叩いていた。

 そうでもしないと心が挫けてしまう。それほどの相手だった。


 そんな二人をゴミでも見るかのような目で和服の少年少女が睥睨する。



「二人とも、威勢がいいのは最初だけだったね」



 化物め、と陽染は心の中で吐き捨てる。

 陽染は見習いとはいえこれまでに多くの怪異を退魔してきた経験があった。しかし、目の前にいるのは今まで出会った怪異とは比べ物にならない、まさに別格の存在だった。



(別格、そう言えばつい最近似たような相手とやりあったんだよね)



 相手が妙なトラウマ持ちだったおかげで一方的な展開にはなったが、陽染が初めて「あっ、勝てないかも」と思った相手のことを思い出し、肩で息をしながら真横に視線を移す。

 すると、命も同じように陽染に視線を向けていた。



「あんた、ぶっちゃけ今何割?」

「四割といったところですね」

「……正直に」

「……一割未満です。どこかの誰かさんの所為で牙が四本とも無いですからね」



 吸血鬼は牙に魔力を溜めている。

 実在する怪異・・・・・・の中でも特に有名な吸血鬼は、その知名度に比例して伝説に尾ひれはひれがついている。しかし、本当の性質はほぼ知られていない。不破の家に伝わる知識の中で、それは数少ない正解の一つだった。。



 だが、命の牙は先日の殺し合いで全て欠けている。

 いかに夜の王と称される吸血鬼でも、弱っていては目の前の化物千年の蠱毒相手に為す術もなかった。



「お喋りは終わった? それじゃ、そろそろお別れだね」



 絶望的な状況だった。

 だが、命と陽染はこれっぽっちも諦める気はなく千草颯化物に相対して、突然脱力した。



「なぁ、もしかしてお前もこんな気分だったのか?」

「さて、どうでしょうね」

「? 何を言って……」



 命と陽染は、まるで戦いが終わったかのように気を抜いている。

 千草颯は二人の態度を謎に思って―――、



「よぉ、親友。喧嘩の時間だぜ」



 ―――背後からの声に動きを止めた。

 

 

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