3-2.千草 颯 <2>


「そういや、明日くらいお前ん家寄っていいか?」



 放課後、俺の帰り支度を待ってくれていた颯に向かって尋ねる。

 颯は目をパチクリとさせて固まった。



「え、別にいいけど突然だね」

「ほら、この前本棚整理するっつって約束破っちまっただろ」

「あぁ、気にしなくていいのに」



 そんな軽口を返してくるが、表情から内心喜んでくれているのが分かる。

 颯は小さいころから完璧超人のイケメンだったので、その人気の割に男友達は少ない。

 別に性格が悪いわけじゃないし、空気を読むこともできるので男子のヤッカミは少ないのだが、逆に天上人扱いされてしまうせいで対等に付き合おうとする相手がほとんどいないのだ。


 まぁ、世の男子の気持ちは分からなくもない。

 俺だって幼馴染だから普通に接することができているが、突然颯みたいなハイスペック男子が登場したら仲良くなれる気がしない。


 ともあれ、厄介な連中命と陽染に捕まること無く、俺は久しぶりに心の休まる一日を過ごすことができた。

 

 

 

 

 

        ∞

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺は約束通り颯の家に遊びにきていた。

 時代劇に出てきそうな長い塀をひたすらたどると、お寺かお城の入り口かと突っ込みたくなるような大きい門が見えてくる。

 「千草のお屋敷」といえばこの辺りだと子どもでも知っている有名スポットだ。

 最初見た時はヤクザの親分が住んでいるのかと勘違いしたものだ。


 今となってはそのお屋敷に入るのにも一切抵抗がなくなったのだから、慣れというのは恐ろしい。



「お邪魔しまーす」

「はい、いらっしゃい」

「しかし、相変わらず凄いな、お前ん家。なんつーか、歴史を感じるっつーか」

「あはは、古いだけだよ」



 といっても、庭に池とか枯山水があるような家なんてお前ん家以外見たことないんだけどな。


 勝手知ったる他人の家。と言いたいところだが、もう何回も来たことがあるのに、未だにこの家の全容は知れない。何回もお邪魔してるのに、玄関から颯の部屋までと、颯の部屋からトイレまでの道くらいしか覚えていなかった。

 この家に入ると妙に方向感覚が狂ってしまい、すぐに迷ってしまうのだ。

 なお、颯によると案内も無しでトイレと自室を迷わず往復できる俺はちょっとおかしいらしい。最初に遊びに来た時なんかは「絶対に一人で出歩かないでね」と何度も注意されたくらいだからなぁ。


 玄関から渡り廊下を抜けて、颯の部屋にたどり着いた。

 その途中、何人かのお手伝いさんとすれ違ったが、いつものように挨拶一つしてこない。まるでこちらが見えていないんじゃないかと思うくらいだ。


 これは颯から聞いた話だが、家主の意向により屋敷内で働く人は黒子であることに徹しなければいけないらしい。決して目立たず、しかしそこで暮らす人には最高の生活を。

 僕としてはもっと気軽に働いてほしいんだけどね、と颯はよく愚痴っていた。



「お茶でも入れてくるから、部屋で待ってて」

「おー」



 颯の部屋は至って普通の洋室だ。

 床は畳敷きではなくフローリングだし、寝床も布団ではなく洋式ベッド。初めてお屋敷を見た時は、絶対武士みたいな部屋に住んでると思っていた。


 部屋は綺麗に片付けられており、ゴミの一つも落ちていない。この辺り、颯の几帳面な性格がよく現れている。

 と、そんな部屋の中で異彩を放っていたのが机の上に置かれた本の山だった。壁際の本棚はきっちり整えられているので、机に置かれているのが今回整理したいと言っていた分なのだろう。


 適当に何冊か手にとってみると、哲学書に学術書、絵本、エッセイ、紀行文と、統一性がまったくない。

 当たり前のようにグラビアの写真集とかも置かれていたので、親友の乱読っぷりには拍車がかかっているようだ。


 と、文庫本がまとめられた一画に好きな作者の名前を見つけた。長編シリーズが有名な恋愛小説家なのだが、その本は描き下ろしの一冊完結作らしく、呼んだことのない作品名タイトル

 試しに最初の数ページを読んでみると、それだけで自分好みの作品だ、と確信を持ち、気付けば颯のベッドに腰掛けてがっつり読書する体勢になっていた。



「お待たせ、ってもう読んでる」



 その声でハッとなって顔をあげると、颯がしょうがないなぁ、といった顔で部屋に入ってきたところだった。



「あ、すまん。つい面白そうで」

「いいよいいよ、机に置いてるのは全部整理しようと思ってたやつだから、好きなの持ってって」



 おう、と返事をして、読みかけの文庫本をひとまず閉じてから机に積まれた本を一冊ずつ確認していく。まぁ、恋愛小説以外はあまり興味がないのでほとんどスルーしてしまうのだが。


 適当に欲しい本をより分けていると、ふいに携帯スマホが震えた。

 誰かと思って画面を開くと、命からのメッセージ。



『ちょっと会えますか?』



 付き合いたてのカップルかよ! と物凄く突っ込みたかった。

 物凄い嫌な予感しかしなかったので既読スルーを決め込もうとしたら、また携帯スマホが身を震わせる。今度は陽染からのメッセージだった。



『やっほー、今ヒマー? ちょっと会えない?』



 こっちもこっちで付き合いたてのカップルか!

 俺のこと見張っているんじゃないかと思うようなタイミングだ。えぇい、無視無視。



『あの、気付いていないんですか?』

『既読スルーすんな』

『見てますよね?』

『見てるよね?』

『無視してもいいですけど、その場合こちらにも考えがありますよ』

『無視すんなら明日覚えとけよ』

『忠告はしましたからね』

『忠告はしたからな』

『19時公園遅刻厳禁』

『19時駅前、遅れんなよ』



 お前ら実は仲いいだろ!

 そう突っ込みたくなるくらいタイミングが合いすぎている。これ、実は二人とも一緒にいてどっちの誘いに乗るか勝負してるとかそういうんじゃないだろうな。



 あちらを立てればこちらが立たず。

 というかどっちも無視したいことこの上ないんだが。何で俺は彼女いない歴イコール年齢なのに二股男みたいな悩みを抱えてるんだろう。

 ……これ、無視したらしたで絶対面倒くさいことになるよなぁ。



 携帯見ながらため息をつくと、心配した様子で親友が声をかけてきた。



「どうしたの?」

「あー、本当スマン。ちょっと急用が」

「……ねぇ、時雨。この前からちょっと変だよ。なんか変なことに巻き込まれてない?」



 流石にもう誤魔化しきれないが、親友のお前まで巻き込むわけには……、と考えたところでピンときた。



 冷静になってよく考えてみると、現状は厄介な性癖を持った女と中二病設定を垂れ流す暴力女に目をつけられているだけだ。つまり、「よく分からないけど命の危機」という状態から「女性関係の対人トラブル」という、まぁ理解できるレベルになったわけだ。



 これなら颯に相談したほうが綺麗に問題解決できるかもしれない。

 なにせ、颯は年がら年中女子に言い寄られまくっているモテモテ野郎だ。その割に、女性関係でトラブルを起こしたことは一度もない。

 きっと颯なら女性の扱いもお手の物だろう。



「あー、誰にも言うなよ?」



 俺は命とデートした日のことから空き教室でのあれこれまでを簡単に説明した。

 吸血鬼だの退魔師だのといった部分は、命は血液嗜好症ヘマトフィリア、陽染は中二病の暴力女という感じで分かりやすく説明してみたのだが、それでも突拍子のない話だからなぁ。話しておいてなんだけど、信じてもらえるかちょっと心配になってきた。


 改めて人に説明してみると、とんでもない少女たちと知り合いになってしまったものだ。

 二人とも黙っていれば可愛いのに。



「そういう訳で、命と不破にちょっとカラまれてるんだ。どう対処したらいいと思う?」

「あぁ、そういうことだったんだ」



 颯は目を細めて酷薄に頬を釣り上げた。


 あれ、おかしいな。

 てっきり大爆笑して俺のダメなところを指摘するか、呆れたようにため息をつくかのどちらかだと思っていたのに、このリアクションはちょっと予想外だ。



「おい、颯?」



 以前にもこの表情かおの颯を見たことがある。

 これは、颯が暴走している時の顔だ。



「ありがとう、相談してくれて。これでようやく時雨を助けられる・・・・・・・・

「なに……言っ……て…………」



 ふと、部屋の中に妙な匂いが充満していることに気が付いた。

 その匂いが濃くなるにつれて、意識がどんどんと遠のいていく。



「大丈夫、ゆっくりお休み」

 

 

 

 

 

        ∞

 

 

 

 

 

 夜の冷たい空気に肌が触れ、ハッと意識が覚醒した。

 うっすらと目を開くと、畳敷きの床と漆喰の壁。そして、格子状に重ねられ木材で仕切られた一面の壁。

 まるで時代劇か何かで見た座敷牢のようだった。



「なんだ、これ」



 突然の事態に混乱していた。……いや、嘘だ。混乱しているというより、「もしかしたら」という嫌な予感がひしひしとする。

 二度あることは三度あるというけれど、まさか、そんな、冗談だろ?


 自分の妄想を否定したかったのに、答えは向こうからやってきた。



「おはよう」

「おぅ、おはよう……。って違う! どこだよここ」



 格子を挟んだ壁向こうから、とてもよく知る顔が当たり前のように現れた。

 こんな状況だというのに、いつもとまるで表情が変わらない。そのことが不思議でたまらなかった。



「家の座敷牢だよ」

「座敷牢って、なんでもあり過ぎだろお前ん家」



 以前、甲冑が置かれてる倉の中とか、十二単じゅうにひとえ何着分だよってくらい着物が並べられた部屋とか、想像の斜め上な部屋ばかり見てきた気がするが、この部屋はもう何ていうか極めつけだ。

 いや、正直なところ座敷牢があること自体はもう驚かないんだけど。


 颯は俺の様子を見て腕を組み、「変だな」とつぶやいた。



「こんなすぐに目覚めるなんて、やっぱり吸血姫の影響かな」



 あ、やっぱり俺が眠ったのは颯がなんかやったのか。

 いくらなんでもあの眠気は異常過ぎる。よくミステリーやホラー映画で睡眠ガスを吸って人が倒れていくシーンがあるが、きっと俺もあんな風に気を失ったんだろう。

 念のため首や肩を軽く回して妙な気だるさが残ってないか確認したが、幸いなことに異常は見つからなかった。


 しかし、吸血鬼。吸血鬼ねぇ。



「お前、まさかあの話信じたのか?」

「もちろん信じるよ。時雨の言葉だしね」

「いや、そういう意味じゃなくて……」



 どうも颯の態度からは、命を本物の吸血鬼だと信じているような雰囲気を感じる。



『古い歴史を持つ家ほど、世界の真実を知っているものよ』



 ふと、退魔師陽染の言葉を思い出す。

 千草の家は長い歴史を持っている。詳しくは知らないが、確か家系図を辿れば、平安時代くらいまでは遡れるらしい。


 疑念の目で颯を見つめる。

 颯は俺の考えていることを見透かしたかのように、俺が聞きたかったことを語り始めた。



「そうだね、二人が来るまで・・・・・・・ちょっと時間があるし、僕の中二病設定もちょっと聞いてくれるかな?」



 そういって、颯は俺の携帯スマホを片手に、千草の歴史を語り始めた。

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