1-3.君長 命 <3>
日曜の朝とはいえ、10時前ではまだ開いてる店も少なく、道を行き交う人もまばらだ。
普段なら朝の筋トレを終えてランニングをしている時間だが、今日の俺は一味違う。
なにせ、
普段は制服かトレーニングウェアしか着ない俺も、今日はしっかりお洒落をしてきた。
シンプルな黒白二色ボーダーのTシャツに黒スキニーのボトム、靴もランニングシューズではなくキャンバススニーカーだ。自分が何を言っているのか分からない。全て颯からの受け売りである。
最初は自分でコーディネートするつもりだったが、颯によって俺のチョイスは全て却下された。
正直どこが格好いいのかよく分からないのだが、颯が満足そうに頷いていたので少なくともセンスは悪くないのだろう。
基本的に颯の
「っと、いけないいけない。そろそろ時間だ」
事前に住所を教えて貰っていたのだが、スマホで地図を開きながら探しているのになかなか店にたどりつけない。
ようやく店の前に着いたのは、待ち合わせ時間ギリギリ。
店内に入ると、入り口からすぐ分かるところに彼女は座っていた。
「
「おはようございます、愛染くん」
胸元を強調したシャツに、腹部が大胆に細くデザインされたコルセットスカート。以前に雑誌かネットか何かで見たことがある
服のコンセプト通り
命さんの対面に座りながら、ちらりと腕時計を確認すると、約束の時間には間に合ったが五分前行動には失敗していた。
いきなり悪印象とは情けない……。
「すみません、遅くなっちゃって」
「私の都合に合わせて貰ったんだから気にしないでください。それに、このお店の場所、分かりにくかったんじゃないですか?」
「あー、……ちょっとだけ」
この店は分かりにくい場所にあるだけでなく、最短ルートで店に向かおうと思っても、区画整理や工事中で何度も回り道を強いられたのだ。
最後の最後で路地の入り口にフェンスが立てられており、裏から大回りしなければたどり着けない
「すみません、後から気づいたんですけど、途中で場所を変えるのもどうかと思って」
「いやいやいや、気にしなくていいんです。そんなに迷わなかったし」
「ありがとうございます。このお店、お気に入りだから愛染くんにも知ってほしくって」
命さんはそう言ってコーヒーの入ったカップを持ち上げ、こくりと喉を鳴らした。薄く桃色に染まる唇と、濃い液体を飲み込む喉の動きに、思わずこちらもつばを飲み込んでしまう。
まてまて、命さんをそんな目で見てはいけない。そう考えれば考えるほど、逆に意識してしまう。
あぁ、
気持ちを鎮める為に、命さんからわざと視線をそらして店内を見渡してみた。
店内はシックな雰囲気でゆったりとした時間が流れている。BGMも控えめで、意識を集中してかろうじて聞こえるくらいだ。
気付いたときには水とメニュー表が机には置かれていた。気配を全く感じさせず給仕するとは、ここのウエイター、ただものじゃないな。
「おすすめってあります?」
「この店は豆にこだわっているので、コーヒーならどれもオススメですよ」
今日の予定はこの店で観に行く映画を決めてから映画館に突撃。観終わった後は適当な店で感想を話し合って解散という流れだ。
最初は観に行く映画を事前に決めておこうと思っていたが、親友のアドバイスで一緒に観に行く映画を決めることにしたのだ。
とりあえずオススメだというコーヒーを注文してから相談を始めた。
「今日の映画、観たいものあります?」
「誘ったのは私ですから、愛染くんが決めていいですよ。新作はほとんど観れてないですし」
「えーっと、今やってるのは……」
地球温暖化による海面上昇で地表がわずか2%となった近未来、無限に湧き出る魚介類が人類を襲うアクション超大作、『インフィニティー・
田舎が嫌で都会に飛び出すもバツイチとなって故郷に帰ってきた
今度のゾンビは死んでもデカい! ボディビル大会の会場にゾンビが参戦!? 最高にキレてるヤツらのバリバリに仕上っているパニックホラー、『マッスルゾンビ』。
なんだろう、どれを選んでも失敗な気がする。
そういえば、命さんは俺が鼻血出してるのを見て「まるでゾンビ映画かと思った」って言っていた気がする。ということは、この中ならまだ『マッスルゾンビ』がマシ……なのかな。
一人で考えていても仕方がないので、とりあえず
「これとかどうですか?」
「へぇ、こんな便利なものがあるんですね」
顔が近い。彼女の息遣いが聞こえる。あっ、ほ、ほっぺたが……っ!
「あっ、ごめんなさい」
「いやっ、こちらこそ!」
頬が触れ合った瞬間、彼女は慌てて身を引いて頬を押さえた。
その姿が可愛過ぎて一気に顔が赤くなってしまったが、それは彼女も同じようだった。
∞
「いやー、面白かったですね」
「はい、あの展開は予想できませんでした」
映画を観終わった俺達は、すぐに近くの店に入って映画の感想をお互い語り合っていた。
『マッスルゾンビ』は予想以上に面白かった。
壇上でポースを決めていたマッチョたちが突然ゾンビになるところから始まる掴み。主人公たちを襲うのはムッキムキのゾンビたち。弾ける筋肉、飛び散る汗。来週は応援上映もやるらしいが、どういう応援になるのか気になって仕方がない。
「序盤でプロテイン爆弾を持って特攻したスティーブが、後半でマッスルゾンビになってまで主人公を助けに来た時はちょっと感動しちゃいました」
「俺は万年2位のジョージがラストでチャンピオンを倒したシーンが手に汗握りましたね」
「わかります! そこもよかったですよね」
デートでアクション映画を観てはいけないとよく言うが、ゾンビ映画でこれだけ盛り上がれるとは思わなかった。初デートでこのチョイスはどうかと思ったが、命さんには楽しんで貰えたようなので一安心だ。
さて、問題はこの後だ。
すでに外は暗くなっている。
最近は門限のある颯とばかり遊んでいたので、暗くなるまで外にいるのがちょっと不思議な感覚だ。
順当にいけばこの後は別れるだけなのだが、そこで今日の
映画の感想も一段落し、お互いの会話が途切れたところで、俺は思い切って探りを入れてみた。
「その、この後どうします?」
この場で別れるのはできれば避けたい。できれば駅前、可能なら彼女の家までは送らせてほしい。流石に家の中に招いてもらうのは無理だと思うが、せめて次の約束まで取り付けることができれば初回デートとしては十分だろう。
「もう遅いですし、近くまで送っていきますよ」
「愛染くんは、まだ時間大丈夫ですか?」
「はい、俺は全然平気です」
「よかった、私もまだ帰りたくないな、って思っていたんです」
彼女は胸の前で両手を絡ませ、小さな声でそうつぶやいた。
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