1-2.君長 命 <2>
「愛染くん、おはようございます」
朝のトレーニングを終えて制服に着替え、いつも通りの時間に家をでる。玄関を出ると、そこに
朝日を浴びてキラキラと輝く髪には
「どうかしましたか?」
「あ、いや、おはよう君……、
そう呼ぶと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女からお願いされたとはいえ、あったばかりの美少女を名前で呼ぶなんて嬉しいやら気恥ずかしいやら。
「怪我はもう大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です!」
別にかしこまる必要はないのだが、彼女と話していると自然に口調が丁寧になってしまう。
これも彼女のまとう雰囲気がそうさせるのか。
というか、自然過ぎて気付かなかったが、なんで家の前に彼女が?
「あのー、どうしてここに?」
もしかして、俺のことが気になって住所を調べて、一緒に登校したかったんです! という神イベントが発生しているのでは!?
「偶然です」
偶然だった。
うん、自分でもありえないこと考えている自覚はあったから何も言わないで欲しい。
逆に考えよう。偶然朝から命さんと出会えた幸運を喜べばいいんだ。
「私もびっくりしました。まさか昨日知り合った人と通学路で会うなんて思わなかったので」
「そ、それは偶然ですね!」
しまった、緊張しすぎて声が上擦ってしまった。
命さんはそんな俺の様子をクスクスと笑うと、「ほら、遅刻しちゃいますよ」と俺の手を取って歩き出す。
柔らかくスベスベの感触が手の甲に伝わり、背筋に変な電流が走った。
「み、命さんもこの辺りに住んでいるんですか」
「えぇ。でも最近まで体調を崩してて、学校はお休みしてたんです」
「あ、それで」
高校に入学してからすでに2ヶ月。通学路が同じなのに一度も見かけたことがないのはおかしいと思ったけど、そういう事情があったのか。
そう考えると、昨日保健室の近くで彼女と出会ったのも偶然ではなかったのかもしれない。
挨拶したらそのまま自然と一緒に登校する流れになってしまった。
何だこれは、昨日から運が上向いている気がする。もし運というのが幸と不幸のバランスを取っているというのなら、この後の揺り戻しが怖いくらいだ。
昨日の帰り道に颯から聞いた話では、彼女は思っていたよりも有名人だった。
海外帰りの帰国子女で、親は外交員だかでエリートの家系。入学当時から一部の男子の間でその容姿が話題になっていたが、すぐ校内で見かけなくなったので噂は立ち消えになったらしい。
さっきも体調を崩して学校は休んでいたと言っていたが、横目で様子をうかがう限りそこまで虚弱そうには見えない。何か持病でもあるのだろうか。
「昨日はびっくりしました。廊下に血まみれの人が歩いてるんですから。ゾンビかと思いました」
「その節は申し訳ありませんでした」
「ふふ、冗談ですよ」
いつもの通学路なのに、横に彼女がいるだけで全然違う。
他愛ない話をしているだけなのに胸の高鳴りが押さえられない。
緊張をごまかす為に話題を探す。といっても、昨日あったばかりで共通の話題なんてほとんどない。学校のことを話そうにも、彼女が学校を休みがちだという事前情報があるので、下手に話題に出すことも避けたかった。
となると、昨日の出来事くらいしか彼女と共通の話題はない。
「そういえば、ハンカチ汚しちゃってすみませんでした」
「お気になさらずに」
「いや、迷惑掛けてしまったし、そういうわけにも」
「そうですね、なら今度のお休み、お時間あります?」
「今度の土日なら空いてますけど」
普段から休日は筋トレしてるか読書してるかくらいしかしていないから、特に急ぎの予定はない。
彼女は周りに誰もいないことを確認してから、俺の耳元に唇を近づけて蠱惑的に囁いた。
「それじゃあ、次の日曜日……ちょっと付き合ってくれませんか?」
その時の俺は、きっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔だったことだろう。
∞
「聞いてくれ、颯!」
「はいはい、どうしたの」
「
「それは……おめでとう?」
彼女は大の映画好きらしいのだが、一緒に見に行く相手はいないらしい。一人で見るのも悪くはないが、たまには誰かと一緒に映画を観て、その後すぐに感想を語り合いたいとのことだった。
「私のワガママに付き合ってくれますか?」と少し上目遣いで尋ねてくる彼女は卑怯だ。そんな小悪魔めいたお誘いされたら断れるわけがない。いや、それ以前に彼女の誘いを断る理由なんて何一つないのだけれど。
喜色満面で映画デートの予定を考えていると、颯が余計なツッコミを入れてきた。
「時雨、それ大丈夫? 騙されてない?」
……いや、まぁ、親友の懸念も十分に理解できる。
突然美少女がデートに誘ってくるなんて、何か裏がないか考えないほうがおかしい。
颯は実家が太いうえ、本人にも欠点が見当たらない優良物件。女子からのアプローチは嫌というほど経験していることだろう。
だが、しかし。
「颯相手ならともかく、わざわざ俺なんかを騙すメリットは?」
「……すぐには思いつかないね」
「だろー! つまり、裏なんてないってわけだ!」
人生、どこで当たりクジを引くかなんて分からない。
このデートを切っ掛けに
「それで、デートに来ていく服はちゃんとあるの?」
「任せとけ! 俺にだって勝負服の一つや二つ、ってかこの前遊んだ時、俺が買ったやつあるだろ。あれだよ、あれ!」
「待って」
親友の顔がこれまで見たことがないくらい渋い表情になった。
俺が中学時代やらかしたことを指摘してきた時よりも真剣な表情だ。
「うん?」
「それはあれかい。胸にデカデカと『
「もちろん!」
颯は頭を抱えたまま俺の肩に手を置いた。
「一緒に服を買い行こう。お金がないなら僕の服貸してあげてもいいから、お願いだから、あんな服でデートに行くのはやめてあげて」
「おいおい、俺の勝負服にケチつけようって……」
「い! い! か! ら!」
「……はい」
親友のあまりの剣幕に逆らえる気はしなかった。
むぅ、何故だ……。
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