氷花

雑が殺してきた理想なんて山ほどある。

不満の元凶を辿れば、隣の流氷にぶち当たる。


赤子が無垢な存在であるように、夢から覚めたばかりの人間は汚れがない。

ゆっくりと朝焼けの氷山から顔を出した氷の花が、現世に生まれ落ちた人の魂とそっくりで。


ただ自分のための絵を描き続けるような透明な集中力が朝に宿る。

評価や、羨望の期待が、集中力をぼやけさせるのだ。


草木が根を張り生きるように、僕たちも現実から離れることはできない。

夢見がちな人生を歩めば、きっと命は危うくなるだろう。

だけれども、生きるために生まれてきたのだろうか。

タンポポの種が空に舞うのは、生きるためなのだろうか。

風に種を飛ばすように、絵や文字や表現できるすべてのものは、きっと夢のように現実の地面から羽ばたきたかった、想像の浮力。


大地の理で飛ぶ種もあるだろう。

時代の風に合わせて種を飛ばすのが人間だ。

だけど僕が好きなのはサンゴの産卵のように、時点のリズムに合わせた振り切り方だ。


純粋な集中は雑を殺す。

雑な世界に生きるからストレスが溜まるのだ。

経済の成長と幸福度が関係ないのは当然だった。

雑さに侵され、いっそのこと飛んでしまいたいと思うから根から切り離すのだ。


飛ばしてしまえばいい。

想像の種子を飛ばせば、法悦のようなあたたかな風に包まれる。

喜びしかない産みの楽しみは、いつだって頭の中から始まるものだ。


雑味なく頭から種を取り出すには、朝がぴったりだ。

海面からぷかりと顔を出した氷の花を萎れさせるのは潮風ではない。

押しつぶすのはいつだって隣の流氷だ。

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