第3話 安心しろ、ただのホモだ。

 あれから一年と少しばかりが経ち、俺は高校へ進学した。

 今日が初登校日で、ホームルームでは自己紹介が行われようとしていた。


「うーし、んじゃ適当に自己紹介していけ~」


 なんともやる気のなさそうな担任の先生の合図で、出席番号一番の元気そうな女の子が勢いよく立ち上がった。


紅坂妙有那あかさかたゆな、ドMです!」


 ファッ!?

 いきなり何いってんだよこいつ?

 

 当然のように、クラスが少しざわめきを見せる。


「あっそ、次ー」


 机の上で組んだ、か細い腕に顎を乗せたまま冷たくあしらう担任、中島先生。


「あっ、センセ~。サラッと流さないでくださいよぉ! でも、冷たくあしらわれるこの快感……ン~、チョベリグッ!」


 肩にかかった長い髪をなびかせながらこちら側に腰を捻らせ、両の手で親指を立てる少女。

 いや、いきなりキャラ濃すぎだろ。

 辺な空気になっちゃったし、次からのやつが可愛そうだ……。


 ドM少女が座ると、後ろの生徒が目を瞑ったまま、腕を組み静かに立ち上がった。

そして歌舞伎役者が見得を切るように、目をカッと見開いてツッパリを始めた。


「アタイ、池田真緒いけだまお。北の魔王とはアタイのことよ! 夜露死苦よろしく!」


 スケバンだった……。

 何だよこのクラス。

 まだ二人だが、この先一年間が不安になってきた。


 幸運にも、しばらくの間は普通の自己紹介が続き、俺の番が回ってきた。

 

 はぁ、ここは俺もブチかますしかねぇな。

 今のうちから女子との面倒事を避けるためにカミングアウトでもしとくか。


 などという今思えば、愚の骨頂でもある張り合いをしてしまったことに、しばらく後に悔する事になるのを、この時の俺は全く思いもしなかった。


「あー、俺、十和田十二とわだじゅうに。ホモっす」


 ぶわっとクラス中に笑いが巻き起こった。

 汚物を見るような目を向けるやつもいれば、涙を流しながら腹を抱えるやつまでいる。


 おい、お前ら……全国のホモさんに失礼だぞ!


 胸元で手を合わせ、メガネを輝かせている女子がいるが、アイツはなんかヤバそうだから関わらないようにしよう。


「あーあー、うるせぇ。静まれ! はい、次」


 相変わらずこの先生は冷めてるな。

 見た目は美人だが、絶対独身だわこの人。


「え、えっと……ぼ、僕、新島遥にいじまはるかっていいます。よろしくおねがいしま、ふ!」


 最後噛んじゃったよ。

 てかボクっ娘なのか、今時流行らんぞ、そんなの。


 そんな俺の考えとは裏腹に、その小動物的可愛さのある新島にいじまに男子共がキュン死しそうなのを、俺は冷めた目で見ていた。


 そんなこんながあり、朝のホームルームが終わって、次の移動教室の授業が始まろうとしていた。

 その前にトイレを軽くすませ、ハンカチで手を拭いながら廊下に出ると、一人の男子生徒が話しかけてきた。


「うっす! お前、ホモ田野獣二だよな? 俺は佐藤拓馬さとうたくまよろしくな!」


十和田十二とわだじゅうにだよ! ホモだけども」


 てか野獣って、こいつさては淫夢厨だな?


「まぁ、こまけぇ事は気にすんなって。それよりさ、移動教室の場所変更になったらしいぜー」


「あ、そうなのか」


「B棟二階の赤い扉の部屋だって! んじゃ俺、先行くわ」


「おう! 助かったよ」


 いきなり教室変更だなんて親切じゃないなこの学校は。


 少し湿ったハンカチをポケットにしまい、俺はB棟へと向かった。


「えーっと赤い扉、赤い扉っと。ここか?」


 入学早々に友達作りが始まってるのか何やら中から女子の声が沢山聞こえる。

 女子って大変だよな、ちょっとでも乗り遅れると、既に出来上がった輪の中に入るのは相当な無理ゲーになるんだから。


 わかったつもりで女社会を哀れみながら、俺は扉を開けた。


 えっ……どういうこと?


 あっ、あの野郎、騙しやがったな!!


 扉を開けたその先にはエデンの園が広がっていた。

 要するに女子の更衣室だったのだ。しかも使用中……


 扉を開けて一秒と経たないうちに、俺はない頭を全力で回転させ反射的に行動に移っていた。

 フレミングの右手を顔に当て、厨二病っぽいポーズをとって、こう叫んだ。


「安心しろ、俺はただのホモだ!」


 五秒ほどの沈黙の後、せき止められた時間のダムが決壊した。


「ギャアアアーーー!!」

「変態ーー!!」

「キモイキモイキモイキモイ!!!!!」


 上履きやカバンとともに罵声が飛び交う。

 それを避けながら、俺は直ちに遁走した。


 クソ……。

 ホモなんだから別にいいじゃねぇかよ! これだから女ってやつは……。

 元はといえば、佐藤の野郎!

 覚えとけよ……。


 最後に投げられた辞書がクリーンヒットした後頭部をさすりながら、俺はもともと知らされていた教室へ向かった。


 その教室がある廊下を歩いていると、前に小動物系ボクっ娘少女の新島にいじまがいた。

 何やら困った様子でオドオドと周囲の床を見回していた。


 ん~、俺はホモだが、このまま無視して通り過ぎるのはなんか後味悪いよな……。

 

「どうかしたのか?」


 俺がそう尋ねると、目をうるっとさせ、上目遣いになり震えた声で喋り始めた。


「あ、えっと……コンタクト、落としてしまって……」


「コンタクト? もうすぐ授業始まるし、とりあえず今は片目で我慢しろよ」


「りょ、両方落としちゃって……」


「コンタクト両方落とすとかどんなミラクルだよ!」


 ドジっ娘にも程がある……。


「あ、あの……どなたかわかりませんが、一緒に探してくだしゃい!」


 また噛んだ……。

 べ、別に可愛いとか思ってないんだからな!

 俺はホモなんだ! こんなことでドキドキするはずがない。

 てか俺、結構印象に残るような自己紹介したのに覚えられてないのか?

 しかも席、前だぞ。


「ま、いいけど」


 自慢じゃないが、俺は物探しが得意なんだ。

 ちっちゃいころに見たトレジャーハンターの映画にあこがれて、一時期はクラスで探しもの屋を自称していろんな物さがしてたな……。


 というわけで、俺はコンタクト探しのクエストを引き受けた。

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ホモなんだけど、ラノベ主人公とか(笑) とむを @tomtom106

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