解体

 庄屋屋敷しょうややしきの取り壊しが今日から始まります。

 雨は降ってはいませんが、厚く雲がかかったとても暗い日でした。


 私はこの件に関係のない全くの第三者でしたが、素晴らしい建築物が消えていくことが惜しく、せめて取り壊しの時に見える構造だけでも撮りたいと思って記録機器を持って現場へ出かけていきました。


 現場につくと、既に見事な檜造ひのきづくりの門は壊されて数台のトラックが敷地に入り、取り外されたガラスやサッシ、台所のシンクやトイレの便器などの水回り品が分別ぶんべつされて積みあげられていました。

 やはり、暮らしやすさは大切だったようで、ちょこちょことリフォームはしていたのでしょう。


 今回現場に入っているのは顔見知りの業者で、少し話を聞いてみたところ、この邸の持ち主は、最低限の分別解体ぶんべつかいたい後は仏壇ぶつだんを含む家財かざいもろともミンチ解体、平たく言えばぐちゃぐちゃに重機で壊す解体方法を強く希望して契約しているとのことでした。

 仏壇まで、というと大抵の業者は嫌がりますし、ミンチ解体の方が工費は高くつくのですが、余程その屋敷のものが残るのが嫌なのでしょう、言い値いいねで払うということで請けたそうです。

 若い人はこういうところが本当にドライというか無関心というか……そういう言葉だけでは片付かない何かも感じましたが、そこは私には口出しのできないことです。

 せめて古材こざいを大事に扱って欲しかったなあとため息が出ました。


 作業は進んでいきます。

 流石さすがに部外者を立ち入らせてはくれなかったのですが、敷地の外から撮るぶんには構わないと言うのでとりあえず私は壊された門のあたりから外観がいかんを撮っていました。

 今度は畳が外されて、何十枚も屋敷の奥から運ばれてきます。

 畳べりは色せて擦り切れ、白アリにやられているものもありました。

 私がそれを眺めていると、屋敷の奥から現場監督が慌てた様子で出てきました。

 彼一人ではなく、おそらくこの現場に入っている人員全てが彼の後に続きぞろぞろと出てきます。

 申し合わせたように、みな苦虫を噛み潰したような表情です。明らかに動揺して、少し怯えているようにも見えました。


 現場監督は、門のところにいる私に声をかけてきました。

「おい、あんた古民家専門だったよな」

「あ、はい」

「ちょっと内々で見てほしいもんがあるんだ」

「なんですか?」

「絶対役所の連中に知られちゃいかんやつだ。ちょっとどう扱えばいいかわからん」

 土中から明らかに文化財に相当するようなものを掘りだしてしまうと、教育委員会が発掘調査を終了するまで工事はストップします。

 さらに、多数遺物が出土してしまうと遺跡認定され、ここは売買も工事もままならない土地になってしまいます。

 だから、そういうものが見つかった場合こっそり埋め戻してしまうこともあるのです。

 まずいものが出てきたときどう始末すればいいかくらい彼が知らないわけはありません。

 経験豊かなはずの彼のこの困惑。

 何か余程よほど困ったものでも出たのだろうと、私は案内する彼について行きました。

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