江山菰

庄屋屋敷

 ここは行政法上は「町」ですが、のんびりとした農村です。

 田んぼや畑が広がり、トラクターが道路を走り、子どもたちが農業用水路でザリガニ取りをして遊ぶような、一昔前の日本の光景がここにはあります。


 私はこの町で、個人所有の家屋を主に扱う建築設計事務所を営んでいます。

 と言っても開業は最近で、事務所は実家の庭先に建てたプレハブです。

 いつも閑古鳥が鳴いているので、普段は同業者のところや解体業の職人さん方や大工さん方の下でバイトをしているような状態です。


 私の事務所は古民家の移築・改築・引き家についてはこの町では一番のノウハウを持っているのが売りでした。

 東京で専門知識を学んだ頃は古い農家の造りの良さを後世に残したいと気負い、多くの現場を見て、触れて、研修を積んできました。

 この農村でも多くの何百年も経った住まいが未だ使われ続けていますが、やはり若い世代の方と同居したり、あるいは介護が必要になったりしてモダンな住みよさを追求したリフォームやバリアフリー工事を施すことが多くなり、時には完全に建て替えてしまう方もいます。

 残念ではありますが、実際に住む方の勝手がよいのが一番ですので、時代の流れには逆らえません。

 これまで請け負った中ですと、都会から移住してきた方の依頼でほとんど廃屋同然だった家屋を古民家カフェやグリーンツーリズム用民泊施設へリノベーションしたときはやりがいを感じました……その法人営業がうまくいったかどうかはともかく。


 さて、この町には大きな庄屋しょうやさんのお屋敷がありました。

 庄屋と言っても、小藩しょうはん家老屋敷かろうやしきほどのなかなか立派りっぱつくりです。

 お屋敷は手入れが行き届かずに荒れ放題になってはいましたが漆喰しっくいの壁や見事みごとかわら往年おうねんの美しさは見てとれました。

 なまこ壁の蔵も三つほど敷地内に立っていてかなり羽振はぶりがよかったようです。

 郷土史きょうどしによると、江戸期の大飢饉だいききんがあった頃、栄養不足で抵抗力がやはり落ちてしまったのか、疫病えきびょうが大流行し多くの人々が亡くなったと言います。その頃からこの庄屋さんは疫病その他で親を亡くした孤児や捨て子をこの広い屋敷に集め、養育していたそうです。

 そのうち、近所の貧民の子どもたちも行儀見習ぎょうぎみならいというか寺子屋というか、日中預かったりもするようになり周囲からは神か仏かとありがたがられていたとのことでした。

 そして子どもたちは大きくなると、そのままこの村で小作農こさくのうとして暮らす者もいましたがたいてい他の村や町へ仕事を求めて出ていくのでした。

 それは明治初期まで続いていたと記録されています。


 そんな歴史を持つこの屋敷に、一族の末裔まつえいであるお爺さんが最近まで一人で住んでいました。

 だいぶ高齢で足も悪く、デイサービスやハウスキーパーを利用して何とか暮らせていたようですが、二年ほど前に亡くなり、東京で会社勤めをしているお孫さんが相続したと聞いています。

 ところが、相続した若いお孫さんはこのお屋敷に興味がないらしくまったく寄り付きません。

 この屋敷には歴史的価値がある、ということで町の教育委員会の文化財担当職員が町議ちょうぎや副町長を引き連れて町の文化財指定の打診に行ったらしいのですが、

「あの家は要りません。取り壊します」

一辺倒いっぺんとうだったようです。


「買い取らせてほしい」

「費用は町で持つので、郷土歴史資料館としてせめて移築させてほしい」


という話も出たのですが、なぜかお孫さんは理由も言わずにかんかんに怒り出し、けんもほろろに


「あの家は 壊して土地も売ります! 金を出すならあんたたちがその更地を買えばいいでしょう」


と言い出してしまい、とうとう解体業者と契約して取り壊しの期日まで決めてしまいました。

 その話を知人の町教委まちきょうい文化財担当者に愚痴ぐちられたとき、私はつい言ってしまいました。


「私がその場にいたら、いろんな事例とか紹介して取り壊しは回避できたかもしれないのに」

「いやそれがさ……」


 彼はぶすっと言いました。


「なんか異常なくらいこっちの話聞こうとしなくて、『壊す』『売る』一辺倒なんだ」

「町の予算で買いあげたらいいのに」

「そうも言ったんだけど耳を貸さないんだよ」


 経年に穏やかにくすんだひのきの柱やはりりんとしたたたずまいのあの屋敷が消えてしまうのが、私も残念でなりませんでした。


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