奇妙な家、黒塗りの部屋

 彼の家は緩やかな山の斜面にあり、この校区でもかなり大きな古い家でした。

 普通斜面に家を建てるときは、整地して家一戸が入る平らな面を造りそこへ建てるはずなのですが、なぜかその家だけは斜面に合わせて家の方がひな壇のように造られています。

 元々の母屋だったところから、どんどん変な風に建て増しをしていったような感じです。


「こんな風な家って珍しいね」


と言うと


「うん、変だろ」


と日詰君はこともなげに答えました。


「どうしてこんな風に建ってるの?」


「さあ?」


「お蚕部屋を増やしたりしたんじゃない?」


「うち、お蚕部屋はないよ」


 それはこの近辺に古くからある家にしては珍しいことでしたが、みんな「ふーん」程度にしか思いませんでした。


 日詰家の庭の広い納屋には赤いトラクターが置かれ、その一角は金網で覆われた鶏小屋になっていて、赤い鶏がゆっくり歩いているのが見えました。

 わたしたちは日詰君に招かれるままに、玄関から上がりこみ、入り組んだ廊下を案内されて居間に通されました。

 わたしはずっときょろきょろしていましたが、変なもんがいろいろある、と日詰君は言っていたのに特に珍しいものはないように思いました。

 

 飴や麦茶を出されて一息ついた後、日詰君が言いました。


「かくれんぼやろう」


「えっ」


 初めて遊びに来た家で、かくれんぼは嫌だなと思いました。

 異様な外観や奇妙に分岐して曲がりくねった廊下を目にしてきて、みんなもためらいを感じているようでした。


「勝手にいろんなとこに入って隠れたらおうちの人に怒られるよ」


「これ持ってきたからみんなでやろうよ」


 お気に入りのボードゲームを持ってきた子が箱を振って見せ、みんなもそうしたいと言ったのですが、招き主の日詰君は人が変わったようにかくれんぼしたいと言い張りました。


「散らかしたり壊したりしなかったら大丈夫だって! ほんとに入ったらだめなとこには入れないようにしてあるからさ!」


 じゃあ、ということになり、しぶしぶみんなかくれんぼ用に気持ちを切り替えました。

 初回の鬼は当然日詰君です。

 日詰君が百まで数える声を聞きながら、わたしたちはこの奇妙な古家ふるやの中でばらばらに散っていきました。


 わたしはできるだけ明るい、西日の当っている部屋へ隠れようと思いました。

 そう思った時点で、きっとわたしは何か薄暗いものをこの家に感じていたんだと思います。

 廊下を静かに歩いていくうち、友達の気配はみんな消えました。


――みんな隠れるの上手だなあ! わたしも早く隠れないと……


 いくつかの分岐の後、緩やかに上っている細い細い廊下を歩きながらそう思っているうち、人の気配でない何か変なものがこちらを見ているような気がしました。

 人じゃないならなんだろう、と思ったのですが、家畜のような、人間に使われる動物のような感じがします。

 なぜか藁と泥の匂いを強く感じはじめ、眩暈がして視界がぐらついてきました。

 風邪を引いて熱があるときと同じ感じです。

 でも、かくれんぼをしているときはどうあっても鬼に捕まりたくないものです。

 ちょうどそこにあった障子を開けてその部屋へ隠れることにしました。その障子は小さくて、まるでお茶室のにじり口のようです。

 屈んで入って振り向いて障子を閉め、部屋を見回してわたしは驚きました。


 部屋全体が真っ黒なのです。


 中央にある長火鉢ながひばち箪笥たんす衣桁いこうや、窓枠、畳そして壁。

 何もかもが真っ黒に塗られています。

 漆やペンキではありません。

 何かを燃やした炭を、漆喰しっくいにかわに混ぜて塗りこめてありました。


 真っ黒でないのは、衣桁に掛かっている藤色の羽織と西日を透かした古びた障子紙だけでした。

 この羽織は、日詰君の亡くなったお祖母さんが以前着て歩いているのを見たことがあります。

 ここはお祖母さんの部屋だったのでしょう。

 わたしは本当に嫌な気分になりました。

 怖いというのとは少し違います。

 その時点ではまだ、わたしはその感覚を自分自身にどう説明したものかわかっていませんでした。


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