天の虫

江山菰

友達のいない子

 わたしは小学校3年生です。

 特別可愛いわけでもないし頭がいいわけでもないし、とても普通の子です。

 お父さんとお母さんと小さな弟、お祖母ちゃんと一緒に住んでいます。


 わたしの住んでいるところは、住所は「町」となっていますが農家ばかりで、田んぼが広がっています。

 ちょっとだけアパートやマンションもありますが、クラスメイトの親のほとんどは農家か、農協や役場に勤めていて、親が都会で働いている間この村に住むお祖父ちゃんお祖母ちゃんに預けられているという子もいました。


 だから田舎の風習が残っていて、わたしや弟の下着の背中にはお祖母ちゃんが絹糸で印を付けます。

 ざくざくと並み縫いで卵型に縫い、その丸い形の下の方を少し縫い残したデザインです。

 女の子のわたしには赤、男の子の弟には緑。

 玉止めでないちょっと変わった結び方で縫い目を留めた後に、糸を15センチほど残して切ってあります。

 だから、時々服の襟から糸の端が出てくることがあります。クラスでも赤や緑の糸が襟足に覗いている子をときどき見ます。

 一度、じゃまっけなこの糸の端を切ってしまったことがありますが、お祖母ちゃんにひどく叱られ、縫い直されました。

 この印は、背守せまもりというお守りなんだそうです。


 このへんに建っている家のほとんどは、昔のままの農家の造りです。

 田んぼを耕したり荷車を引かせたりするための牛や馬を飼う納屋が残っていたり、二階はお蚕部屋かいこべやそのままになっていたりします。

 お蚕部屋というのは、蚕を飼うための部屋です。

 蚕は、くわの葉を食べます。

 だから、どの家も庭に桑の木を数本植えていましたし、大掛かりにやっている家は桑畑を持っています。その桑の木から枝を切り取ってお蚕部屋へ上げるのは子どもの仕事だったと祖母から聞きました。

 いまどき蚕を飼っている家はもうありませんが、今もその桑畑は実を取るために残っていて、村の産直販売所でも、都会の人がパックに詰めた生の桑の実や、ジャムや桑の実酒くわのみしゅを買っていきます。

 わたしの家の庭にも桑の木があって、たくさん黒っぽい実がなるのでときどきそのまま食べます。お母さんが桑の実を入れたケーキを焼いてくれたりすることもあります。


 ある秋の日、わたしが教科書やノートを机の中からランドセルへ移して帰る支度をしていると、休み時間によく遊ぶ子たちが三人ほどわたしの近くに集まってきました。


「ねえ、今日みんなで日詰ひづめくんちに遊びに行くんだけど、一緒に行かない?」


 日詰君というのはクラスの男子で、わたしと同じ班です。

 わたしと同じように目立たなくて、何ごともほどほどな子です。

 丸刈り頭でしたが、クラスの中ではほんのちょっとカッコいい方でした。

 休み時間になると、日詰君はよくいろんな子と遊んでいましたが、不思議と日詰君を「友達」とおおっぴらに認める子はいませんでした。

 田舎のつきあいが濃い中で、よそから引っ越してきたわけでもない家の子が友達がいないなんてちょっと変わっています。

 日詰君のお祖父さんがとても厳しい人らしく、お祖母さんを亡くしてからは特に癇癪かんしゃくを起こすようになって誰彼かまわず怒鳴るという噂を聞いたことがあるのでそのせいかもしれません。


 そういえば、わたしはお祖母ちゃんに聞かれたことがあります。


「日詰の子とはよく遊んだりする?」


「時々、お昼休みとかに遊ぶよ」


 お祖母ちゃんは苦いものを食べてしまったような顔をしました。


「その子、どんな子?」


「普通の子だよ」


「学校で遊ぶ分にはいいけど、日詰の家には遊びに行ったらいかんよ」


「え? なんで?」


「何ででもだよ」


 そこで、お祖母ちゃんの茶飲み友達がやってきたので話は終わりになってしまいました。

 なぜか、わたしのクラスメイト数名も、お祖父ちゃんお祖母ちゃんから「日詰の家の子」についてちょっと訊ねられたり、あまり遊ぶなと言われて理由を尋ねると言葉を濁されたりしていました。


 だからわたしはちょっとためらいました。


「日詰君ちじゃなくて公園とかじゃだめ? 今日いい天気だし外で遊ぼうよ」


 そこへ日詰君がぶらっとやってきて話に加わりました。


「うちで遊ぼうよ。うち、変わったもんいろいろあるよ」


「でも日詰君のお祖父ちゃん、怖いし……」


「今日、皆出かけてて俺一人なんだ。帰ってくるの6時くらいって言ってたから、それまでに帰れば怒られないよ」


 クラス委員をやっている子が言いました。


「わたしたちも行くんだし、行こうよ」


 ミンナナカヨク、という優等生的な押しつけがましさがあってこの子のことは少し苦手でした。

 しかし血縁の濃い田舎のこと、この子は父方の本家筋の娘なのです。親類づきあいのことなど考えると「いや」とは言いにくいのでした。


「……うん」

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