僕の大事な思い出

TEN3

ばあちゃんの――

 いつも通り蝉が煩い夏。


 そして僕もいつも通りばあちゃんの家に来ていた。


 台所を見るとばあちゃんが振り向いて、くしゃくしゃの顔がくしゃくしゃになるくらい笑う。


 縁側を見ると、僕とばあちゃんが青い空を一緒に眺めている。


 ご飯が炊けた音が鳴り、僕は重い腰を上げる。ずっと座っていたせいか少し腰が凝ったが、摩り我慢する。


 茶碗に炊きたてのご飯を移し、手を冷水につけて濡れた手を布巾で拭く。塩を教えて貰った量つまみ、手に刷り込んでご飯を握る。



 子供の頃、僕は一人ぼっちで虐められていた。両親は共働きで夜しかいなくて、いつもばあちゃんに甘えてた。


 僕が虐められてばあちゃんに泣きつくと、泣き止むまで一緒に居てくれて、背中をシワシワの手で優しくさすってくれた。

 そして僕が泣き止むと、いつも台所に行って塩むすびを作ってくれる。


 その塩むすびは、お世辞にも美味しいとは言えなくてしょっぱかった。


 だけど僕が最初に美味しいと言ってしまった所為で、ばあちゃんはそれが好物だと勘違いしてしまった。

 だから僕は塩の入れ過ぎと気付いて欲しくて、いつもこう言うんだ。


『しょっぱいよ、ばあちゃん』


 僕がそう言うとばあちゃんは『そうかい?』と言い、塩の量が減る事は無かった。


 僕とばあちゃんがその会話を始めてしたのも、こんな感じの蝉が煩い時期だった。


 出来た塩むすびを皿に置いて、それを持って縁側に行く。


 縁側に座り、青い空を眺める。


 ばあちゃんもあの青い空で、僕を見守ってくれているのだろうか。


 ……本音を言うともっと近くで見てほしい。空は、余りにも遠すぎる。


 少し孤独感を感じ、紛らわす様に塩むすびを手に取る。まだ少し熱くて、何故かその熱さに温もりを感じた。


 僕の大事な人がいなくなっても、世界は簡単に回り続ける。

 そんな当たり前な事も、今の僕には不可解に感じていた。


 子供の頃の大事な記憶には必ず、ばあちゃんが顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


 いつも子供の僕を慰めて、励まして、元気付けて、勇気付けて、優しさをくれたのは、ばあちゃんだった。


 手に持っていた塩むすびを口に運ぶ。


 その塩むすびはあったかくて、いつも通りしょっぱかった。




 だから僕はこう言うんだ。




「しょっぱいよ、ばあちゃん……」



 空に向けて放った言葉は震えていて、蝉の音に掻き消された。

 何故か笑みが浮かび、皮肉な程青い空を眺める。

 少し青空がぼやけていた。




「そうかい?」




 隣からそう聞こえた気がした。

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