戦場で――3

 香菜実は、よく目を凝らしていた。

 戦場の中、野良着をまとった一揆衆は、城兵たちに追われるようにして散り散りになっている。抵抗する者もいるが、城兵と一合、二合と刀を交えた後に、あっさりと斬り捨てられるのがざらだ。

 たぶん一揆衆は、すぐに城のそばから消えていなくなるだろう。

 そんな中で、あえて城のほうに突っ込んでくる者がいる。二人だった。城兵が寄ってたかっても止まろうとしない。

 二人のうちの一人、周囲の者たちよりもあきらかに小柄な者を見て、香菜実は口元を押さえた。探していた人。生きていて欲しいと願っていた人。

「……嘘」

「香菜実、どうしたの?」

 彩乃が尋ねてくる。

「佐奈井が、いる」

 立派に立って、駆けまわっていた。両手には兄慶充の形見の刀を握っている。佐奈井の背丈からすればあの刀は長い。だが佐奈井は軽やかに、腕と一体になったように、あの刀を御していた。ちょうど襲いかかってきた城兵の刀を受け止め、牽制で距離を取る。そこへ、どこで知り合ったのか知れない、兄と同い年くらいの少年が割って入った。佐奈井は彼に背中を預け、刀を構えたまま迫る敵はいないか目を光らせている。

 ――一乗谷では負傷して、ぐったりしていたのに。

 ふと、香菜実は目に涙を浮かべていた。風が吹き荒れる中で、涙は次々と溢れて、散っていく。

「あれが佐奈井なの?」

 彩乃が、戦場の少年を指し示す。香菜実はうなずいた。

「まずいよ。あの子、一揆衆の仲間って思われてる」

 彩乃に言われて、香菜実は袖で涙を拭った。

 しかも、嫌な人物まで佐奈井のほうを睨んでいた。

 篤英だ。

 富田長繁の近くにいて、すでに佐奈井に気づいている。佐奈井に向かって殺気を放っていることは、川を隔てたこちら側でもわかった。

 香菜実は、その場を離れた。

「どこに行くつもり?」

 彩乃が追いかけてくる。

「佐奈井のところに」

「無茶よそんな」

 彩乃が、香菜実に追いついた。袖を掴み、足を止めさせる。

「外を見ているならわかるでしょう。出ていったところで、犬死にするだけよ」

 香菜実は、しかし彩乃の手を振り払った。彩乃が短い悲鳴を上げる。

「あのままだと佐奈井も危ない」

 目の前にいて、元気に生きている。

 こんなところで、死んで欲しくない。

「助けに行く」

 そして、香菜実は塀を乗り越えた。水堀の中へと飛び込む。

 冷たい水に、香菜実は一気に体温を奪われた。水を飲み、手足の指先の感覚が失われ、上手く浮くことができない。

 ――こんなところで溺れている暇はないのに。

 香菜実のそばで、何かが水の中に飛び込んだ。次には、香菜実は誰かに抱かれて、そして水面に浮かされる。

 彩乃だった。彩乃は香菜実を抱えたまま、堀の向こうへと泳いでいく。

「何、どういうこと?」

 咳き込みながら、香菜実は尋ねる。

「あんたが馬鹿だから、つい真似をしただけよ」

 彩乃は、そのまま堀を泳ぎきった。香菜実は先に掘から上がり、石垣をよじ登った。彩乃も水から出て、香菜実を押し上げる。

 風が、濡れた香菜実と彩乃を容赦なく吹きつける。

 しかし香菜実は、凍えながらも駆け出していた。後ろから彩乃もついていく。

 もう、篤英が刀を構えて、佐奈井に迫っているところだった。川を隔てた向こう岸だ。距離がある。間に合うだろうか。

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