戦場で――4
「このまま蹴散らす。逃げる者は背中から刺せ」
指揮官らしき男の声が響く。佐奈井と凍也から、さほど離れていない場所だった。
馬にまたがり、黒光りする甲冑をまとった男だ。せめてもの抵抗か、指揮官目がけて駆ける一揆衆の一団がいる。だがそれも、周囲の兵が蹴散らした。
あの指揮官に、佐奈井は見覚えがある。富田長繁だ。一乗谷で桂田長俊を攻め滅ぼし、越前の各地で戦を引き起こしてきた男。
――あの男がいるということは。
「佐奈井、前を」
凍也の声で、佐奈井は我に返った。突き出された刀の切っ先が迫っていて、佐奈井はとっさに刀で横に受け流す。
「貴様」
襲ってきた男が声を洩らす。動揺しているみたいだった
佐奈井に刀を突き出してきた男は、篤英だった。甲冑をまとい、頭には兜をかぶっているが、見間違えることはない。
「生きていたのか」
凍也が、篤英に向かって刀を振り下ろす。篤英は身を引いてかわした。
凍也の視線が、佐奈井に向けられる。この男を知っているのか、と言いたげに。
「香菜実はどこだ? あの城にいるのか」
佐奈井は、篤英に問いかける。
「なぜ答えなければならん? それにどうして生きている? 貴様は一乗谷で殺されたのではなかったのか」
「香菜実を助けにきた。それだけだ」
佐奈井は声を上げる。だが次には、篤英の刀が振り下ろされた。佐奈井は受け止めて、刀から火花が散る。
「生意気を言う」
「あの城に香菜実がいるんだろう? 今すぐ城から連れ出して逃がすんだ。あの城にいたらまた戦に巻き込まれる」
今は府中の城兵が一揆衆を押してはいる。だが、国が乱れた今、再び民は蜂起し、府中の城に攻め込もうとするだろう。そして城になだれ込むことがあれば、そこにいる人たちを、香菜実も含めて襲う。一乗谷の時のように。
「あんたの娘だろう」
「黙れ」
篤英は、袈裟斬りで佐奈井の言葉を拒絶する。
「忌々しい奴。貴様など、慶充と一緒に死んでいればよかったものを」
篤英の発言に、佐奈井は言葉を失った。慶充は、この人の息子だったはずだ。それなのに、この言葉。
「薄っぺらい義を掲げて殺された、慶充のように」
佐奈井は、袈裟斬りを仕掛けていた。篤英は受け止めるが、高い威力にひるみ、ぬうとうなった。
「慶充はただ、俺らを守ろうとしただけだよ」
それを薄っぺらい義だって……?
「くだらんことをぬかす。貴様も死ね。慶充のように」
「なら、もう慶充のことを話すな」
佐奈井の口から冷たい言葉が漏れる。
この人は本当に、慶充の死を悼んでいない。都合の悪い者が消えた、と開き直っている。
きっと香菜実も、都合が悪くなれば、見捨てる。
「その慶充の犠牲の上にのうのうと生き延びておいて、何を言うか」
罵声と同時に、刀が突き出される。佐奈井の動作が遅れて、刀身が脇腹をかすめた。着物が裂ける音。
鋭い痛みに、佐奈井は刀を手放しそうになる。耐えて、佐奈井は横に跳んだ。
「佐奈井!」
凍也が叫ぶが、迫ってきた城兵と応戦するので精一杯だった。一人の城兵を斬り捨てて、すぐに次の城兵と刀を交えて、佐奈井の救援に向かえない。
「こいつ!」
篤英の刀が、しつこくも佐奈井を追いかける。避けると同時に、地面に脇腹からの血が散った。
「慶充の後を追わせてやる」
篤英の刀が繰り出され、佐奈井は刀で受け止める。脇腹の痛みがさらに募った。後ろに跳ねて、篤英から距離を取るが、痛みで膝をつく。
峰継にやられた二の腕の傷や、さらには一乗谷でこしらえた傷跡まで痛み、脈打つ。腕に上手く力が入らなくなってきた。
お前はただの無力な子ども、香菜実を助けることなどできはしない、と現実を突きつけているように。
「死ね」
篤英が言い放り、刀を振り上げる。
――ふざけるな。
せめてもの抵抗で、佐奈井は篤英を睨みつける。距離が狭まってくる。
だが、二人の間に矢が飛んできた。篤英の足元の地面に刺さって、篤英は足を止める。
できた隙を、佐奈井は見逃すことはなかった。立ち上がり、刀を大きく振る。受け止めた篤英だが、勢いに負けて後ろによろめいた。
佐奈井は返す刀を食らわせる。慶充の刀は、鋭い音とともに篤英の甲冑を引き裂いた。だが当の篤英は、血を流すことはなかった。甲冑の裂け目に手を当てて、傷ができていないことに戸惑う。
佐奈井は、刀を横に振った。篤英の刀が手からもぎ取られ、宙を舞う。
武器を失った篤英は、ただ佐奈井に恨みめいた目を向ける。
いや、見ているのは刀だった。
かつての息子、慶充の刀。
佐奈井は、後ろに下がり、篤英から離れた。
「香菜実のところに行く」
佐奈井は踵を返した。目に映るのは、府中の城の石垣と塀だった。
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