戦場で――2

佐奈井は、凍也と一緒に駆けていた。前方からは、佐奈井が一乗谷で聞いたような戦闘の音が響いてくる。刀同士がぶつかり合う音や、鉄砲が弾を放つ音。

「もう戦闘が始まっているらしいぞ」

凍也が走りながら言ってくる。

「一揆衆が押されているみたい」

多数のはずの一揆衆だが、前方をよく見てみると、一揆衆の動きが乱れていた。統制らしい統制もなく、一人一人が逃げまわっているように見える。逆に甲冑をまとった、いかにも府中の城の兵らしき者たちは、戦場を勢いよく駆けまわり、野良着姿の一揆衆の者たちを次々と討ち取っている。

 数では圧倒的に不利なのに、城兵のほうが優勢なのは、決死で戦っているからだ。少数だが訓練され、しかも死の間際で戦っている兵たちが、数があれど戦には素人である一揆衆に簡単に負けるわけがない。

 だが佐奈井たちにとっては、それどころではなかった。

「止まる時間はないぞ。このまま行くしか」

 凍也がせかしてくる。

 一揆衆が立ち直り、形勢が逆転することもあり得た。そうなったら、府中の町や城に一揆衆がなだれ込み、香菜実が危険にさらされる。

「うん」

 佐奈井も先を急いだ。

 また、戦うことになる。一乗谷の時と同じように。

 佐奈井は、左手を腰の刀の鞘に添えた。

 一乗谷での戦いでできた背中の傷が、ここでもうずき始める。

 次は、やられない。香菜実のためにも。

「川の近くだと戦闘が激しくない。このまま進むぞ」

 凍也が声をかけてくる。

 慶充はそして刀を抜いていた。

 佐奈井もそれに倣って、走りながら慶充の刀を抜く。

 慶充の刀の重みだけが、頼りだった。

 ――慶充、ごめん。

 一乗谷で慶充が命を落とすのと引き換えに、自分は助かり、生き長らえた。それなのにまた、こうして戦で自分の命を危険にさらそうとしている。佐奈井に戦に巻き込まれて欲しくないと口にしていた慶充からしては、望んでもいないだろう。

 それでも、必ず。

「香菜実のところに行く」

 刀に導かれるようにして、佐奈井は駆け続けていた。

 佐奈井の決心を試すかのように、刀同士がぶつかり合う音や、討ち取られた者の断末魔の叫びが聞こえてくる。一乗谷で見たのと同じ光景、聞いたのと同じ音だ。

 もう、佐奈井たちは戦場に入り込んでいた。

 佐奈井は、すぐ後ろに凍也がついてくるのを感じながら、駆けるのを速めていった。

「佐奈井、急ぎすぎるなよ。息が上がって、敵と戦えなくなる」

 凍也が声をかけてくる。だが、佐奈井はすでに応えることができなくなっていた。もう、駆けるので精一杯だ。わずかな刹那でも遅れれば、香菜実が危ないと思うと、気が急いてくる。

 府中の城が、近づいてくる。河原で争い合う人たちの表情までもが見えるようになった。取り乱しながら逃げまわる野良着姿の男たちと、それを追いかけ、背後から槍で刺し貫く城兵たち。

 佐奈井の左側の地面に矢が刺さる。見ると、甲冑をまとった兵が、こちらに向かって弓を向けているところだった。

 城の兵は、佐奈井たちを一揆衆の一員とみなしたらしい。

「戦うつもりはないんだ」

 佐奈井は叫ぶが、無駄だった。弓兵はすぐ、次の矢を弓につがえている。引いて、鏃を上空に向け、放った。

 矢が青天に舞い上がったと思うと、鏃が下を向き、そして佐奈井へと迫ってくる。佐奈井は横に飛んで避けようと身をかがめた。

 だが、体の脇を凍也がすり抜けた。佐奈井の前に飛び出た凍也は、迫りくる矢を刀で切り落とす。

 矢が二つに断たれ、地面に頼りなく転がった。

「城に入れば、香菜実を見つけられる。なるべく無理はするな」

 凍也がそう言っている間にも、槍を構えた甲冑の兵二人が叫びながら迫ってくる。凍也は、一人目の槍を避ける間際に脇の下を切っていた。二人目の槍も軽やかにかわし、血の付着した刀で、敵の背中を切りつける。

 敵二人が倒れるところまで、佐奈井は見ることはなかった。そのまま駆け抜けていく。

 佐奈井と凍也を敵とみなした城兵が、刀を抜いて迫ってくる。

「無理に戦おうとするな」

 凍也が声を飛ばす。

「でも、来る!」

 佐奈井が走りながら、追いつかれるのに備えて刀を上段に構える。だが別の一揆衆、粗末な野良着をまとった男たちが、横から襲いかかった。混戦になって、城兵たちが気を奪われた隙に、佐奈井と凍也は横をすり抜けていく。

「越前国を売り払う餓鬼め」

 一揆衆の一人が、そうやって城兵を罵っている。

 同郷の者同士が争い合う状況。だが佐奈井は、足を止めない。今は香菜実の無事だけを考えていた。この土地に染みつき、人々を争いへ向かわせる悪意に飲み込まれるわけにはいかない。

 甲冑をまとった兵が二人、佐奈井に迫った。

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