園枝と理世――3

 それから佐奈井は、峰継と話さなくなった。峰継とだけではない。何かを考え込んでいるように、囲炉裏のそばで膝を抱えて、誰とも話そうとしない。

 凍也が話したとおり、村の皆がここを離れ、香菜実と関係のない場所へ向かうというのなら、佐奈井は一人になってでも同行を拒みそうだ。

「理世」

 佐奈井を背後から見つめている最中に、園枝が話しかけてきた。

「燃料の薪、足りなくなったから集めに行きましょう。日が暮れるのも早いし」

 理世は立ち上がった。

「そうね」

 佐奈井たちを残して、会話の途絶えた家から二人は出ていく。

 ちょうど理世も、園枝と二人だけになりたかった。話がしたい。

 家の外は意外と静かだった。もうすぐ武器を持った者たちが押し寄せるかもしれないのに、騒ぎらしい騒ぎが起こっていないのが不思議だった。

 何かに備えているように。

「佐奈井と峰継の親子、険悪ね」

 理世は、思ったことをそのまま話した。

「当然よ。大事な人を見捨てろと言われて平気なはずがない」

 園枝は冷静に話している。

 理世の父が死んでから、園枝は感情をあらわにすることが減った。余計なこともしゃべらない。一乗谷で佐奈井や自分たちが命の危機にさらされても、取り乱すことはなかった。あの時の恐怖を思い出しては怯える自分とは裏腹に、園枝のほうは落ち着いている。

「仕方がないにしても、割りきれるほうがどうかしている」

「ねえ、母さん、どうして佐奈井に入れ込むの?」

 理世は尋ねた。

「佐奈井たちは家族でなければ、知り合ったのも偶然みたいなものなのに」

「あの親子がいなければ、私たちとっくに死んでいるかもしれないのよ。まさか都合が悪くなったら見捨ててもいいとでも」

「違うよ」

 もし慶充や峰継が、一乗谷で体を張って守ってくれなければ、争いに巻き添えになって自分たちが犠牲になっていただろう。

「そもそも私たちには帰る家もない。あの親子たちと組んだほうが、この先生き延びるのに都合がいい。そうでしょう」

「……そんな理由だけじゃないよね」

 理世は園枝の打算の、さらに奥深くのものを見抜いていた。自分たちだけ生き延びるために峰継を利用しようなどとは、母はまったく考えていない。

「わかる? さすが娘ね」

「父さんの話、信じているんだね」

 そして夫の生き方を、園枝は追いかけようとしている。

「あの人らしい死に方だったと、今でも思っている」

 戦で死んだ。三年前の戦だ。

 織田信長が越前に攻め込んだことがあって、その防戦に駆り出されて、討ち死にした。越前の南、敦賀と越前を隔てる山地でのことだと、生き延びて戻ってきた同郷の者が話してくれた。

 その同郷の者も深手を負っていて、数日後に命を落としたが。

「ただ見殺しにされただけでしょう」

 今でも思う。敦賀の山城を落とし、越前国の国境を隔てる峠を越えようとする織田信長の軍に対して、朝倉義景は増援を寄越さなかった。敵は一気に越前国の領内になだれ込み、一乗谷の陥落も噂された。 

 結果的には、越前国が陥落することはなかった。北近江の浅井長政が織田信長を裏切り、背後から襲ったからだ。敵国内で織田信長の軍は総崩れになり、敗走した。

「あの戦で襲われる村もあった。夫は避難を呼びかけて、逃げる村人たちの一番後ろで守っていたそう」

 これも、戦から戻った同郷の者の言葉だが。

「最後は、子どもをかばって背中に矢を受けた」

 伝聞だからどこまでが事実なのか、嘘偽りがまったくないかは、話した人が死んだ今となっては確認できない。かばったという子どもやその親にも会う手掛かりがないのだから、なおさらだ。

 でも、偽りはないだろうと、理世も思う。父の最期を話した人は、死ぬ間際、父への称賛の言葉を惜しまなかったからだ。

 ――ああいう奴が同じ村にいたことを、誇りに思うよ。

 そんな、足軽や雑兵からすれば不釣り合いな言葉を残していた。嘘を話していたとすれば、死ぬ間際で話される言葉ではない。

「母さんは、父さんの生き方を倣うというの?」

 父や峰継たちとは違って、自分たちは刀を扱えない。戦えないというのに。

「佐奈井や香菜実が死ぬのが、そんなに嫌?」

 理世は重ねて問う。

「理世、あんたも香菜実のことを心配し続けていたでしょう。佐奈井も」

 理世だって、あの二人が死ぬのは嫌だった。あんな戦に巻き込まれるのを仕方ないと割り切ることはできない。だから佐奈井たちについていっている。

「もちろん、私は死なない。あんたも巻き込まない」

 一乗谷で起こった戦闘を峰継や慶充のおかげで潜り抜けたように、最後は誰かの手に頼るしかない母だ。それでも、母の言葉は力強かった。

「たぶん佐奈井も、このままじっとしているはずがないから」

 道のそばにここらの村人が通りがかった。

「……理世、急ぎましょう。薪を集めるのが遅いと、あの家の中が冷える」

 園枝が歩くのを速めた。

「あと、峰継さんね」

 園枝がぼそりとつぶやく。

「親一人で子どもを守る苦労は、並大抵のものじゃないから」

 ――心配性な母さん。

 理世はそんなことを思いながら、黙々と、母についていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る