哀傷を抱えてもなお――5

 だが、佐奈井は眠れるはずなどなかった。理世や日向も寝床につき、夜も更けた頃になってもなお、いまだに囲炉裏の火は落とされず、大人たちが起きて話をしているからだ。

「……では桂田長俊は、確かに討ち取られたんだな」

 凍也が口を開く。

 佐奈井は横になりながらそれを聞いていた。じっとして、寝たふりを続けている。

「矢を放たれて馬から落ちるのを見た。そのまま領民によって打ち首だ」

 峰継が話す。

「その後はどうなった? 一揆に加わった輩はどこに向かった?」

「一乗谷にとどまっているとは思えない。完全な焼け野原になったしな。恐らく、今回の一揆の首謀者と行動を共にして、別の場所に向かったはず」

「富田長繁か」

 凍也はつぶやく。

 篤英と、抵抗する香菜実のそばにいた男。

「ああ。あの男が桂田長俊を打ち倒した以上、今は奴がこの国を統治している。といっても、今は敵対勢力を一掃するのを優先しそうだがな」

「敵対勢力? 何万人もの民衆を煽って味方にしたような男だぞ。敵対するような輩、出てくるのか。そもそも朝倉義景の旧家臣だって、そんなに兵を持っていないし」

 半年前、織田信長が越前国に侵攻し、朝倉義景の首が落ちるまでの過程で、朝倉義景の何万もいた兵が一度に死んだ。朝倉義景の死後、生き残った旧家臣はすべて織田信長に投降したが、そもそも残っている兵が少ない。越前国の統治を任された桂田長俊すら、一乗谷を攻められてあっけなく討ち取られたのだ。挑もうとしたところで、今は何万もの民衆を味方につけた富田長繁に返り討ちに遭うのは目に見えている。

 凍也は、そう言おうとしているのだろう。

「富田長繁は疑り深い男だ。そしてすぐに刀を取るような獰猛な男でもある。もしわずかでも謀反の兆ありと見れば、即座に消し去ろうとする」

 峰継は、腑に落ちない様子の凍也に言って聞かせる。

「そして民衆は、乱暴な富田長繁を支持し続けるとは思えない。いずれ刃を奴に向ける」

 動乱は続く、と峰継は言いたいらしい。わかりきったことだけれど、佐奈井は毛布にくるまりながら、両手を握っていた。

 あの男のそばに香菜実がいる。最悪の状況だ。

「まるで会ったことがあるような話し方だな、峰継さん」

 凍也が食ってかかった。

「元々朝倉義景に仕えていたからな。富田長繁も、姿を見たことがあれば、声も聞いたことがある」

「……あんな領主の元でよく、生き延びたな。朝倉義景は、数年前から無謀な戦を続けてきたというのに」

「怪我のおかげかもしれない。戦場で負った傷のために、足軽から身分を落とした」

「傷って、右足のか? 佐奈井がよく心配している」

「そうだ」

「それで賊と互角に戦えるなんて、よっぽどの刀の使い手なんだな」

「誉め言葉をかけている場合じゃなくてよ」

 園枝がたしなめた。

「富田長繁は一乗谷での戦いには勝ったわ。けど、戦はこれでおしまいなんかじゃない。むしろ峰継の懸念どおり、何回も繰り返される。……で、凍也、あんたどうするつもりなの? この付近でも戦が起こるかもしれない中で、どうやって日向を守っていくつもり?」

「その言葉、そっくりそのままあんたたちにも当てはまるけどな。いっそ一揆に加わったほうがいいかもしれないぞ。食糧だの着る物だの、必要な物は戦のどさくさに紛れて確保できる」

 略奪を唆す言葉に、佐奈井は背筋がぞっとした。凍也は、なんてことを言うんだ。

「……冗談だよ、冗談」

凍也の笑う声が家の中に響いた。

「食料なら、山にあるものを採取してくればいいし、蓄えもある。贅沢はできないが、まあ何とかできるだろ」

「やけに私たちに親切だな、凍也」

 峰継が指摘した。佐奈井も疑問に思っていたことだ。

「何か理由があるのか?」

 再び沈黙。囲炉裏の火の薪が爆ぜる音が、不気味なほどにはっきりと聞こえる。

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