哀傷を抱えてもなお――6

「……ただの親切心。それだけだ」

 凍也は、ようやく答える。本音なのだかわからない。それだけで、賊から佐奈井たちを守り、安全で傷を癒せる場所を提供する理由になるのだろうか。

「疑うような真似はするなよ。ここにいるのは平民の兄妹だけだし、あんたらから奪える物も何もない。小賢しい真似をする理由、どこにもないだろ」

「……そうだな。こちらもどう恩を返せばいいか、悩むところだ」

 峰継は言葉では感謝の気持ちを伝えながらも、完全に納得していないという含みを持たせていた。

「白状すりゃ、俺は富田長繁の野郎を信じていないんだ」

 だから凍也は、三万を越すほどの勢力に膨れ上がった一揆勢に加わらなかった。

「ぶっちゃけて言えば、あいつが民衆をそそのかしたのは、自分が領主になるのに桂田長俊が邪魔なだけだったからだ」

「桂田長俊の悪政を終わらせるというのも、あんたにとってはただの上辺だけの名分ってことね」

「そうだよ、園枝さん。自分の都合を押し通すために、他人を暴力に走らせる輩だ。信じられるかよ」

 凍也の声が、怒りで震えた。

「大きな声を出すなよ、息子たちが起きる」

 峰継は注意を飛ばす。すでに息子が会話を盗み聞いていることなど、知る様子もない。

「……とにかく、傷ついて現れたあんたらを見て、富田長繁への不信感はずっと高まったんだ。こんな戦に関係のない人たちですら襲ったんだって」

 それで、佐奈井たちをかばっているというのか。富田長繁の好き勝手で人死には出させない、という意地で。

「どのみちあの男も、長くはもたないがな」

 峰継はそんな見立てを離した。

「どうしてだ?」

「織田信長が平定した領地で一揆を引き起こした。織田信長は遅かれ早かれ、放置するはずがない」

 猫の尻尾を噛みちぎった鼠は、逆に猫に食われるだけ。いずれ反抗した民衆は蹂躙される。

「織田信長に取り入ったら?」

「そうなったら、今度は民衆の敵だ」

 峰継は、凍也の問いに即座に答える。

 越前国の人々は、織田信長の治世を受け入れたわけではない。他国から一方的に国土を犯しただけではない。今後、よそ者たちは他国の戦のために、収穫の大半を兵糧として取り上げる。搾取する者たちに対して、喝采をささげる者がいるはずがない。

要するにあの男は、板挟みということだ。

「それに加賀国も動く」

 峰継は、越前国よりさらに北の国の名を出した。加賀国もまた、織田信長と対立する勢力の一つだ。同じく織田信長と対立し、同盟を組んでいた越前の朝倉義景が滅んだ今、次は我が身と対策を立てているはず、と言いたいのだろう。

「加賀国は越前国に攻め込むか、民衆を煽って富田長繁に対抗するよう仕向けるなりしてくる」

 ――だとしたら

 富田長繁のそばにいる香菜実が危ない。いずれにしろ滅ぶ者たちの巻き添えになる。

 布団の中で丸まりながら、佐奈井は密かに目に込み上げてくるものを感じていた。腕を目元に押しつける。

 一乗谷で香菜実の手を握り続けていれば、こんなことにならなかったのに。

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