凶刃――5
「香菜実はどこだ……!」
慶充は妹を探す。佐奈井も香菜実の姿を探した。目の前の悲劇に気を奪われている場合ではない、とばかりに慶充は彼女を探す。
いた。城戸から伸びた道の先に、父に手を掴まれたままでいる。誰かが二人の前にいた。粗末な野良着ではなく、つやのいい黒の兜に甲冑、具足まできっちりと身にまとっている男。あれが、今回の反乱を指揮している者か。
「香菜実を取り戻す」
うわごとのように慶充はつぶやく。
佐奈井はふと不安を抱いた。
慶充の声に疲労が混じっている。城戸を抜けるのに、多くの敵を相手にした。小さな傷もいくつかある。限界が近いのかもしれない。
「お前ら、何者だ」
また、野良着をまとった者たちが押し寄せてきた。後ろからも追いかけてくる者がいる。
慶充は、引き続き前からの敵を斬り伏せていった。佐奈井はただ、後ろから彼に続く。
「ひるむな、お前ら。こいつは俺が」
周囲の者よりひときわ図体の大きな男が、慶充の前に繰り出してきた。慶充に錆びついた刀を振りつけてくる。
慶充が、うっ、と音を洩らした。彼の肩口が裂けているのを見て、佐奈井はぞっとする。慶充が、深手を負った。
「このまま!」
図体の大きな男は、さらに刀を振りつけてくる。だが、慶充が刀を突き出すのが先だった。
うがっ、と頼りない音を洩らして、男は倒れる。
「慶充、大丈夫か」
倒れる男を避けて、佐奈井は慶充に駆け寄る。肩の傷口からの出血で、着物に染みがどんどん広がっていく。
「平気だ。急げ」
前を向いたまま、慶充は言う。弓矢を持った者が二人、矢を放ってきた。
一本は、慶充は切り落とした。だが二本目は、慶充の左足に刺さる。
「慶充!」
佐奈井が叫んだ。谷に響き、香菜実が、佐奈井たちのほうを向く。血にまみれた兄の足に矢が生えているのを見て、駆け寄ろうとするが、篤英は香菜実の喉元を掴んだ。
「慶充、肩を貸すわ。もうこれ以上戦えないでしょう」
園枝もまた、慶充に駆け寄った。
「いや、まだだ」
「だめ。そんな状態だと危険すぎる」
理世も叫ぶ。
慶充は、力任せに足から矢を抜いた。
矢を放った男二人は、それぞれ次の矢を筒から抜いた。
慶充は足を引きずりながらも、二人に向かって駆けていく。
前に出ていく慶充。佐奈井の苛立ちが動揺に勝った。
「何をやっているんだよ、馬鹿!」
――死ぬつもりか。
香菜実を守らないといけないのに。
必ず生き残る、とさっき約束したばかりなのに……
慶充は刀を振り上げ、弓矢を持った者たちに斬りかかろうとする。だが、一歩遅かった。二人によって次の矢を放たれ、慶充の腹に刺さる。
慶充は、信じられない行動に出た。
「佐奈井」
慶充は、手に握る刀を佐奈井のほうに投げた。刀は弧を描いて飛び、佐奈井のそばの地面に突き刺さる。
――託すかのように。
そして慶充は、別の者の槍に貫かれた。慶充は地面に膝をつく。
強いが、優しい、大事な友人が……
佐奈井は、地面に刺さった慶充の刀を抜いた。
「この!」
呼び止める峰継や園枝の声も無視して、佐奈井は槍を持つ男に肉薄していく。男も佐奈井に気づいて、一歩身を引いた。
まだ背の伸びきっていない少年が、血汚れた刀を持って迫ってくるから。
一乗谷の奥の滝の前で振った木刀よりも、はるかに重い、鉄でできた真剣。佐奈井は、それを振り上げた。男はとっさに槍を突き出してくるが、むなしく佐奈井の脇腹をかすめる。
佐奈井は間合いを詰め、男に横振りを仕掛け、腹を斬った。
初めて人を斬る感覚が手に残る。
しかし佐奈井は止まらなかった。
猛禽のような目を、今度は慶充に矢を射た二人に向け、そして駆ける。
「子どもだからと容赦するな、やられる」
一人が言い、慌てて矢を弓につがえた。だが佐奈井は刀を横に振り、その弓を二つに断った。張られていた弦がはじけ飛び、男はわめきながらよろめく。その胸を、佐奈井の持つ刀が貫いた。
男の腹を蹴って刀を引き抜いた瞬間、佐奈井は左肩に鋭い痛みと、風を感じた。残ったもう一人の弓を持った男が、矢を放ったのだ。至近距離だが動揺で手元が狂い、急所から大きく外れた。あんぐりと口を開けて、鬼人になった佐奈井を見つめている。
佐奈井は声も上げず、痛む肩をかばうこともなく、立ち尽くすその男に袈裟斬りを仕掛けた。
付近の敵を一掃した佐奈井は、慶充を見下ろす。
佐奈井の頭をよく撫でた手は動かず、剣術を教え佐奈井に優しい言葉をかけていた口からは一言の言葉も出ず、目は閉じたまま。致命傷となった腹の傷と、流れ出た大量の血が、慶充の死を残酷なまでに突きつけている。
佐奈井の刀を持つ手が震え始めた。親しい者が殺され、自らも人を殺めたことに対する恐怖が、遅くなって佐奈井の身をさらしていく。
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