凶刃――4
慶充や峰継によって殺された三人と、佐奈井たちの前から迫りくる野良着の男。同じ村で、同じ田を耕していたのだろう。顔立ちからして四人とも峰継と同じくらいの年だから、妻や子もいるのかもしれない。平和な頃は、家族ぐるみで付き合いがあったはず。
……だがここは戦場で、互いに刀を握っている。
……しかも慶充や峰継は、後ろの佐奈井たちを守らなければならない。
その男は慶充に肉薄して、力任せな袈裟斬りを仕掛ける。慶充は刀でそれを受け、押し返す。
男はあっけなく後ろによろめいた。刀を持つ手が上を向く。がら空きになった胸を、後続の峰継が斬った。
峰継のすぐ後ろに続いていた佐奈井は、倒れゆくその男ともろに目を合わせた。苦痛にあえぎながらも、なおも怒り恨みに満ちた目。
「彼に囚われてはいけない。前に進んで」
園枝がとっさに声をかけられた。佐奈井は足を前に進める。
もはや領民にとっての敵となった慶充や峰継に向かって、武器を持った領民たちは群がっていく。一乗谷の兵たちと同様に、多数で囲み、嬲り殺そうとしてくる。
しかし包囲される前に、二人は彼らを突破する。
香菜実までは、あと少し。
彼女のそばにいた篤英が、一乗谷の兵を斬り殺した。周囲にはもう、今の彼にとっての敵はいない。
「桂田長俊に矢を放った篤英だ。娘がいる。匿ってくれぬか」
突如、そのようなことを叫び始めた。周囲を駆けまわっていた領民の一人が、あの二人のそばで足を止める。
「こっちだ。来てくれ」
城戸の向こう、味方で埋め尽くされた一帯に向かう。篤英は香菜実の手を掴んだ。
民衆に取り入って、香菜実と一緒にこの場をしのぐつもりだ。
でも……
周囲の殺気立つ民たちを見て、佐奈井は手を握る。血に飢えたように兵を殺す者たち。彼らのそばに香菜実がいて、危険はないのだろうか。
ひゅう、と矢が飛ぶ音が響く。佐奈井は、自分の左側から矢が飛んでくるのを見た。鏃が鈍く光り、さらにその後ろには、弦の震えた弓を持つ、狩りをする山犬のように顔を歪めた男が。
矢は、しかし佐奈井に当たることはなかった。慶充が刀で切り落としたからだ。二つに折れた矢は、頼りなく佐奈井の足元に転がる。
矢を放った男は、次なる矢をつがえた。放つ。
「させるか」
慶充はこれも切り落とす。
「止まるな、佐奈井。早く香菜実のところへ」
慶充の声で、佐奈井は止まっていた足を再び動かした。香菜実の元へ、急がないと。
子どもである自分にすら矢を放つような連中のそばに、香菜実をいさせるわけにはいかない。
佐奈井の前を、慶充は守るようにして走る。迫り、襲いかからんとする民がいれば斬り、膝をついたその者の脇を佐奈井が駆け抜ける。
香菜実は、もう城戸を抜けていた。民衆によってこじ開けられた門の外へと出ている。
「このまま一気に抜ける」
背後の佐奈井に、慶充は告げた。
「父さん、いる?」
走ったまま佐奈井は呼びかける。矢が飛び、刀を持った者たちが襲いかかる中、振り返る余裕もない。
「後ろにいる。理世も園枝もついてきているぞ」
父が応じた直後、悲鳴が響いた。
五人の側面から襲いかかった者を、峰継が斬り伏せたのだ。
妙だった。いくら桂田長俊が討ち取られ、家来の兵たちは総崩れになっているとはいえ、まだ全滅してはいない。そこらかしこで微力な抵抗を続けているというのに、民たちは佐奈井たちばかりを執拗に狙ってくる。
女子どもがいて、狙いやすいから。
――醜い。
佐奈井は、彼らに対してそう思った。弱い者を狙い、いたぶろうとするなんて。
だが、慶充は民たちを撥ね退けていく。後ろに続く佐奈井や園枝、理世に道を切り開き、峰継が、後ろの守りを固めていた。
慶充も峰継も、その刀の振りは鋭く、強い。
佐奈井たちは、城戸にさしかかった。一番、危険な場所だ。狭い場所に、一乗谷を占拠しようとする民たちがひしめいている。
門から入り込んだ民は、最初に慶充を見ることになった。血で汚れきった刀を掲げ、返り血を多く浴びながら駆ける少年に、戦慣れしていない民たちはたじろぐ。
「どけ」
慶充は言い放った。ひるみ立ちすくむ者に、慶充は蹴りを加えて道を作る。
道はすぐに塞がれた。民たちが立ちふさがり、強気な者が二人、慶充に迫る。同時に繰り出された攻撃を捌ききれなくて、慶充は腕に傷をこしらえた。目を見開く佐奈井の前で、慶充は刀で二人を薙ぎ払う。前方の民を目で威圧し、そして前へ進む。
城戸を抜けた。
そして、佐奈井は見た。
城戸の外にも広がる一乗谷の町並み。一度、織田信長に襲われて戦火にさらされてから、復興が進み、ちらほらと家が再建されていた町は、再び戦火にさらされていた。再建された家は放火され、崩れ落ちたものまである。まだ焼けていない家からは男たちが食料や家財を持ち出し、家主らしい者が引き留めようとしては、斬られていた。
そして、至る所に転がっている遺体。佐奈井たちと同じ野良着をまとっている。
蜂起して一乗谷に押し寄せた領民たちは、同じ立場であるはずの一乗谷の平民にすら手をかけ、略奪を仕掛けたのだ。
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