凶刃――3

 桂田長俊を殺した者たちが、雄叫びを上げて勝利を宣言している。

「これで奴らは目的を果たした」

 峰継が佐奈井の手を掴んだままつぶやく。

 だが、信じられないことが起こった。殺戮が、終わらない。逃げ惑う兵たちに向かって、民たちは変わらず襲いかかっていた。悲鳴が、絶え間なく響いている。

「どういうことだよ、何であいつら戦うのをやめないんだ」

 圧政をもたらした領主桂田長俊は死んだというのに。

「それだけ不満がくすぶっていたんだ、佐奈井」

 峰継は言う。

「裏切りで領主を失った地では、必ずこのようなことが起こる」

 次々と兵が倒されていく。しかし逆もあった。訓練された兵によって、民もまた斬り殺されていく。

 同じ土地で生まれ育った者同士が、互いに命を削り合うだけの不毛な争い。

 そして慶充たちも目をつけられた。刀を持った領民三人が駆けてくる。

「お前も奴らの仲間か」

 慶充は刀を抜いた。斜めに振り上げると、先頭の一人の刀が火花を発して宙に舞い上がる。刀を手からもぎ取られたその者は、よろめいて地面に転んだ。残りの二人もたじろぎ、足を止める。

「やめろ、戦いたくない」

 しかし、慶充を襲った者たちの殺気は変わらなかった。

「てやっ」

 別の者が奇声を発しながら、刀で慶充の首を刎ねようとする。慶充は刀で受けた。

 佐奈井は見ていられなくなった。

「ごめん」

 手を掴んだままの峰継に、足を繰り出す。突然の衝撃と痛みに、峰継は佐奈井の手を離した。自由を得た佐奈井は、慶充に向かって走っていく。

「佐奈井!」

 背後から父の罵声が響く。

 慶充は二人目の刀を両断していた。切っ先が宙を舞う。途中で途切れた刀を眺め茫然としているところを、慶充は蹴りを加えて退ける。背後から刀を振り上げて迫ってきた者にも、回し蹴りを繰り出した。

 殺さないつもりだ。だがそれでは……

 最初に慶充に襲いかかった一人が、立ち上がる。その者は背後から慶充に迫り、背を殴りつけた。

 慶充はとっさに転身して、刀の柄頭で相手の頭を叩きつける。

 慶充は、よろめいた。隙を突こうとばかりに、最後に刀を持つ一人が迫る。

 さらにその後ろには、駆ける佐奈井。

「よせよ」

 佐奈井が追いついて、慶充を襲う男の、刀を持つ手を掴んだ。

「何だお前は!」

 その男はわめくが、次にはその鳩尾に慶充の拳が食い込んでいた。刀を手から離し、その場に膝をつく。

「何をしている佐奈井」

 背を殴られたために、慶充は苦しそうな声を出している。

「こんなところに……」

 出しゃばるな、と言いかけて、口をつぐむ。今の一乗谷に安全な場所はない。

 足元でうずくまる男が、片手で腹を押さえたまま、懐から短刀を取り出した。切っ先が自分の腹に向けられるのを、佐奈井は見る。

 ――刺される。

 だが、実際に短刀が佐奈井を貫くことはなかった。慶充に背を斬られていたからだ。その男は血を散らしながら倒れ、身を丸めると、動かなくなった。

 返り血が、佐奈井と慶充にかかる。

「……貴様っ!」

 最初に慶充に襲いかかった者が、地面に転がる刀を拾い上げた。慶充に斬りかかり、受け止められる。

 刀同士がぶつかって、佐奈井の目の前で火花が散る。

「俺の後ろにまわれ、佐奈井」

 慶充の声に、佐奈井は後ろに下がる。だがその時、もう一人が自分に迫っているのを見た。刀を両断された領民が、切っ先を失った刀で、佐奈井に斬りかかろうとしている。殺気に満ちた目が自分を向いていて、佐奈井の足がすくんだ。

「佐奈井!」

 理世の声がしたと思うと、佐奈井は背後から理世に抱かれていた。暴徒からかばう恰好になる。

 理世の腕の中で、佐奈井はもう一つの足音を聞いた。自分のそばを通り抜ける。

 そして着物と肉が裂ける音が聞こえた。人の吐息が漏れる音。

 理世は佐奈井を離した。

 見ると、目の前に峰継がいて、佐奈井に襲いかかった男の腹を斬りつけたところだった。折れた刀を持ったまま、その男は膝をつく。峰継は躊躇せず、その者に袈裟斬りを仕掛けた。大量の血を流しながら、その男は倒れ、一人目と同様に動かなくなった。

 父が人を殺めるところを、佐奈井は初めて見た。自分たちと同じ野良着をまとった、平時は田を耕して稲を育てているだろう領民を。

「……父さん」

 父は、慶充の隣に立っていた。残りの一人に対峙する。

「こっちにも来てくれ! 厄介な敵がいる」

 残りの一人が大声を発した。そして切っ先を宙に向け、奇声を発しながら勇み二人に迫る。

 手をかけたのは峰継だった。その男の腹を斬りつける。男は三歩さらに駆けると、地面に倒れた。

 佐奈井は、血を流して倒れる領民三人を茫然と見下ろしていた。しかし慶充の声で我に返る。

「香菜実を追う」

 慶充は手にかけた者たちに目もくれず、前へと向かった。

 香菜実は、篤英のそばだ。かつて味方だった敵と交戦する父のそばで、立ち尽くし、動こうとしない。逃げる場所がないからだ。

「佐奈井、それと園枝、理世、このまま城戸を抜けて谷から逃げる。はぐれるな」

 峰継も駆けた。

 佐奈井たちと香菜実の間に、男が割り込んだ。やはり野良着をまとっていて、刀を構えている。目は先ほどの者たちと同じく、殺気に満ちていた。

「同郷の奴らを、よくも」

 男は刀を振り上げて、慶充に向かってくる。だが慶充は駆け続けた。峰継も止まらない。佐奈井が遅れそうになると、園枝に背を叩かれた。前の二人を信じて、佐奈井はさらに速度を上げる。

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