戦火の中で――5
「佐奈井、そばから離れるなよ」
刀を鞘から抜きながら、慶充は言いつけてくる。そして斬りかかった兵の横腹に刀を繰り出した。
相手の甲冑が火花を散らす。衝撃で、その兵はよろめいた。慶充はその背後にまわり込んで、何にも覆われていない首筋を斬りつける。
慶充が返り血を浴び、その一部は佐奈井にも届いた。
斬られた兵は、くぐもった声を出すと、うつ伏せに倒れて動かなくなる。
「逃げるぞ! 佐奈井」
立ち尽くしていたところに、峰継の声が飛ぶ。佐奈井は我に返った。
佐奈井たちを包囲していた兵だが、前方に穴ができた。園枝や理世も駆け出している。
「早く」
園枝が、佐奈井を追い抜こうとする間際に手を掴んできた。引かれるまま、佐奈井は走り出す。
背後からも追いかけてくる兵がいる。峰継が先頭の一人の足を切りつけた。次の兵に切っ先を向けて威嚇し、そして佐奈井たちを追いかけていく。
「慶充、大丈夫か」
佐奈井が走りながら、慶充に声を飛ばした。
「何がだ?」
「さっきの奴を相手にして。味方だったんだろ」
それに今ので、慶充は目をつけられた。後ろの兵たちにとって、慶充は完全な敵だ。
「戦わないとお前が危なかった」
慶充の声にはわずかな迷いもなかった。これからも戦わなければならない状況になれば、刀を振るつもりだ。
幸い、背後の兵たちは飛び道具を持っていないようだ。後ろから矢や鉄砲の弾が飛んでくることはない。
「俺の心配をするなら、香菜実のことを考えてくれ。父上が何をするつもりか、読めない」
そうだ。佐奈井は大事なことを思い出した。篤英に連れ去られた香菜実。はぐれたりはしないと決めていたのに、自分はこの戦乱で動揺するだけで、連れ去られる間際に何もできなかった。
「あいつを探す。見つけたら言うね」
「ああ、そうしてくれ」
だが、連れ去られてから時間がたっていないこともあって、香菜実はすぐに見つかった。佐奈井たちの前方にいる。篤英に手を引かれたまま、後ろを向いていた。
その目は、すでに佐奈井たちを捉えている。
「香菜実!」
佐奈井は呼びかける。香菜実は掴まれていないほうの手を振って、助けを求めてくる。
「あそこにいる」
佐奈井は慶充に伝えた。
「ああ、俺も見つけた」
慶充も走りながら、佐奈井と同じ方向を見つめていた。
篤英は、どんな意図で、どこに向かうのだろう。娘の香菜実を連れ去り、激戦となっている一帯に突っ込もうとしている。まるで香菜実を道連れに自死しようとしているみたいだ。
――もし篤英が本気で自死するつもりなら、自分が止める。刀を抜いた、あの男の前に立つことになっても、見過ごすわけにはいかない。
香菜実のことを思うあまり、佐奈井は後方の追手のことを忘れていく。後ろの兵の一人が、四人の動きを止めようと、走りながら地面の――かつて一乗谷の家の一部だった――焼けた木片を拾い上げ、投げつけた。
木片は回転しながら飛ぶ。
たまたま後ろを振り返っていた理世が、その木片が佐奈井に飛んでいくのを見た。とっさに佐奈井の背後に駆け寄り、佐奈井をかばう形で、背に飛んでくる木片を受ける。理世はよろめき、地面に転んだ。
「平気」
驚く佐奈井の目の前で、理世は言う。
「俺をかばったのか?」
佐奈井は手を差し出す。理世は佐奈井の手を掴み、立ち上がった。
「どこも痛んでいない?」
園枝が理世の打った背をさする。
「大丈夫、母さん」
「どうしてこんなこと」
理世の手を掴んだまま、佐奈井は問う。
「あんたが無防備だからよ」
理世は早く行けと言わんばかりに佐奈井の背を二度叩いた。
「あんたは香菜実の心配だけしていればいいって言われなかった?」
佐奈井はこっそりと、理世の背を見る。着物の木片が当たったあたりが黒ずんでいた。足取りに異常はなさそうだが、本当に痛んではいないのか。
「この娘は後で面倒を見るから」
園枝が言ってくる。自分も娘も危険に巻き込まれているのに、やけに冷静だった。
「ぐずぐずしない。また次がくるよ」
理世が叱りつけてくる。
「私よりもあんたや香菜実のほうが大事なんだから」
――大事?
理世の言葉が、佐奈井には奇妙に聞こえた。園枝や理世は、肉親でなければ旧知の仲というわけでもない。ただ一連の戦乱の中で知り合い、行動を共にするようになっただけだ。特に返されるべき恩があるわけでもない。
「香菜実に追いついたら、二度とあの子の手を離すんじゃないよ」
理世は不敵な笑みを浮かべた。痛みも感じさせない。
走りながら、佐奈井は歯を食いしばった。
佐奈井も香菜実もこの間十三歳になったばかり。この場にいる者たちの中で最も若い。いや幼い。園枝や理世は、そんな自分たちの安全を優先させているのだ。
だが佐奈井の密かな苛立ちは、背後からの声で消えた。
「さっさと捕えんか。反乱を起こした者たちのことで、何か知っているかもしれん」
兵の一人が声を荒らげている。捕まったら、殺されるだけでは済まない。
佐奈井は、前方を見た。篤英と香菜実の先には、城戸が見える。そしてその先から、人々の騒ぐ声が聞こえた。巨大な土塁の先では、今頃多くの領民が押し寄せて、兵たちと争っているはずだ。
そんな中に香菜実が放り込まれたら……
佐奈井は焦りを募らせた。
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