戦火の中で――4

 だが、目の前の館の裏手から、馬が飛び出した。甲冑をまとった男。同じく甲冑をまとった家臣らしき者たちが、その後ろを駆けていく。

「桂田長俊だ」

 篤英がつぶやく。

 桂田長俊は蜂起した民衆と戦いに赴くのだろう。馬に乗られていては追いかけようがない。南の城戸では、突破しようとする民衆と守ろうとする一乗谷の兵で戦闘になっていて、もし長俊を追いかけていけば、自分たちも戦闘に巻き込まれてしまう。

 ……でも

 佐奈井は、北のほうにも目をやった。そちらからも戦闘の音が聞こえる。空に立ち上る黒煙も増えた。

 北にも城戸があって、堀を隔てて反乱勢と一乗谷の兵とが交戦しているのだろう。だが長く持ちこたえられると思わないほうがいい。

 今の自分たちには逃げ場がない。武器を持って獣のように暴れまわる者たちと目が合うのも、時間の問題だ。

 ――死ぬのか。

 標的となるのを待つだけの嫌な猶予の中で、佐奈井はそんなことを思った。自分は関係ないはず。今回の蜂起の原因となった圧政に関わってなどいないし、暴徒たちと同じく耐える側だったはず。それなのにこうしてただ、襲われるのをおとなしく待っている。

「どうする? 慶充、息子よ」

 篤英が嘲る。

「策は成らなかった。もし長俊を無理やり捕えようとすれば、香菜実やお前のお気に入りの佐奈井を巻き込むことになるが」

「桂田長俊に気を奪われるな、慶充。奴も長くもたないし、利用しようとするだけ無駄だ」

 峰継が声を飛ばす。

「で、どうするというのだ?」

 篤英の声が、峰継をしのがんばかりに響く。

「南北を敵に挟まれ、しかも子連れ。どう見ても、もう絶望的だな」

 佐奈井の心の内を見抜いたような言い方だった。

「まだ逃げ道ならある」

 慶充の声をあざ笑うように、大きな声が谷に響いた。越前国で暮らす者同士の戦は、確実に激しさを増している。

 周囲を逃げ惑う者たちの動きもまた、慌ただしくなる。

「もう終わりだ」

「ここも焼かれる」

 逃げる者たちがわめく。

 動揺が募る。佐奈井の膝が震え始めた。

 その時、香菜実の悲鳴が響いた。佐奈井は、とっさに彼女のほうを見る。隙を突いた篤英が、香菜実の腕を掴んでいた。もう片方の手で、香菜実から自分の刀をもぎ取っている。

「父上! 何のつもりだ」

 慶充は刀を抜く。しかし香菜実が捕われた状態では、どうにも動けない。

「娘は一緒に来てもらう。お前たちはここで死ね」

 そして篤英は腰に奪い返した刀を差した。香菜実の手を引いたまま、桂田長俊の駆けていったほうへと向かっていく。

「待て、お前」

 佐奈井は篤英を追いかけようとする。

「佐奈井!」

 香菜実も佐奈井のほうに手を伸ばす。だが篤英は、

「裏切りだ! こいつら、混乱に乗じて桂田長俊様を亡き者にしようとしている」

 いきなりわめいた。駆けまわる兵たちが足を止め、佐奈井たちに注目してくる。

「桂田長俊様に斬りかかろうと画策しているぞ。早く捕まえろ」

 篤英が香菜実の手を引いたまま、さらにわめく。

 離れ行く二人と引き換えに、甲冑をまとった男たちがこちらへ寄ってくる。

「捕まえろ。ここにも敵がいたぞ」

 兵の一人が口走った。刀を抜いてくる。

「園枝、理世、俺たちから離れろ。あなたたちには関係ない」

 慶充が言うが、二人の母子は聞き入れなかった。

「あんたたちから離れても危険は変わらない。理世をお願い」

 園枝が理世の手を取る。

「私のことよりも、香菜実を。篤英って男は何をするかわからないでしょう」

 理世も、怖がる様子もない。

「本気か」

 慶充がつぶやく。その時、刀同士のぶつかる音が響いた。佐奈井たちに襲いかかろうと、兵が斬りかかって、峰継が受け止めたのだ。

 佐奈井たちは、すでに殺気立つ兵たちによってまわりを囲まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る