知恵と狡猾の降臨

 振り返るとそこには吊り上がった目が浮かんでいた。

 全身が薄茶色の羽毛に包まれて、てっぺんには尖ったフサフサ耳が揺れる。


「なんだ、キツネ之介君か」


 カメどんはキツネのキツネ之介に事の顛末を話した。


「——だから僕は今、うさ吉君に負けないように必死で訓練をしているんだ。うさ吉君の跳ね方を研究して、少しでも早くゴールに辿り着けるように。おかげで少しずつタイムも伸びてきているんだ」


 キツネ之介はつまんなそうに、頬から伸びるひげ——弓の弦のようなそれを指でしごいた。


「へえ、それで君。勝てると思ってるの?」

「当然だよ。やればできる、努力は報われるんだ。今は無理でもいつかきっと勝てる日が来る。そう信じてるんだ」


 川でぽちゃんと魚が跳ねた。夕日はいよいよ落ちるための準備を始めていた。

 キツネ之介はしばらくうつむくと、緩み一つない表情でカメどんを見た。


「なあカメどん。君は勝てないよ。うさ吉の脚を見たことがあるかい? あれは地を跳ねるためにできている。よく引き締まった、見事な脚だ。それと引き換え君はどうだ?」

「——僕かい? これでも鍛えた方なんだよ。前に比べたら……」

「そうじゃない。君の肢は跳ねるためじゃない。水をかくためにあるんじゃないか? だったら……」


 キツネ之介は耳打ちをした。

 それを必死に聞き入れるカメどん。


「なるほど、さすがキツネ之介君。僕、やってみるよ」


 キツネ之介は一つ大きく頷いた。


「努力も良いけど、それだけじゃだめだ。この世を生き抜くには頭使わなきゃ、ア、タ、マ!」


 そう言ってキツネ之介は自分の頭をつついた。

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