エピソード1 序章 (通算21話)
昔話などで頻繁に登場する敵役、嫌われ者と言えば“鬼”という生き物が真っ先に浮かびあがるのではないだろうか。
鬼は空想上の生き物と思われがちだが、過去から現在に至るまで実在し、人間社会とは異なる環境にてひっそりと生息していた。
日本政府が“鬼”の存在と人権を正式に認めたのが第二次大戦後で、それ以降、鬼族は、アイヌ人、琉球人と同じく日本人の一員として認められた。
ただし、それは政府と鬼族との密約のようなもので、憲法の条文にも曖昧な記述しか記載されておらず、それの条文が“鬼”という種族を現していると知る者は法律家の中でもほんの一握りしかない。
大戦終了時、鬼たちは出兵による戦死や、人間との異種交配などによってかなりの数を減らしていた。
戦時中、日本政府は人権確保を餌に、多くの鬼族を出兵させ大戦果をあげた。
鬼族はまさに一騎当千の兵であり、ゲリラ戦、白兵戦では負け無しだった。
だが、拳銃の弾程度なら弾き返す鬼も、艦砲射撃や戦車砲、鉄甲弾にナパーム弾などによって、その多くが戦場で散ってしまった。
戦争には負けたが、いや、負けたことにより、鬼たちが近代兵器の前では脅威にならないと証明され、それがきっかけで鬼たちにも人権が認められた。
戦後の政府方針が鬼族の保護に傾いたのは、彼らの弱体化に他ならない。
戦争により近代兵器の前では、鬼といえど脅威とならないことが判明し、充分に管理しコントロールさえできれば排斥するより囲い込んだ方が得策だと判断したのだ。
鬼の人権獲得にはこのような経緯があり、結果的には戦争に負けて良かったのかもしれない。
現在の鬼たちは、政府が用意した山間部に囲まれた盆地を開拓し、そこを特別居住区として移り住んでいた。
人口約八千人程度の集落だが、一時期は三千人程度にまで落ち込んでいた鬼の総人口を、六〇年近くかけてここまで回復させたのだ。
戦後、鬼たちは減った人口を増やすべく、なるべく纏まって生活した方が良いと判断され、特別居住区への異動が半ば強制的に行われたが、結果としてその政策は間違っていなかった。
鬼の遺伝子は人間と比べて弱く、人間と交配した場合、生まれる子供はほぼ一〇〇パーセント人間の子で、鬼の子が生まれることは無かったのだ。
鬼の人口が減り、同士の出会いが無くなると、鬼は人間と恋愛し結婚する。
そうして生まれる子供は人間の子であり、鬼の人口が増えることは無い。
これは父親が鬼で母親が人間であろうと、その逆であろうと変りは無かった。
鬼同士で交配しない限り鬼の人口は減少の一途を辿るため、各地に住む鬼たちを説得して回り、なかば強制的に居住区を固めたのである。
始めは鬼たちの反発もあったが、鬼たちの町は思いのほかストレスも少なく、鬼しか居ないため出会いも多く、こうして人口も増えたため、多くの鬼たちは結果としてその政策に感謝することとなる。
戦後約六〇年。
鬼たちと人間はある一定の距離を置いて、ある意味不可侵を貫いて生活していた。
そのため誤解もまだまだ多く、偏見や差別も完全に消えることは無い。
また、鬼族が実在することを知らない国民は多く、むしろ知っているのは人口の一パーセントにも満たないだろう。
そんな中、赤鬼族の少年、鬼龍院紅牙(きりゅういんこうが)と、青鬼族の娘、青木瑠璃(あおきルリ)の両名は、親元を離れて、人間ばかりの都会にて生活していた。
二人は過去に鬼族と人間が結婚した遠縁の家庭にて下宿し、人間との共栄は可能かどうかの試金石として派遣されてきたのだ。
鬼と人間の違いは少なく、外見上の大きな違いは角の有無くらいである。
後は犬歯が長いとか、爪が鋭い等、よく見なければほとんど気付かれることはない。
その最大の特徴である角も、帽子などで隠すことは可能であり、本人が希望すれば、手術により角を切断することも可能だった。
人間と結婚する鬼は戦後隔離された後も、減少はしたものの居なくなったわけではない。
鬼たちへの偏見や差別の多くは、彼らを知り、付き合うことによって解消されてゆく。
問題なのは鬼たちを受け入れたことが無い地域社会である。
未知なるものは恐ろしいもので、鬼というだけで拒絶反応を起こす人間は少なくない。
二人はまさに、そんな鬼と触れあった事のない、とある地方都市に派遣されていた。
『鬼という存在が、人間にとって害悪にならないというのを証明する』
というのが彼らの建前で、本来の目的は、人間社会で生活してみたいという若者ならだれもが抱く憧れを実現しただけであった。
鬼龍院紅牙は、最近よくあるキラキラネームの被害者である。
とはいえ、紅牙が名前負けしているかといえばそうでもない。
なにせ彼は鬼族の首魁である赤鬼、鬼龍院剛毅(ごうき)の息子であり、紅牙という名に恥じない、紅く染まった鋭い牙をその身に宿しているからだ。
まだ紅いのは牙だけではない。紅牙の爪は鉄の爪のように鋭く、本気を出せばヒグマの爪すら飴のように叩き折ることが可能だった。
髪の色は茶色に近い赤毛で、太い角が頭頂部から覗いていた。
走れば時速八〇キロで駆け抜け、長距離も一日で二〇〇キロは走破することができる。
また、過去の文献や伝承によると、赤鬼族は気候を操り、雷をも自在に落とせるという。
ただし、この話こそおとぎ話的なもので、実際にそれを実践できる鬼が一人も居ないため、たまたまそう言う偶然が起こって、それがあたかも鬼の仕業にみえたのだろうというのが、学者たちの通説であった。
そうした彼らの類稀なる身体能力だが、それらは表立って使用することはない。
人権こそ認められているが、オリンピックはもちろん、なんらかのプロスポーツに選手になることを、鬼たちは禁じられていた。
それくらい鬼の身体能力は人間を凌駕し優れていたのだ。
そんな強靭な身体の代償ではないが、赤鬼族の頭はそれほど良くない。
“気は優しくて力持ち”それが、赤鬼族を表すに相応しい一文といえるだろう。
青木瑠璃もまた、鬼族の一人で、紅牙とは幼馴染の青鬼族の女の子だった。
青鬼族は赤鬼族ほど身体能力に優れてはおらず、瑠璃のような女性の青鬼は瞬発力なら、人並み以上にあるが、腕力はそれほどなく、人間の男性の方が力は上だろう。
青鬼族の真骨頂は明晰な頭脳にあった。
まるで予知能力でもあるかのような、的確な判断能力と情報処理能力は、スパコンのシミュレーターより早く正確な場合がある。
赤鬼族がプロスポーツを禁止されているのと同じく、青鬼族は、将棋や囲碁など、頭脳を駆使する競技のプロになることを禁じられていた。
将棋の真剣師には、稀にプロより強い者がいるが、それらは恐らく鬼が化けたものであろうと言われていた。
赤鬼族は社交的で人恋しい種族なのに対し、青鬼族はストイックで利己的かつ合理的な思考で行動することが多い。
情報社会の現在、政府が一番恐れているのは蛮勇の赤鬼族では無く、理知の青鬼族であった。
そのため、青鬼族には、赤鬼族よりも厳しい制約があり、公務員や国会議員にはなれないなどの制限があった。
だが、当の青鬼族には野心はなく、むしろそういう責任を背負わされるような面倒な仕事は当人たちの方から願い下げだと思っていた。
だが、野心を持つ人間にとって、野心を持たない人間、この場合は野心の無い鬼がいるとは、なかなか理解して貰えないらしい。
赤鬼族と青鬼族の見分け方は簡単で、赤鬼族は頭頂部に太い角が一本だけ生えており、青鬼族は側頭部に細い角が二本生えている。
肌の色や瞳の色は人間と大差なく、温厚な赤鬼族が怒りに震えた時、その身体は炎のような赤褐色になると言われ、青鬼族は瞳が黄金色に輝く言われていたが、真偽のほどは定かでは無かった。
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