第16話

 特進クラスが設立され、一週間が経過した。

 その存在が生徒たちにも知れ渡ったり、メンバーの名前が『陣羽織桃子』『犬飼健一』『猿渡 透』『雉丸トリノ』ということから、まるで桃太郎のようだと噂になり、桃子の思惑とは違うところで、一般生徒は特進クラスの事を、桃太郎クラス、ピーチクラブなどと呼んでいた。

 その桃太郎クラスこと、特進クラスで真面目に勉強しているのは健一だけだった。

 健一はトリノが作ってきた回答例付きの問題集を延々と解いていた。

 他の三人は何をしているかと言えば、桃子はそんな健一の姿を珍しそうに後ろから前から眺め、飽きたら外を眺めたり、屋上に散歩に行って瞑想したりしている。

 トリノは透にちょっかいを出してはデコピンを食らったり、チョップされたり、生傷が絶えないが幸せそうな時間を過ごしていた。

 透はトリノのちょっかいにより、勉強することができないでいるが、元より勉強を進んで行うタイプではないので、トリノと遊んだり、桃子と喋ったりしていた。

 そんなダラけた雰囲気中、黙々と勉強に集中している健一の姿勢には、誰もが感心し、一定の敬意を払うようになっていた。


「雉丸先輩ちょっといいですか?」

 透を追いまわし、おっぱいを揉ませろと迫っていたトリノを健一が呼びとめる。

「ボクはとても忙しいんだけど、何か用かな?」

「いや、ここがよくわからないんですけど」

「またかい? ケンイチは思った以上に馬鹿なんだな。どこが分からないって?」

 トリノは悪態は吐くものの、ちゃんと質問には答えてくれ、分からない箇所は分かるまで徹底的に教えてくれる良い教師だった。

 面倒見が良いのと、教え方が上手いので、いつの間にか学校では一番話している相手になっていた。

 トリノに追われていた透は、トリノが健一につかまってる隙に、こっそりと教室を抜け出して、屋上へと逃げ出した。

 桃子も休憩と称して屋上で瞑想しており、透がやってきたので瞑想を辞め、二人で他愛も無い雑談を行っていた。

 相変わらず会話は噛み合ってないことが多かったが、それでも二人はなんとかコミュニケーションを取ろうと頑張っていた。

 そんなわけで、教室には珍しく健一とトリノの二人だけとなった。


「……ってなわけで、こうなるわけ。わかった?」

「なるほど。そういうことか。ありがとうございます。雉丸先輩」

「う~ん」

 問題を理解してスッキリした健一とは対照的に、トリノはイマイチな表情で唸っていた。

「どうしたんですか。雉丸先輩?」

「うん。やっぱり駄目だ。なあケンイチ。その雉丸先輩ってのはやめにしないか?」

「雉丸先輩がそう言えって言ったじゃないですか?」

「うん。確かに言ったが、なんて言えばいいのか、むずがゆいというか堅苦しいというか、とにかく耳障りになってきた」

「はあ、そんなもんですか。それじゃなんて呼べばいいですか?」

「そうだな~。“トリノたん”とかどうだろう?」

「嫌ですよ。恥ずかしい。雉丸先輩でいいじゃないですか」

「それが嫌になったから言ってるんだ。いいから早く“トリノたん”って呼んでくれ。いまは誰も居ないから笑ったり蔑んだりする者はいない。いましかチャンスがないんだ」

「分かりましたよ。一回だけですよ?」

「うんうん。早く早く」

「ト、トリノたんっ」

 恥ずかしさと緊張のあまり、健一は軽くどもってしまた。

「うわっ、なんかキモッ! ケンイチきみは変態か?」

「先輩が言わせたんでしょう!」

「いやそうだけどさ。なんか挙動不審過ぎて鳥肌が立ったよ。もっと普通に言ってみてはくれないか?」

「はぁ……。トリノたん。これでいいですか?」

「うん。普通に言われても、気持ち悪いものは悪いな」

「言ってる自分でもそう思いますよ」

「はぁ。それじゃトリノでいいよトリノで」

「いや、先輩を呼び捨てにするわけには……」

「ケンイチは真面目だなぁ。トオルちゃんだってトリノって言ってるから大丈夫だよ。ボクはそういうの気にしないから」

「トリノさんじゃ駄目ですかね?」

「駄目だね。ちゃん付けなら許す」

「トリノちゃんは、トリノたんと同じ道のような……」

「いや、大丈夫だ。そこまでキモくない。もう一度!」

「トリノちゃん」

「なあに、ケンイチお兄ちゃん」

 しなを作って、少し媚びた口調でお兄ちゃんと呼ぶトリノに、健一はしばらく絶句した。

「……いや、確かに見た目は小学生ですが、中身はオッサンだからそんなこと言われても困ります」

「ケンイチは年上の妹とか欲しくないかい? ニッチではあるが需要はあると思うんだ」

「ニッチすぎて意味が分かりませんよ。それに妹っぽい存在なら、透が居るんで間に合ってます」

「しかしなぁ。ケンイチの姉替わりになってやりたくとも、ボクには姉成分が色々と足りないからなぁ」

 まな板状態の胸や、低い身長の頭に手をやって、トリノは自身の未成熟さをジェスチャーで表した。

「いえいえ、例え見た目が幼くても、勉強を教わってる時間に限って言えば、トリノ先輩は充分姉っぽいですよ」

「ホ、ホントかい?」

 普段やる気のないトリノが、珍しく瞳を輝かせて身を乗り出してくる。

「ええ。本当ですよ。まだ一週間程度ですが、勉強が楽しくなってきたのはトリノ姉さんのお陰ですよ」

「それだっ!」

 ビシっと指先を健一の額に押しつけてトリノが叫ぶ。

「え?」

「トリノ姉さんってなんか良い響きだと思わないかい? 今度からケンイチはボクの事をトリノ姉さん、もしくは姉さんと呼んでよ」

「ああ、それならいいですよ。トリノ姉さんって語感も良くて呼びやすいですからね」

「ありがと。ケンイチは良い奴だな。ボクは男には興味無いんだが、もし何らかの理由で男と付き合わなくては死んでしまうという状況に陥ったら、ケンイチと付き合ってもいいと思っている」

 ドンと胸を叩きながらトリノがそう宣言する。恐らく本気なのだろう。

「なんというか、無人島に二人きりとか人類皆絶滅なんて場合じゃないと有り得ないシチュエーションですが、光栄に思います」

「そうだ! 今度の模試でケンイチがC判定を取れたら、ご褒美にエッチなことをしてあげよう」

 机の上に身を乗りだし、女豹のポーズでトリノが健一を挑発する。

 制服の隙間から、鎖骨と胸がちらりと覗く。

「いや、別にいいですよ。勉強を教えて貰ってるだけで充分助かってます」

「なんだその賢者みたいな反応は? ケンイチはひょっとしてボクと同じ同性愛者なのか?」

「違いますよ。ちゃんと女の子が好きです」

「それではこのロリボディには興味ないと? 貧乳だとブラがスカスカで乳首チラとかするだろ。それってグッとこないかい?」

 健一に見えやすいよう、制服の隙間を指で引っかけて、ゆっくりと広げる

「自分でロリとか言いますか。まあ正直に答えると興味はありますよ。男なんて多かれ少なかれロリコンですから。もちろん成熟した女性の身体も大好きですよ」

「なんだ。意外と普通の嗜好なんだな。もっとすごい性癖があるのかと思っていたのにガッカリだよ」

「普通ですいませんね」

「まあスカトロが好きですとか言われたら、流石のボクも困るけどな」

 トリノの何気ない一言で、健一は思いがけず桃子に放尿した過去を思い出し、一瞬固まってしまった。

「え? なんだい? ひょっとしてスカトロはビンゴなのか? まいったな。オシッコなら紙コップに注いで渡すことも可能だが、大きな方はかなり抵抗があるな。でもまあケンイチがどうしても欲しいというのであれば一考するが」

「イヤイヤイヤ! ナニ言ってるんですか! スカトロなんて興味あるわけないじゃないですか。飲むのもの飲まされるのも食べるのも食べさせるのも全部NG! 嫌に決まってますよ」

「そうかそうか。間違いだったか。いや~びっくりした。でもなケンイチ、無理しなくていいんだぞ? その、ボクは別にケンイチがそういう趣味を持っていたとしても別に軽蔑したりしないぞ」

「だから誤解ですって!」

「うんうん。分かってる。このことは誰にも言わないよ。ボクとケンイチだけの秘密にしておこう。ボクはこう見えても口は固いんだ。墓場までこのことは秘密にすると約束するよ。もしも口外したならケンイチの好きにしていいよ。オシッコを飲めと言われれば飲むし、飲ませてと言われたら飲ませてあげるよ」

「どちらもノーサンキューです。ですが、トリノ姉さんは信用してるので、そんな事態にはならないはずですよね?」

「うん。まあそうだね。確かにボクは信用できる奴だけど、世の中にはトーコみたいなやつが沢山いるから、そう簡単に人を信じちゃ駄目だよ」

 そうトリノが言うと、背後から人影がぬっと現われる。


「私がどうかしたのかしら?」

 桃子と透が屋上から帰ってきたようで、腕を組んで健一たちの前に立っていた。

「ん? トーコは詐欺師だから気をつけろって健一に忠告してたんだよ。嘘じゃないだろ?」

「その前にその格好は何の真似かしら? 似合ってないわよ」

「ん? どゆこと?」

 トリノは自分の格好を省みるが、別段何も悪いとは思えなかった。

 だが、机の上に四つん這いになって乗っており、健一からは見えないが、後ろに立つ桃子たちにはトリノのパンツが丸見えの状態だった。

「あれ? ひょっとしてそっちからだとパンツ見えてる? アハハ大丈夫だよ。健一には見えてないと思うから」

「別に貴女のパンツなんて毛ほども心配してないから大丈夫よ。犬飼くんはそんな子供パンツを見たくらいで興奮するような性癖は持ち合わせていないのですから」

「え~、そんなことないよ。さっきケンイチは自らロリコンだって宣言したんだよ。ボクのパンチラでも充分に興奮すると思うよ」

「ふーん。そうなの犬飼くん?」

 軽蔑したような冷たい瞳で桃子が健一を睨む。

「ど、どうだろ? 見てみないことにはなんともかんとも……」

「犬飼くんは雉丸さんの小便臭い子供パンツを見たいのかしら」

「いやっ、別にそういうわけじゃなくてだね」

「見たいのかい? 仕方ないね。特別だよ」

 トリノは机の上に立ちあがると、スカートをたくし上げようとした。

「ダメ~~~~ッ!」

 すんでのところでトリノの身体が机の上から消えた。

 それはまるで手品のような消失っぷりであったが、実際は透がトリノの胴を抱えて、机から引きずり降ろしただけである。



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