第12話

 放課後。正門を抜けると透がいきなり現れて、健一の背に隠れた。

 いったい何がおこったというのだろうか。

「なんだ? いきなりどうした?」

「た、助けて健ちゃん」

 健一の背に隠れた透は、息を切らしながら目の前にいる人物を指差した。

 視線を透の指先が指し示す場所に向けると、そこには小さな女の子が立っていた。

 少し長めの金髪を三つ編みにした碧眼の美少女。

 一二~三歳くらいだろうか。大きくなったら綺麗なるだろうなと思ったが、よく見ると透が前に通っていた女子高の制服を着ている。

 寸法もぴったりなので、この女の子が誰かから拝借した物ではなさそうだ。

 恐らく自分のサイズに合わせて作った制服なのだろう。

 だとすれば、少なくとも小~中学生ではなさそうだ。

 それに、この状況から察するに、恐らく透の知り合いなんだろう。

「ずいぶん探したよトオルちゃ~~ん。やぁ~~っと見つけたよ! さぁ早くペロペロさせて~」

 女の子は透に狙いを定め、頭を低くして猛ダッシュしてくる。

 子供がよくやる前を見ない危険なミサイル走法だ。

 だが、透は巧みに健一の身体を盾にして、その猛チャージを防ごうとしている。

「おい透。なんかヤバそうなのが来たぞ」

「ごめんね健ちゃん」

 透が謝るのと同時に、魚雷のような一撃が健一に身体に激突する。

「いってぇ!」

 下を向いて直進してきた女の子の頭が、ケンチイの股間付近に陥没していた。

 健一の苦痛の声を聞いた少女が不思議そうに顔を上げ、

「あれ? オマエは誰だ?」

 と呟く。

「いきなりぶつかっといて言う台詞がそれかよ。そもそもオマエこそ誰だよ?」

「オマエとは心外だな。ボクは雉丸、雉丸トリノだよ」

 雉丸(きじまる)とか陣羽織が喜びそうな名前だなと思ったが、透の時もそうだったが、女の仲間は認めなさそうな気がするので恐らく問題はないだろう。

 とはいえ偶然だろうが、ここに犬、猿、雉の姓を持った人間が揃うというのは、ある意味すごい。

「オレは犬飼健一だ。それでこの学校に何か用?」

「こんな底辺学校に用なんかあるわけないだろバ~カ。バ~カ。バ~カ。用があるのはトオルちゃんだけだよ! というかどけよオマエ」

 なるほど。だが透の方は用が無いというかあまり歓迎したくない客のようだ。

 それにしても口が悪いな。

「なあ透、コイツはオマエの友達じゃないのか?」

 健一は首をひねって背中に隠れている透に声をかける。

「違うよ~。トリノとあたしは、陣羽織先輩と健ちゃんみたいなものだよ」

 ふざけた例えだと健一は思ったが、その一言でおおよその関係が想像できてしまう。そのことが余計腹立たしかった。

「そうか。おまえも大変なんだな」

「トオルちゃん学校辞めたって聞いたけどなんで? 恋人であるボクに一言の相談もナシなんてひどいじゃないか!」

「恋人って……、えっ! オマエそういう趣味あったの?」

 最近流行りの百合というやつだろうか。健一は怪訝な表情で透をみつめる。

「ち、違うよ。全然違うんだからね。トリノが勝手に言ってるだけで、あたしはそんなつもり全然ないんだよ!」

「いや、分かってるよ。数週間前のオレなら怪訝そうな顔で透のこと見たかもしれないけど、陣羽織桃子を知ってしまったオレには透の苦労が手に取るようにわかるぞ」

「ありがとう健ちゃん!」

「オマエさっきからボクのトオルちゃんに馴れ馴れしすぎだろ? ひょっとしてストーカーか? いやストーカーだな! トオルちゃんのおっぱいとおしりはボクだけのものだ」

 トリノの表情が歪み、瞳が邪悪に輝く。

「イテテテテ~~~~!」

 わき腹を掴まれ、思い切りつねられる健一。

 手加減の無いトリノの爪が肌に食い込み、シャツに血が滲んでくる。

「ちょっとトリノ! 健ちゃんになにするのよ!」

 透は健一の背中から飛び出して、思い切りトリノを突き飛ばす。

 身体が小さいため踏ん張りがきかないのか、トリノはあっさりと尻もちをついた。

「ぎゃん! お、お尻打った。痛い。痛い! あ~~ん! あぁぁ~~~っん」

 もの凄い大声でトリノが泣き叫ぶ。いわゆるギャン泣きというやつだ。

 帰宅中の生徒たちが何事かと健一たちを一瞥する。

「ああ犬飼か……」

「チッ、また犬飼かよ」

「あいつ陣羽織とつるんでたよな? やっぱ類友だったか?」

「今度は子供を泣かしてるわ」

「さいって~ 死ねばいいのに」

 などという誹謗中傷を浴びる健一。オレは悪くないと言いたかったが、状況証拠が揃い過ぎている。

 ここで下手に言い訳する方が余計話をややこしくし、女々しい奴と更に罵られるだろう。

「お前たちちょっと来い! 透ちょっと手を貸してくれ!」

「え、あ、うん」

 通学路の真ん中で泣きべそをかいているトリノを透と二人で両脇を抱えて移動する。

 二人で持つほども無いくらいトリノは軽く、あっという間に路地裏に退避できた。


 黒服に捕まった宇宙人のような格好で異動させられてのが不満なのか、トリノは泣きやんだものの不貞腐れ、ダンマリを決め込んでいた。

「トリノだっけ? 落ち着いて話をしようじゃないか。色々と誤解があるようだ」

「健ちゃん。あまりトリノを甘やかさない方がいいよ」

「つってもこんなところで泣いてる奴を放っておいたら目覚めが悪いだろ」

「それがトリノの手なの。自分がカワイイこと知ってるから、泣いて人の関心を得ようとするの。あたしそれで何度も騙されたんだよ」

「騙してないよ。ホントに痛かったんだぞ! トオルちゃん信じてよ~~」

 涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながらトリノが呟く。

 その姿は、もはや転んで泣いてる小学生にしか見えない。

「喫茶店でケーキでも食べに行くか?」

「健ちゃん家に帰らなくていいの?」

「まっすぐ帰っても陣羽織と顔を合わせる時間が長くなるだけだからな。寄り道してた方がマシだよ」

「その気持ちはわかるけど、もう、仕方ないな。あたしも付き合うよ。トリノの可哀想オーラに騙されないよう監視しとかないといけないからね」

「そうだな。透が居てくれると助かる」

「透ちゃ~ん! やっぱりボクのこと大好きなんだね」

「違うわよ!」

「いいから行こうぜ」

 健一たちは前に桃子と健一が利用した喫茶店に向かった。

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