第11話
健一が目覚めると、ベッドに桃子の姿は無かった。
一瞬、家に帰ったかと思ったが、あの陣羽織桃子がそう簡単に自身の主張を曲げるはずはない。恐らくトイレかなにかだろう。
時計を見ると八時を少し過ぎており、いつもと大体起床時間は同じだ。
普段なら起きてもしばらく布団でウダウダやって母親がリビングから怒鳴ってからが本番なのだが、床で寝ていたので身体中が痛くて二度寝する気にもなれず、それになにより桃子の行方が気になったので健一はすぐに立ち上がった。
制服に着替え、カバンの中身をチェックし、忘れ物が無いかを確認する。
健一が起きてから一〇分くらい経過しているが、桃子はまだ戻ってこない。
よく見ると昨日着ていた服を吊るしていたハンガーにはレプリカユニホームにさし変っていた。
ということは桃子はすでに着替えているらしい。
また、昨日持ってきた荷物を入れた紙袋も消えていた。
「本当に帰ったのか?」
確かに家に居てもなにもやることはないだろうし、専業主婦の母親とハチ合わずにこの家に潜伏し続けるのは、かなり難しいだろう。
そうなると夜明け前に荷物をまとめて帰ったと考えるのが妥当だろう。
そうして健一が帰宅する頃に、荷物を持ってやってくるような気がした。
これでは通い妻ではないか。
帰ってくれたのは嬉しかったが、またどうせ来るんだろうなと思うと、健一は憂鬱な気持ちになった。
「母さん朝ご飯……、わぁーーーーーーーーーっ! なっ、なんで当然のように居るんだ!」
リビングダイニングに行くと、そこには健一の母親と談笑する桃子が居た。
「朝からうるさいわね。ごめんね桃子ちゃん」
「いいえ平気です。おばさま」
「じ、陣羽織さん。いや母さん、これはいったい?」
「健一も水臭いわね。話は桃子ちゃんから聞かせて貰ったわ」
「は、話って、なにを?」
桃子と母親がどんな話をしたのか、皆目検討もつかないが、桃子が母親を懐柔したのだけは、その場の雰囲気から簡単に推察できた。
「桃子ちゃんのご両親がカルト宗教絡みの事件を捜査することになったんでしょう? 家族を危険な目に遭わすわけにはいかないからなるべく接点は無いけど、それでも信用のおける生徒の家にしばらくホームステイさせたいってことになってアンタ立候補したんですって? 偉いわねぇ。パパが聞いたらきっと喜ぶわぁ」
「本当に助かりました。健一さんのお父様も公務員。自衛官だとお聞きしましたので、お言葉に甘えさせてもらいました」
桃子は母親に向かって深々とお辞儀をする。
まさかとは思うがこんな荒唐無稽な話を信じるほど母親は馬鹿じゃないよなと健一は思ったが、
「いいのよ。困った時はお互いさまよ。健一もやっぱりパパの子供ね」
完全に信じていた。これだからドラマ脳は困ると健一は天を仰いで舌打ちした。
「陣羽織さんの両親に確認はとったの?」
「当たり前じゃない。桃子ちゃんのお父さんから涙を流しながら娘をよろしくお願いしますって言われちゃったわよ。断れるわけないじゃない」
「そ、そうなんだ」
すでに両親からしてグルなのか? 健一は桃子の方を伺うと、そういうことよと言わんばかりにニッコリと微笑んだ。
健一がキッチンのテーブル前で固まっていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「健ちゃんおばさんおはよ~~」
透が迎えにきたようだ。
「桃子ちゃんはしばらく学校は休みのよね?」
「はい。でもずっと休むわけにはいきませんので、明日か明後日くらいには登校しようと思っています」
「そうなの。偉いわね。それじゃ今日はおばさんと空き部屋を片付けて桃子ちゃんの部屋を作っちゃいましょうか?」
「そんな。私なんか廊下の隅で雑魚寝させて頂ければ結構です」
「なに言ってるのよ。大事なお客様、それもこんなに綺麗な女の子にそんなところで寝泊まりさせられるわけないでしょう。そんなことしたら桃子ちゃんのご両親にも、パパにも顔向けが出来ないわ。いいからおばさんに任せて、ね?」
「ありがとうございます。おばさま」
どうやらこの茶番はまだしばらく続くようだ。
「オレ、そろそろ学校行くわ」
「あらそう。行ってらっしゃい」
気の無い返事をする母親。すでに関心は桃子の部屋のことでいっぱいらしい。
「行ってらっしゃい健一さん」
桃子が勝ち誇ったように微笑む。
「行ってきます」
健一は負けたような気分になりながら玄関先へと向かった。
「ええっ! 陣羽織先輩が健ちゃんの家に居候?」
「まあな」
桃子の存在を隠したところで、健一の家に入り浸っている透に対し、いつまでも隠し通せるわけがないし、隠す必要もないだろう。
だから健一は家から三〇〇メートルほど離れたところで、そのことを透に告げた。
「ででで、でもなんで? どうしてそんなことになったの?」
「オレが聞きたいくらいだ。だが誤解無きよう言っておくが、あいつがいきなりやってきたんだ。オレの意思や意見はまるで無視して居候するって勝手に決めやがった。気付いた時には母さんは懐柔されてた」
「う、うん。まあなんとなーく想像はつくから、別に健ちゃんを責める気はないよ」
「分かってくれてありがとう」
それからしばらく無言で歩いていたが、透は終始首をひねってうんうん唸って考え込んでいた。
そうして、理解はしたが納得がいかない様子の透は、健一にあれこれと質問した。
答えられる質問には全て答えた。
流石に一緒に風呂に入ったことなどは話せなかったが、自身の愚痴も兼ねて言いたいことを透に吐き出した。
「な、なんだか本当に厄介な人と関わっちゃったみたいだね」
「ああ、しかも母さんまで味方につけやがった」
「ただの頭のおかしな人じゃなかったんだね」
「そうだな。家に遊びに来ても、母さんの前では喧嘩とかしないでくれよ。あと陣羽織の悪口も無しだ。知ってると思うが母さんは一度自分が信じたことは曲げない人だから、陣羽織を悪くいうことは陣羽織を認めた母さんを否定することになるから」
「うん。おばさんの性格は分かってるから大丈夫だよ。でもおばさんが居ない時は好きな事言ってもいいんでしょ?」
「できるだけ干渉して欲しくないというのが本音だが、オマエも言いたいことの一つや二つあるだろうから好きにすればいいよ」
「わかった」
「だがあいつ多分口喧嘩とか無茶苦茶強いと思うぞ。あとなんか武道もやってるっぽいから腕力も侮れない。少なくともオレは敵わなかった」
地団駄を踏みながら、心底悔しそうに健一は呟く。
「……あのね健ちゃん」
「なんだ?」
「健ちゃんはその、陣羽織先輩の事を、すっ、好きなのかな?」
「ちょっとまて? 透オマエなにか勘違いしてないか?」
「そ、そう? でもなんか陣羽織先輩のこと話している健ちゃんって、イキイキしてるというか楽しそうだったし」
「違うぞ。確かに不幸自慢的な側面が無かったと言えば嘘になるが、不幸は不幸だ。望んで不幸になったわけじゃない。あと陣羽織のことだが、あいつはたしかにびっくりするくらい美人だが、性格もびっくりするくらいエキセントリックでとてもじゃないがついて行けない。好きか嫌いで答えるなら嫌いだ。居候なんて迷惑以外の何物でもない!」
「ほ、ほんとう?」
「嘘ついてどうする?」
「だったらさ、あたし健ちゃんを陣羽織先輩の魔の手から救おうとしてもいいんだよね?」
「透を危険な目に遭わせたくはないけど、そうしたいならそうすればいい。でも本当にあいつと関わると危険というかロクでもない目に遭うってことだけは分かって欲しい」
「うんわかった」
そんな会話をしていたら、いつの間にか学校に到着していた。
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