第9話

 勉強を始めて三〇分くらい過ぎただろうか。

 部屋の置物と化していた桃子がいつの間にか健一の背後に立っていた。

「さっきからなにやってるの?」

「試験勉強だけど? ああ教科書読むだけで内容が理解できる陣羽織さんには無縁の行為だったね」

「ふーん。効率悪そうね。そもそも計算とか必要?」

「数学や物理を根本から否定するような発言だよそれ」

「もちろん公式は必要よ。私が言ってるのは途中式よ。暗算すればいいじゃない」

「暗算できないからこうして紙に書いて計算してるんだよ。ちなみ陣羽織さんはこれの答えって筆算無しの暗算だけで分かるの?」

 健一は数学の問題集からとりわけ難しそうな文章問題を指差す。

 普通に考えれば問題を理解し計算しなければならないので、完璧に公式などが分かっていたとしても、回答まで最低でも一〇分はかかるはずだ。

「え? 問二三でいいの? 答えはそうね、Θ=5π/3よ」

 出題から回答まで三秒かかっていなかった。健一はあてずっぽうかと思ったが、答えを見ると正解だった。

「うん。すごいね」

「たいしたことないわ。こんな計算コンピュータにやらせたほうが早いし正確だわ」

「確かにそうだ」

「珍しく意見が合ったわね」

「そうだね。できればこういう会話のキャッチボールが続くことを切に願うよ」

「ところで犬飼くん」

「なにかな陣羽織さん」

「お風呂に入りましょう」

「はっ?」

 折角マトモな会話が出来たと思ったら、再びとんでもないことを言い出し始めた。

「私が何故水着姿なのかを少しでも考えたら分かると思ったけど。難しかったかしら?」

「いや、難しいとか優しいとかの問題じゃなく、そういう発想に至ることすら出来なかったよ。ちなみに風呂ってウチの風呂に入ろうとしてるの?」

「この格好で外を移動して銭湯にでも行くと思ったの?」

「いや、思わないけど、そもそもその格好でここまできたの?」

「犬飼くん。私を痴女かなにかと勘違いしてない? ちゃんと服は着て来たわよ」

 桃子は部屋の隅を指差すと、そこには紙袋が置いてあった。恐らく中に服が入っているのだろう。

 それでも同学年の異性の部屋で水着姿でうろついているのは、痴女と呼ばれても文句はいえないような気がした。

「風呂か。どうせ拒否権はないだろうから入るのは構わないけど、母親と鉢合わせても大丈夫?」

「犬飼くんって本当に想像力が無いわね。犬飼くんがお母様の立場だったとして、自分の息子が水着姿の女の子を連れて風呂場に入るの見てどう思うかしら?」

「息子に対しても水着姿の女の子に対しても良い感情は抱かないだろうね」

「分かっているなら見付からないよう工夫しなさい」

「はいはい了解。ちょっと待ってて」

 健一は部屋を出てリビングに居る母親の様子を伺いに行った。


 母親はリビングでドラマを視聴していた。

「あらどうしたの?」

「いや、風呂にでも入ろうかと思って」

「お風呂なら沸いてるわよ」

「そのドラマいつまでやってるの?」

「いま始まったばかりだから一時間くらいじゃない?」

「面白いの?」

「面白いわよ~。健一も一緒に見る?」

「いやいいよ。ごゆっくり」

 母親はかなりのTV好きで、月から金までのドラマを総チェックしているくらいだ。

 日本のドラマはもちろん、米国、韓国、中国などの海外ドラマも欠かさず視聴している筋金入りだ。

 そんなわけで、恐らくこのドラマが終わるまでは微動だにしないだろう。

 とりあえず桃子をこっそり風呂に入れる時間は謀らずとも確保できたが、だからといって嬉しかったりするわけではなかった。

 むしろ憂鬱な気分の方が勝っていた。

 健一は一度部屋に戻り、桃子を連れて風呂場に向かった。


 脱衣所にて桃子がまじまじと健一を注視しているが、色々と達観してしまった健一は桃子の存在を意識しないよう、服を脱いでゆく。

 そうしてとうとうトランクス一枚になったが、それでも桃子の視線は揺るぎなく、それどころかしゃがみ込んでじっくり見入る準備に入っていた。

「さすがにそれはどうかと思うんだけど? 陣羽織さんって一応女の子でしょ?」

「でも犬飼くんは一時間以上も私の水着姿を拝んでいたじゃない。これでおあいこだと思わない?」

「思わないよ。どうしても見たけりゃ別にいいけど、陣羽織さんがオレを一生許してくれないように、オレも陣羽織さんを一生軽蔑するよ?」

「それは困ったわね。犬飼くんもなかなか言うようになったじゃない。それじゃ私は先に入ってるから」

 桃子はそう言うと、脱衣所から浴室へ続くドアを開け、中へと消えて行った。

「やれやれ……」

 健一は素早くトランクスを脱ぎ、タオルを腰に巻いて浴室へ入った。


 浴室に入ると、まるで自分の家であるかのように、桃子はシャワーを浴びていた。

「ねえ犬飼くん」

「なにかな陣羽織さん」

「水着のままシャワーってなんだか気持が悪いわ。脱いでもいいかしら?」

「好きにすればいいだろ。どうせ止めったって聞かないだろうし」

「冗談よ。私もそこまで非常識じゃないわ」

「なっ!」

 本日陣羽織桃子が現れてから一番驚いたのがこの台詞だった。

 余りの行動と言動の乖離っぷりに、健一は思わず浴槽内で転びそうになった。

「非常識じゃないっていうのも冗談なんだよな?」

「どういうこと?」

「いや、なんでもない」

「ところで犬飼くん。よかったら背中を流してくれないかしら?」

 桃子が長い髪の毛を器用にまとめ、背中から胸の方へ持って行く。

 白い白磁のような背中が黒髪のカーテンから露わになり、くびれた腰と、丸みを帯びた臀部が現れ、これまで忘れかけていた異性の香りを健一に意識させた。

「背中を流してと言われても、水着の上からでいいの?」

「それは困るわ。少し待って」

 桃子はそう言うと、水着の肩ひもを掴んで、腕を通して右肩、左肩と順に外して腰まで下ろした。

 背中を向けているとはいえ、桃子が振り返れば胸は露わになっているというきわどい格好である。

「さあいいわよ。あと私って肌が弱いからタオルやスポンジではなく素手でお願いね」

「肌が弱いんだったらボディーソープも普通のじゃ駄目じゃないのか?」

「それもそうね。それじゃ石鹸無しでお願いね」

「石鹸無しで素手で洗う行為に意味はあるのか?」

「お湯のかけ流しよりはマシなんじゃない?」

「陣羽織さんがそういうんならまあいいよ」

 健一は両手を突き出して、桃子の背中に触れた。

 桃子の肌は、まるでゆで卵のようにすべすべしており、健一の手に張り付くような感触だった。

 健一は慌てて桃子の背中から手をどかした。

「あ、あのさ。洗う必要性を感じないんだが……。むしろオレの手で擦ったりしたらその肌に傷が付きそうで怖いよ」

「大袈裟ね。それはそうと困ったことになったわ」

「どうしたの?」

「お風呂に入って気付いたんだけど、私下着を持ってこなかったみたい」

「はい?」

「水着の上に服を着てきたから濡れた後の事を考えてなかったわ」

「どうすんのさ?」

「まあいいわ。それは後で考えましょう。それより少し寒いわ。浴槽に入りましょう」

「その前に水着をちゃんと着てくれないかな?」

「むしろ全部脱いだ方がよくないかしら?」

「陣羽織さんはオレに裸を見て欲しいの?」

「犬飼くんは見たくないの?」

「まあ普通に見たいとは思うよ」

「そうなの?」

「オレだって男だからね。女の子の裸には興味があるよ」

「そう。見たいんだ。でも残念ね。そういうことなら見せるのはやめることにするわ」

 桃子はそう言うと水着の肩ひもを通してちゃんと着た。

「どういうわけか知らないけどそうしてくれて助かったよ」

「なにそれ? 見たいって言うのは嘘だったの? もしそうだったらいまここで水着を脱ぎ捨てて大声で叫ぶわよ」

「いや、見たかったよ。それは本当、嘘じゃない。ただ家には母親も居て、隣家には透もいる。こんな状況で見たって、集中できないというか、もったいないというか……」

「つまりどういうこと?」

「どうせなら誰にも邪魔されないところでじっくりと見たいってことだよ」

「……まあ、それならいいわ。少し嘘臭いけど信じてあげるわ」

「ありがとう」

「さあ入って」

 桃子が浴槽に入るよう促す。

「オレが先に入るの?」

「そうよ」

「それじゃ遠慮なく」

 健一は浴槽をまたいで湯船につかろうとした。

「ちょっと待って!」

「どうしたの?」

「犬飼くん。あなたまさかタオルをしたまま湯船につかろうなんてしてないわよね? 忘れてただけよね?」

「まあ確かに普通はタオルなんてしないけど」

「よかった」

「でもいまは普通じゃないというか」

「外しなさい」

「わかったよ」

 健一はタオルを外して股間を手で隠しながら急いで湯船に浸かる。

 そうして外したタオルを折り畳んで頭に載せる。

「湯加減はどう?」

「丁度いいよ」

「そう」

 桃子はそう言うと、浴槽に近付き、健一に背を向ける格好で湯船に入ってくる。

 健一の目の前に、桃子の桃尻が迫っていた。

「少し詰めてくれない? これじゃ入れないわ」

「いや、この狭い浴槽に二人で入ろうというのが無茶なんだよ。オレは出るからちょっとどいてくれ」

「仕方ないわね。少し狭いけど我慢するわ」

 健一の話などまるで聞いてないのか、桃子はそのまま強引に湯船に浸かった。

 大量のお湯が湯船から溢れ、排水溝に流れてゆく。

 いま、健一の胸から腰には、桃子の背中とお尻がぴったりと密着している。

 目の前には、普段は長い髪に隠れているうなじが、髪を束ねることで露出しており、その細い首からなだらかな肩と鎖骨にかけてのラインが、桃子の色気を更に増していた。

「ふう。暖かいわ」

「…………」

 健一は浴槽と桃子に挟まれ、ピクリとも動けない。

 自由になるのは浴槽から出た両手くらいだが、この手で桃子に触れることは何か負けたような気がするので絶対に動かすまいと誓った。

「ねえ犬飼くん」

「なんだい陣羽織さん」

「私のお尻にぶよぶよしたものが当たってるんだけど、これがどうしてか少しづつ固くなってるようなんだけど、これはなに?」

 恐らく知っててそんなことを言ってるのだろう。桃子の表情は分からないが、その口調はとても楽しそうだ。

「なんだろうね。蛇でも紛れこんだんじゃない?」

 健一は数学の問題集を思い出しながら、煩悩を排除しようと試みていたが、桃子が身じろぎするたびに、健一の全身に桃子の肌の感触が伝わって、意識せずにはいられなかった。「大丈夫犬飼くん? なんだかすごく苦しそうだわ」

「うん。ちょっと無理な方向に伸びてるからね」

 男なら誰でも経験があることだが、障害物がある状態で勃起した場合、かなり痛い思いをする。

「なにが無理な方向に伸びてるの?」

「言わなくてもわかるだろ」

「そうね。ほぼ間違いなく分かってるけど、それでも犬飼くんが答えないと一〇〇%の確証は得られないわ」

「オレが嘘ついたらどうすんだよ」

「その時は目視で確認するわ」

「滅茶苦茶だな」

「いいから早く答えなさい。さっきから私のお尻に当たってる固いもの。これはなんなの?」

「性格悪いな。ところで陣羽織さん」

「なあに犬飼くん」

「ここでもしオレが小便を漏らしたりしたらどうする?」

「別に構わないわよ」

「え?」

 予想外の答えに健一は戸惑った。

 てっきり湯船から飛び出して「そんなことをしたら殺すから」などと罵倒されるだろうと思っていた。

「どうぞご自由に。聞こえなかったの? 浴槽が黄金色になるくらい大量に放尿すればいいわ」

「あの……本気で言ってる?」

「もちろんよ。あのね犬飼くん。私一度されたこととかって耐性ができちゃうの。だからこういうことされても平気なの」

 桃子は健一の手を取ると、その手を自分の胸に押し当てた。

 水着越しではあったが、柔らかな胸の感触が健一の右手に伝わり、それはそのまま健一の海綿体の血流を増すこととなる。

「イテテテテ」

「人の胸を触っておいて痛いとは心外だわ」

「ち、違う、アソコが折れそうなんだよ」

「アソコってどこなの?」

「アソコはアソコだよ」

 素直に答えればよいのだが、健一はなぜか意固地になっていた。

 理由無き反骨心から、絶対に言うもんかと決意していた。

「一度されたことに耐性がつくってことは、一度もされたことがないことには当然耐性はないわけだ」

 健一は桃子のうなじに舌を這わせ、そのままゆっくりと首筋を舐め上げる。

「ひぁっ、やぁん」

 桃子が甘い声を上げて腰を浮かす。

 健一はその一瞬の時を逃さず折れ曲がった股間の物体をたぐりよせ、正常な位置へと導いた。

「や、やってくれたわね犬飼くん」

「ごめんごめん。綺麗なうなじだったからつい。犬の本能で舐めたくなってしまった」

「そう。本能ね。それなら仕方ないわ。他に舐めたいところはあるかしら?」

 桃子は一度湯船から立ち上がると、身体の向きを換え、今度は健一と対面になるようゆっくりと湯船に浸かった。

 緊張と興奮のあまり、健一はゴクリと喉を鳴らす。

 それをどういう風に受け取ったのか分からないが、桃子は楽しむように微笑んだ。

「それにしても暑いわね」

「のぼせる前に出よう! そうしよう!」

 健一の意見に賛成したのか、桃子は無言で立ち上がる。

 その様子を見てホッとしたのもつかの間。健一も慌てて立ち上がることになった。

 何故なら桃子が水着を脱ごうとしていたからだ。

 さっきは背中だったからなんとか我慢できたが、今度は正面なので、間違いなく桃子の生チチが拝める位置で、それを目の前にしたとき、健一には理性が保てるか自身が無かった。

 別に理性などかなぐり捨ててもよかったのだが、相手が桃子だと、どうしても躊躇してしまう。

 これが透などであれば、風呂に入った瞬間に襲っていたかもしれない。

 仮にここで桃子を襲ったとしても、それによって結婚とかそういうコンボは発生しないような気はきたが、それでも意思疎通が難しい相手と今後も延々と付き合わなければならないであろうという予感があった。

「どうしたの犬飼くん? いきなり立ち上がったりして」

「そりゃ陣羽織さんが水着を脱ごうとしているからだろ」

 桃子は肩ひもを胸の付近まで降ろしており、形の良い胸の谷間が半分ほど露出しており、後数センチ下がると乳首まで丸見えになりそうな位置で止まっていた。

「犬飼くんは水着を着たまま服を着ろというの? ずいぶんマニアックな趣味をしているわね」

「いや、確かに濡れた水着の上に服を着せるというのはかなりそそるシチュエーションだけど、いまはいいよ。というか着替えるなら脱衣所でやってくれないかな?」

「脱衣所で水着を脱いだら床を濡らしちゃうじゃない。そんな迷惑をかけるわけにはいかないわ」

 少し下を向いて申し訳なさそうに桃子がつぶやく。

 散々迷惑をかけておいて、些細なことに拘るな。健一は色々突っ込みたかったが、ここでまた口論になっても仕方ないので黙っていた。

「わかったわよ。それじゃ犬飼くんは目を瞑っていてくれる?」

 いつもは健一が怯むくらい目を見て話す桃子が、俯いたままそう呟く。

「それで陣羽織さんが水着を脱いで脱衣所にいってくれるならそうするよ。目を開けたら目の前に全裸で立ってるとかナシだぜ?」

「それは構わないけど、犬飼くんって人の事をとやかく言える立場なの?」

 桃子は相変わらず俯いたまま視線を上げない。

「どういう……」

 どうも様子がおかしいと思っていた矢先の問いかけに健一ははっとした。

 健一は改めて自分の格好を確認し、思っていたより酷い有様だっただめ、慌てて股間を両手で隠した。

 そう、健一は一糸纏わぬ姿で、しかも勃起した状態のまま桃子の前に立っていたのだ。

「犬飼くんって意外と大きいのね。私その、少し驚いちゃった……」

 頬を赤らめながら桃子が感想を洩らす。

 さっきから俯いていたのは、健一の股間を凝視しいていたからなのだろう。

「じ、じっくり見てたんだね」

「ええ。だって犬飼くんが見せるんだもの。異性の身体に興味があるのはなにも男の子だけじゃないのよ?」

「もう充分楽しんだろ。頼むから出てってくれ」

「そんなに落ち込まないで。なんだったら私の着替えを覗いてもいいわよ」

 桃子は水着に手をかけ、スルスルと脱いでゆく。

 健一はこうなったら自分も見てやろうと思ったが、ここで見てしまえば桃子の思う壺のような気がした。

 それより見ないことの方が桃子のプライドを傷付けることができるような気がした。

 きっとそうだ! そのことに気付いた健一は桃子に背を向け、更に目も瞑った。

「ちょっと犬飼くん。どうして背を向けるの?」

「そりゃそっち向いてたら陣羽織さんの裸を見てしまうからだよ」

「そんなの気にしなくていいのに。私も見たんだから犬飼くんも見るべきだわ」

「そこまで言われると、意地でも見たくなくなるな」

「そう? 私は逆の意見よ。こうなったら犬飼くんが見るまでずっとここに立ってるわ」

 パチャっという音と共に、濡れた競泳水着が洗い場に放り投げられる。

 どうやら桃子は水着を脱いでしまったらしい。

 振り返れば一糸纏わぬ桃子の裸身が背中にあるかと思うと、健一の意思とは関係なく、押さえつけつ手より、海綿体に集まった血がそれを跳ね返す。

「先に上がらせてもらうよ」

 健一は浴槽から抜け出そうとしたが、そうそう上手くゆくはずが無かった。

「駄目よ犬飼くん」

 桃子が健一を上がらせまいと、背中からはがい絞めにする。

 柔らかで弾力のある桃子の胸が、健一の背中に密着する。

「は、放して」

「やっ、あんっ」

 健一が暴れると、背中の胸が擦れ、桃子が甘い声を洩らす。

 背中の刺激と声の刺激で、健一の股間は益々ヒートアップする。いまなら軽く触れただけでもイってしまうだろう。

「いや、本当に勘弁して、もう限界だから」

「限界ってどういうこと? あっ、ひょっとして射精しそうなの? そうなんでしょ」

 背中を向けているので桃子の表情は分からなかったが、とても楽しそうで活気づいてきているようだ。

 藪蛇だったと健一は後悔したが、もうなにもかもが色々と遅かった。

「手伝ってあげようか」

 桃子はそういうと、健一の返事を待たずに、股間付近に手を伸ばす。

「ちょっ! やめっ!」

 健一は触らせまいと手を払ったりしていたが、背中を見せた状態での防御ほど脆いものはない。

 健一はてっきり竿を掴みに来るものとばかり考えていたので、下からの奇襲に無警戒だった。

 正確には気を払う余裕などなかった。

 まるでサブマリンのように湯船から突き上げられた桃子の拳により、健一のタマががっちり握られてしまった。

「うひゃっ! じ、陣羽織さんそこはまずい」

「そうね。軽くひねっただけでも激痛が走る箇所よね。男の子にとって最大の弱点よね。痛いのが好きなら止めないけど、痛くない方が好きなら大人しくしなさい」

 これって立場が逆だったらとんでもないことだよなと健一は考えながらも、痛いのは勘弁してほしかったので暴れるのをやめた。

「もう、好きにしてくれ」

 全てを諦めかけたその時――。

『健一~いつまで入ってるの? 母さんも入りたいんだけど』

 脱衣所に健一の母親が入ってきた。

 流石に浴室を開けたりはしないが、慌てた健一と桃子はほぼ同時に浴槽に浸かる。

 今度は桃子の上に健一が乗るような形で湯船に浸かることになった。

 健一の背中には桃子の胸がこれでもかと押しつけられ、首筋には吐息が吹きかかる。

「い、いま上がるよ」

『そう。上がったら教えてね』

 母親はそう言うと脱衣所から姿を消した。

 バタンという戸が閉まる音が聞こえると、浴室から安堵のため息が二つ響く。

「そ、そろそろでようか?」

「そうね」

「オレが先に上がって母さんを足止めしておくから、陣羽織さんはその隙にバスタオル何枚使ってもいいから身体に巻いて部屋に異動して」

「わかったわ」

 健一はダッシュで脱衣所に向かい、身体を拭いて服を着ると、新品のバスタオルを分かりやすい場所に数枚置いて外に出た。



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