第50話「ずっと一緒」
私と直美は全速力で都市の病院へと向かう。恐れていた事態が本当に起きてしまいそうになった。なんでよ。どうしてこうなるのよ。悪い冗談ならやめてよ、神様。
院内にうろつく患者や看護婦をかわしながら、私達はエレベーターに乗る。エレベーターは沈黙と共に私達を上の階へと運ぶ。心臓がドクドクと音を立てる。静かなエレベーターの中にハァハァと荒れた私の息だけが響く。直美は右隣で私の様子を伺う。
「……!」
エレベーターの扉が開き、私は直美を置いて駆け出す。満君のいる病室へ駆け込む。
ガラッ!
「満君!」
私は思い切り病室の扉を開けた。中にはパパとママ、若菜さん、お医者さんがいた。みんな暗い顔でうつむいていたが、私が病室に入ってきたことに気がつき、こちらを振り向く。私はベッドに歩み寄る。満君が心配だ。
「満……君?」
満君はベッドに横たわっていた。だけど、様子がおかしい。酸素マスクを口に装着し、スースーと息を立てている。その呼吸のテンポがやたらと遅い。とても苦しそうだ。
「……!」
私はパパとママの方へ顔を向ける。パパは静かに顔を横に振った。ママの目には涙が浮かぶ。若菜さんに関しては、顔を両手で隠して思いきり泣いている。鼻水をすする音が、私を現実へと引きずり込む。
「この人が……満さん?」
「あぁ……」
遅れて到着した直美がパパに訪ねる。満君の隣で心電図がピッピッと鳴る。今にも事切れそうなほどテンポが遅い。私の目の前に広がる何もかもが、一番恐れていた可能性を残酷に示していた。
「腫瘍は肺に転移していました。予想以上に進行しています。治療を施そうにも、彼の体はもう限界です。治療に耐える体力さえ残っていれば、まだ望みはあったのですが……」
お医者さんが無慈悲にも現実を突きつける。これ以上治療を続けると、衰えた満君の老体に負荷を与えてしまうという。なんでよ。肺にガンができたのなら、それを取り除けばいいじゃない。何でもいいから、早く満君を助けてよ! 未来の医療技術をもってしても、助けられないって言うの? こんなの……あんまりだわ。
「真……紀……」
満君が喋った。目を覚ましたのだ。私は静かに満君に近づく。ベッドの側にある椅子に腰かける。全身が恐怖で震えていて、パイプ脚がカタカタと小さな音を鳴らす。
「満君……」
満君はしっかりと私を見つめる。私もしっかりと見つめ返す。満君らしい優しい目が、私に訴えかける。弱々しいけど、確かに強い満君の眼差しだ。
「僕……死ぬん……だね」
「違う! 満君は死なない! 死ぬわけない!」
何を言っているのよ。満君が死ぬわけがない。これからも私と一緒にいるのよ。ずっと、ずっと……。だからこんな病気早く治して、帰って来てよ。お願いだから……。
「はは……真紀は……本当に……泣き虫……だね…」
「何よ、こんな時に」
「今……なら……よく……分かる。真紀……のこと」
初めて会った時は、お互いのことを何も分からなかった私達。でも今は、こうやって心でも繋がり合えるようになった。一緒に笑って、怒って、泣いて、恋をして……かけがえのない絆で結ばれた。私達の愛は最強だ。
「君……と……知り合……えて、よか……た」
私は満君の右手に自分の両手を重ねる。手がだんだん冷たくなっていく。命が終わりを迎ようとしている。やめて……やめてください。神様……満君を連れて行かないでください。もう二度とわがままなんて言いません。何でもします。何でもするから……。
だから……満君を殺さないで……。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 死なないで満君! まだ生きてよ! ずっと一緒にいてよ!」
私は神様に訴えかけるつもりで、大声で泣き叫ぶ。溢れだした涙は、重なり合った満君の右手と私の右手にぽとぽとと落ちて、ベッドのシーツを濡らす。子供のように泣きじゃくる私を、パパやママ達は静かに見つめる。
「だいじょ……ぶ……だ……て」
満君は再び私の顔を見つめる。そして、彼は呟く。
『これからも僕は君のそばにいる。僕らはずっと一緒だから。これからもずっと、ずっとだよ……』
満君の顔がとても綺麗に見えた。老人の姿ではない。あの頃の、17歳の若々しい満君の顔だ。そうか、彼はちっとも変わらなかった。84年前からずっと、変わらない私の大好きな人だった。
そう、初めて会った時からずっと……。
『真紀!』
ワームホールの乱れで、私達はタイムマシンと共にあなたの時代へ不時着した。そして、あなたはタイムマシンの爆発から私を守ってくれた。
『よかった……無事で……』
私のために体を張って人を助けようとする姿、最高にカッコ良かった。あなたのことを全然知らないあの時から、あなたの優しさは現れていた。
『頼まれたこととかも関係なしに、困ってる人がいたら助けてあげたいと思うのは当たり前でしょ? だから、こんな僕でも力になれることがあるのなら、協力させてほしいんだ』
何度もプチクラ山に登って、私達に物資を届けに来てくれた。突然現れた怪しい未来人を、何の疑いも持たずに助けてくれた。あなたの優しさは誰にも真似できないものだと、私はあなたの笑顔を見て知ったのだ。
『違うよ。真紀にプレゼントするために取ったんだ。さっきから真紀、これ欲しがってるんでしょ?』
あなたがクレーンゲームで取ってくれたクマちゃんのぬいぐるみ。私はあなたがくれたあの温もりを、決して忘れない。世界全部を包み込んでしまうほどの優しさを、決して忘れはしない。
『他に分からないところとかあったら、よかったら僕に聞いてね。もちろん古典以外でもいいから』
勉強が苦手などうしようもない私に、あなたは一から丁寧に教えてくれた。おかげでテストで良い点を取ることができた。勉強が好きになったのは、間違いなくあなたが教えてくれたからだ。
『好きだ、真紀。君のことが』
一番幸せなのは、私を愛してくれたことだ。きっと異なる時代の人間という事実のせいで、長く伝えることを迷っていたんだろう。それでも勇気を出して思いを打ち明けてくれた。ものすごく嬉しかった。私もあなたのことが大好きだ。
『記憶を残しておくことが規則に反してるんだとしても……それでも僕は、君を忘れたくない!!!』
私への愛が強すぎて、あなたはメモリーキューブの記憶消去に抗ってしまった。それでも、私を愛してくれていることを力付くで証明してくれたのだから、今となっては歓喜しか残っていない。あなたの愛は世界一だ。
『僕も……会いたかったよ』
そして、数多くの困難を乗り越え、84年という途方もない年月を経て、あなたは私に会いに来てくれた。一体何度驚かせてくるつもりだろうか。もう十分すぎるくらいの愛を渡されて、一生のうちに返しきれなくて困ってしまう。
でも、すごく嬉しかった。
数えきれないほどの思い出が、私の頭を駆け巡る。本当に……本当にたくさんの思い出が私を暖めてくれた。あなたは……青葉満君は……最高の男の子だ。ありがとう。本当にありがとう。いつまでも、いつまでも……いつまでも愛してるよ。
私は満君に微笑みかける。
「ありがとう……世界一……大好きよ……満君……」
「僕も……だよ……真……紀」
最後に満君は人生最大の爽やかな笑顔を見せてくれた。そして、そっと目を閉じた。その後、満君から言葉が続くことはなかった。
ピー
心電図が無慈悲な音を立て、真っ直ぐな線を引く。満君は眠るように息を引き取った。
「午後2時07分……御臨終です」
「うっ、うぅ……」
私の口からは嗚咽がこぼれる。最後まで優しくて、思いやりのある素敵な男の子だった満君。彼は私達の目の前で、静かに天国へと旅立った。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
たまらず私は泣き出した。動かなくなった満君の右手を両手で握りしめ、顔をうずくめて泣き叫んだ。それに押されたかのように、パパやママ、若菜さんに直美までもが一斉に泣き出した。みんなで泣いた。悲しみが一気に溢れだし、その病室を支配した。
満君は私達に見守られながら、その生涯を終えたのだ。その枕元には、あのピンクのチューリップを植えた鉢が置かれ、泣き叫ぶ私達をいつまでも静かに見つめていた。
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