第47話「タイムカプセル」



 自宅には自力で帰って来ることができた。最後の最後まで力を振り絞って歩いた。玄関を潜ると、疲労感と喪失感でいっぱいのこの体は、もう動かなかった。若菜さんに支えられながら、ゆっくりとベッドに体を乗せた。


「大丈夫ですか?」

「……はい」


 若菜さんが枕元から心配そうに僕を見つめる。また思いきり泣きたいところだが、他人がいる前で涙を見せるのはやはり恥ずかしい。ぐっと堪えた。


「青葉さん、毎日毎日街に行って……一体何をしているんですか?」


 若菜さんが僕に問う。答えるべきかどうか迷った。僕は未来人を探しに街に出ている。だが、若菜さんや今の僕だって未来人のようなものだ。いや、もはや今となっては現代人か。

 それに、タイムマシンの存在が世間に完全に認知されている今になって、もう真紀のことを隠す必要もないだろう。僕は若菜さんに事情を話すことにした。


「……人探しですよ」

「人探し?」

「えぇ……会いたい人がいるんです。その人をずっと探しているんです」

「どんな人ですか?」


 僕は手に届くところに置いてある自分のポーチから、一枚の写真を取り出した。ずっと大切に保管していた真紀とのツーショット写真だ。


「わぁ~! この人、青葉さんですか?」

「はい」

「それで、この女の子が……」

「そうです。僕の大切な人です」

「この人を探しているんですか?」

「はい……」


 僕は机に飾ってあるプリクラを見つめた。このプリクラも84年前からずっと大切に保管している。少々ボロボロになっているが、その思い出は決して色褪せることはない。


「探しても探しても、なかなか会えないんですよね。なんせずっと離れ離れだったから……」

「青葉さん……」


 ちなみに、実は今日一度偶然にも会えたことは、まだ若菜さんには言っていない。真紀が僕のことを覚えていなかったことも。なぜ僕のことを覚えていないのかはまだ分からないため、詳しいことがわかるまでは伏せておくことにした。


 真紀……一体どういうことだよ。僕のことを忘れるなんて。いや、その場ですぐ自分の名前を言わなかった僕にも非はある。どうしてあの時自分の名前を言わなかったんだ……。後悔が深くのし掛かる。堪えていた涙が溢れそうになる。それを隠すために顔を反らす。




「……あっ」

「どうしました?」


 机に飾られたプリクラの横に、長方形の箱が置かれていた。あれは……タイムカプセルだ。84年前、真紀が未来に帰る前に僕にくれたものだ。これももちろん、ずっと大事に保管してきた。


“満君、もし私がいなくなった後で、どうしても辛くて悲しいことがあったら、これを開けて。きっと助けになると思うから”


 ふと、真紀の言葉を思い出した。僕はベッドから跳ね起きた。しかし背中に激痛を感じ、すぐに倒れてしまう。


「あっ、ダメですよ! 無理やり動かしちゃっ」


 若菜さんが僕の体をやさしく押さえる。この体は思ったよりも打撃を受けているようだ。


「大丈夫です! それより、机の上の……箱を……」

「箱? これですか?」


 若菜さんは机の上のタイムカプセルを手に取り、僕に渡した。


「ありがとうございます」


 僕はタイムカプセルにの蓋に手をかける。真紀……開けるよ。


 キー

 小さな隙間に指をかけて上に持ち上げると、タイムカプセルは難なく開いた。僕は中を覗いた。




「これは……」


 中には写真がたくさん入っていた。僕や真紀、お母さん、愛さん、アレイさんが写っていた。僕が持っていない写真ばかりだ。どれもあの家で過ごした思い出が残されていた。


 これは確か真紀の持っていた一眼レフではなく、僕のお母さんの一眼レフで、真紀が撮った写真だ。どうやら、僕の時代で現像を済ませておいたらしい。

 タイムカプセルの中にあったので、どれもピカピカだ。84年前の品質を保っている。この頃は本当に楽しかったなぁ。それにしても、なんでこんなに……。


「ん?」

「青葉さん?」


 写真の束の底に、一枚のメモが挟まってあった。僕はそれを引き抜いて見た。


「……!」




“2103年 7月28日 土曜日 午後6時55分 岐阜県F郡明智町中原2-16-1にて 会いましょう”




 日付と時刻、住所が記されていた。一体どこの住所だろうか。とにかく真紀は僕と再会するための準備をしてくれたようだった。ありがとう、真紀。


「あっ!」


 僕はもう一度日付を確認し、壁にかけてあるカレンダーを見る。今日の日付は……2103年7月22日。


「……ふふっ」


 僕は思わず笑ってしまった。タイミングが良さ過ぎて、完全に出来過ぎたストーリーだ。この世界も案外悪くないかもしれない。真紀のいる、この美しい世界が。


「……若菜さん」

「はい?」

「協力してくれませんか?」


 僕はすぐさま準備に取りかかろうとし、また体を強く動かし過ぎて背中を痛めた。だが、この痛みもまだまだ耐えられそうだ。




 真紀に会えるまで、あと6日。








 過ぎ去った時間というのは二度と戻らない。だから僕らは、一瞬一瞬を大切に生きていかなくてはいけない。僕は今、真紀のために生きている。この時間を、この命を。


「青葉さん、準備はできましたか?」

「はい……」


 若菜さんは家から自分の車を走らせて来てくれた。時刻は午後3時30分。お昼ご飯を食べ終え、かなり眠くなってきた頃だ。だが、寝ている暇はない。これから若菜さんの車に乗って目的地へ向かう。すぐに出発だ。


「行きますよ! 青葉さん!」

「はい……」

「せーの!」

「ふんっ!」


 僕は若菜さんに支えてもらいながら、車の助手席に乗り込む。この貧相な体では、車に乗るだけでも一苦労だ。完全に老いにつかれてしまった。「おい」だけにね(笑)。


 ……冗談事を考えている場合ではないな。


「さてと、出発しますよ!」

「はい!」


 ピッピッピッ

 若菜さんはカーナビにメモに書いてある住所を、一言一句丁寧に入力する。この住所が一体真紀と何が関係しているのかは分からない。しかし、真紀の残してくれた唯一の手がかりなんだ。今はそれに賭けるしかない。


 それにしても、同じ県内で助かった。実家のある七海町ではないけど、今の僕も一応岐阜県在住だ。その中でも田舎の方にすんでいる。真紀はどこに住んでいるんだろう。この住所はもしかしたら、真紀の自宅の住所なのかな。


「できました! しっかり掴まっててくださいね!」


 ブルルルルルルルル……

 住所の入力が完了し、若菜さんは思い切りアクセルを踏む。若菜さん……無茶しないでくださいね?


 とにかく僕らは出発した。






 赤信号に引っかかり、若菜さんは車のスピードを下げる。かなり都市部の方へ近づいてきた。車を走らせていた中、僕はずっと真紀との思い出の写真を手に取り、祈るように見つめる。若菜さんは横目で僕の様子を伺っている。


「真紀さん……でしたっけ? どんな人なんですか?」

「彼女は……僕の恋人です」

「え? 恋人!?」


 若菜さんの問いに、僕は少々迷いながらも答える。当然若菜さんは驚く。堂々と恋人だと言い張るのは、ちょっと恥ずかしいなぁ。


「でも、なんでずっと会えていないんですか? どうして離れ離れに……」


 若菜さんが探りを入れてくる。だが、説明すると長い。全て話すのは真紀に会ってからにしよう。


「今は言えません。ですが、彼女に会えば分かりますよ」

「はぁ……」


 若菜さんは青信号に変わったことを確認し、再び車を発進させる。








 そこへはあっけなく着いた。都市部から少し離れた住宅街の一角の家だった。ついこの間の挫折はいったい何だったのか。こんなに苦労もせずに来れたのは、やはり若菜さんのおかげだろう。


 いや、この84年間全体を振り替えれば、苦労の連続だった。だが、今回は彼女がいなかったら、きっと僕はここまでたどり着けなかった。


 キィィィィ……

 若菜さんは門の前に車を止める。僕はすぐにシートベルトを外し、豪快にドアを開けて外へ飛び出す。


 ガッ


「あっ……」


 外へ飛び出した途端、僕は思い切り座席から転落し、肘や膝を思い切り地面へ打ち付けてしまった。座席と地面の間に大きな段差があることに気がつかなかった。年老いた体にこの打撃はかなりの苦痛だ。


「痛た……」

「青葉さん! ダメですよ! 一人で勝手に……」


 すぐさま駆けつけた若菜さんに抱き起こされる。早く真紀に会いたい気持ちが先走りしてしまった。

 僕は目の前の家屋に目を向ける。周辺の住宅と比べてみるとかなり大きい。高級住宅……と呼んでいいのかどうかはわからないが、そう思うくらいに大きい。ひっそりとした住宅街の中で、この家だけが圧倒的な存在感を放っている。


「この家は一体……あっ!」


 僕は決定的な文字を見つけた。門に掛けられた表札、そこには「神野」という文字が書かれてあった。そうだ、間違いない。この家は真紀の自宅だ。あの住所はやっぱり真紀の自宅のものだったんだ。


「じんの……真紀の家だ……」

「ここがですか?」


 手紙に書かれていた時刻には、感覚的に間に合ったはずだ。車らしきものは見当たらない。誰も帰って来ていない。きっと今、真紀達がタイムマシンに乗って、84年前からこちらへ向かっている。


「はい……」


 僕は若菜さんの腕時計で時刻を確認する。腕時計は午後6時51分を示していた。




 真紀に出会えるまで、あと9分。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る