第40話「最後の思い出作り」
真紀は靴を履き、昇降口を出て正門へと向かう。右手にはメモリーキューブが握り締められている。覚悟を固めるかのようにしっかりと力を入れて握り締める。
「……」
正門の前に立ち、校舎の方を振り向く。そして、満との思い出を振り替える。
タイムマシンの爆発による爆風から助けてもらったこと……
初対面で名字を「じんの」と読んでもらったこと……
毎日プチクラ山に物資を届けてもらったこと……
街を案内してもらったこと……
クレーンゲームでクマのぬいぐるみを取ってもらったこと……
一緒にプリクラを撮ってもらったこと……
家に泊めてもらったこと……
学校に連れてってもらったこと……
クレープを買ってもらったこと……
友達を紹介してもらったこと……
美味しい弁当を作ってもらったこと……
悲しくも美しい過去を話してもらったこと……
遊園地に連れてってもらったこと……
そして……好きになってもらったこと。
「……」
心を掘り返せば、まだまだたくさんある。でも、そのすべてが愛しかった。大切な思い出だ。
ダダダダダダダ
満は走る。何段も続く階段をかけ下りる。二つの鞄がバタバタと揺れる。
真紀は頭を垂れる。素敵な思い出の数々を、満はこれから忘れてしまう。だが、自分はしっかりと覚えておこう。この記憶は一生の宝物になる。絶対に大事にすると、心に誓う真紀だった。
ガチャッ
満は正門とは反対側の昇降口の扉を豪快に開け、裏門を目指して走る。
チリチリチリチリ……
真紀はメモリーキューブのダイヤルを回す。感謝と懺悔の思いを込めて。
「さようなら……満君」
シュッ
真紀はメモリーキューブを校舎目掛けて思い切り投げた。メモリーキューブは校舎の屋上へと飛んでいく。屋上のさらに上へと飛んでいき、空中で静止する。そして、神々しい光を放つ。光はあっという間に校舎を、中にいる人々を包み込む。
「ん?」
「この光……」
「なんじゃこりゃ?」
「え?」
裕介達や、学校にいる生徒、職員が一斉にその光を見てざわつく。だが、すぐに呆然として動かなくなる。目が黄色く光る。
「はっ、俺達は一体……何を……」
「あら、もう下校時間だわ。帰りましょ」
「何か大事なことを忘れてるような……」
「気のせいだろ」
メモリーキューブからの光が途絶え、裕介達、生徒や職員らは意識を取り戻す。だが、真紀のことは完全に忘れていた。学校関係者の人間の中で、真紀のことを覚えている者は誰もいなくなった。たった一人を除いて。
シュー
真紀の手元にメモリーキューブが戻ってくる。液晶画面を確認すると電源が残り16%と表示されていた。一気に大勢の人間の記憶を奪ったので、電池の減りが半端ではない。
だが、これでこの時代から真紀の痕跡はほぼ無くなった。咲有里の方はアレイと愛が何とかするだろう。満の家からの物資の回収も。着々と未来へ帰る準備が進められていく。
「……」
そろそろ行こう。真紀は校舎に礼をし、プチクラ山へと向かう。
「真紀……」
真紀は声のする方へ、ハッと振り向いた。正門のすぐそばの曲がり角の影に満がいた。汗だくだ。鞄を二つ持ち、地面に腰かけて壁にもたれかかっている。
「鞄……忘れ物だよ」
そうだ、鞄を忘れていた。いや、鞄自体はもういらないのだが、中には真紀の私物が入っていた。そういえば、いつも満に見せていた消滅遺産図録も鞄の中に入れて持ち歩いていたのだ。真紀は思い出した。
「ありがとう……って! 満君、なんで私のこと覚えてるのよ!?」
「そ、それは……」
「まさか、メモリーキューブの光をかわしたのね!? なんで余計なことするのよ! 大勢の人の記憶はいっぺんに消し去った方が効率がいいのに! 早く忘れなさいよ!」
初恋の相手に容赦ないことを吐き捨てる真紀。満はメモリーキューブの光が放たれる直前に、急いで光に包み込まれる範囲外へと逃げた。そのため、記憶消去を免れたのだ。
満は真紀の声に動じずに答える。
「だって……まだ真紀とやり残したことがあるから……」
「やり残したこと?」
満はゆっくりと立ち上がる。真紀は彼の顔をまじまじと見つめる。その勇ましい眼差しに、彼女はついうっとりとしてしまう。改めて自分はこの男に魅了されてしまったのだと、不覚ながら思い知らされる。
「真紀……」
ガタンゴトン ガタンゴトン
電車の音が聞こえてくる。駅舎の影から車体が顔を出し、あっという間に猛スピードで遠くへ行ってしまった。柵越しにその光景を眺め、満と真紀はベンチに座る。
二人は七海駅の駅前広場に来ていた。狙いはいつぞやのクレープのカートだ。
「いただきま~す♪」
パクッ
満は大きく口を開け、クレープを頬張る。チョコストロベリー生クリームスペシャル、真紀がこの間食べたものだ。満も思いきって購入した。対して真紀はチョコバナナ生クリーム。満がいつも食べるものだ。
「ん~♪ これ美味しいね! 真紀の言った通りだ」
この間真紀と行った際は、真紀が満のクレープにかぶり付き、間接キスどうこう軽く考えたことあった。しかし、満が真紀の食べていたものを分けてもらうことは無かった。
真紀が食べていた味が気になり、ここに来たというわけだ。実際、朝に一緒にクレープを食べに行こうと言った。
「どういうつもり?」
「何が?」
真紀の眉毛が傾いている。何かを警戒しているような顔だ。突然クレープを食べに行こうと言い出して、怪しむのは自然の反応だろう。
「満君、この後私が未来に帰ること知ってるのよね? 最後にやり残したことって、一緒にクレープ食べること? それだけ?」
「いや、まだまだたくさんあるよ」
「ふーん。でも、わざわざしたいって思うことなの?」
満を追い詰めるかのように真紀が問う。これから永遠の別れとなる愛する者と、わざわざクレープを食べに行くという選択が、彼女にとって疑問だった。だが、満の心は揺らがない。
「あぁ、そうさ。好きな人と一緒なら、どんなことでも楽しいから」
「!?///」
真紀の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。満お得意の爽やか笑顔に完全にやられた。その笑顔、その優しさ。やはり自分は満のそのようなまっすぐで純粋な姿勢をを好きになったのだと、改めて気づかされた。
「だから、最後は好きな人と一緒にいたい」
「はぁ……」
真紀が大きくため息をつく。だが、呆れているわけではない。考えてみれば、自分もまだ満とやり残したことがあるような気がする。時間が許す限り、遊んでみるのもいいかもしれない。
「わかったわ。付き合ってあげる」
「真紀……」
「どうせ最後だものね! 思う存分楽しむわよ~!!!」
いつもの真紀だ。二人っきりの時もやはりそうでいなくては。満は安心した。真紀は大きな口を豪快に開け、クレープを頬張ろうとする。
パクッ
そこへ満が横から首を伸ばし、真紀の持っているクレープにかぶり付く。クレープの生地の真紀の噛み跡に重なるように、満の噛み跡がつくられる。立派な間接キスだ。満は自分の口元についた生クリームを舌で舐めながら真紀に言う。
「やっぱりこっちも美味し♪」
「馬鹿……///」
真紀の顔が再び真っ赤に染まる。
二人は次に七海商店街に出かけた。真紀は服屋でおしゃれな服をたくさん試着し、満はその度に絶賛した。
和菓子屋でおはぎやら三色団子やら煎餅やら、真紀が見たことがない和菓子の数々を楽しんだ。その様子を満は隣で微笑ましく眺めた。
ゲーム屋では新作のテレビゲームのソフトが体験できるコーナーが用意されており、二人は対戦をした。どちらが勝とうが負けようが、二人は笑い合って遊んだ。
「あ、負けた! 満君もう一回!」
「えぇ~、仕方ないなぁ~」
未来人と過去の人間という結ばれてはいけない残酷な運命を、着々と別れの時間を運んでくる残酷な運命を、二人は綺麗さっぱり忘れて楽しんだ。二人が楽しむ様は、どこにでもいる普通の恋人のように見えたという。
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