第39話「みんなとお別れ」



「とにかく楽しかったよ」

「そうか。そりゃよかったな」

「うん。本当にチケットありがとうね」

「いえいえ、礼には及びませんわよ~♪」

「次はみんなで行こうね」


 今は昼休み。僕達は教室で各自持ち寄った弁当を食べながら、僕は裕介君達に遊園地での思い出を話す。だが、告白したことは伏せておく。軽く古傷をえぐるような思いをしてしまうからね。


「でも残念だな。進展が無かったなんて」

「え?」

「こら裕介! あ、満君、何でもないの!」


 必死にごまかそうとする綾葉ちゃん。だが、勘の良くなった今の僕ならわかる。綾葉ちゃん達は、僕が真紀に恋をしていたことに気づいていたんだ。まさか僕自身より先に勘づくとはね。

 今思えば、遊園地のチケットをくれたのだって、それで真紀とデートにでも行ってこいということだったんだ。その機会を利用して、僕は真紀に告白をした。そして今に至る。


「真紀ちゃんも楽しんでた?」


 美咲ちゃんが聞いてきた。真紀は僕以上に楽しんでたもんなぁ……。僕が告白なんかしてしまったせいで、最後は気まずい雰囲気にさせてしまったけど。


「うん。楽しかったってさ」


 当然ながら、そのことはみんなには内緒にするしかない。言ったら多分詳しく教えてくれとせがんでくるだろうし、僕が何も答えなかったら、矛先は真紀の方へ向かう。

 最初に裕介君が何か進展があったかどうか聞いてきたけど、特に何もなく普通に楽しんだとだけ言った。


「そういえば神野のやつ、今日は休みか?」

「満君との遊園地デートが楽しくて、風邪でも引いちゃったとか?」


 真紀……。今日は本当に学校に来ないつもりなのか。今日が最後だというのに。みんなといられるのも、僕といられるのも。




 ガラッ

 誰かが教室の扉を開けて中に入ってきた


「やっほ~♪ みんな~♪」

「真紀!?」


 真紀だ! よかった、学校に来てくれた。あれだけのことがあったのに、僕と顔を合わせるのも辛いだろうに。思いを振り絞って来てくれた。


「真紀ちゃん!」

「やっと来た!」

「なんで遅れたの~?」


 綾葉ちゃんや美咲ちゃんら女子達が、ぞろぞろと真紀の元へ歩み寄っていく。次々に遅刻の理由を問う。


「ごめんごめん。何でもないわ。ただ寝坊しただけ。大丈夫よ」


 女の子達はほっと胸を撫で下ろす。みんなは知らないだろうが、真紀は今までずっと気持ちの整理をしていたのだろう。今日がみんなと……僕と過ごせる最終日になるのだから。


「んもう、王子様が迎えに行ってあげなくてどうするのよ~」


 綾葉ちゃんはあからさまに僕の方を見て言っている。誰が王子様だ。いや、本音を言うと王子様でありたいのだが。とにかく反応に困る僕。周りの女の子達もクスクス笑っている。

 え? 何? 綾葉ちゃん達以外も、僕と真紀が特別仲が良いこと知ってるの? 笑ってるところを見る限り、そう思えるんだけど……。


「満君、おはよう!」

「真紀……」


 真紀が笑顔で話しかけてきた。あぁ、やっぱり真紀の笑顔は素敵だ。僕はこの笑顔に惹かれたんだ。


「今はこんにちは、でしょ?」

「細かいわよ!」


 二人で笑った。周りのクラスメイトは僕らを微笑ましく眺めていた。真紀と一緒のところを見られるのは正直恥ずかしいけど、この時の僕は周りの目なんて気にならなかった。ただ真紀が学校に来てくれたことが嬉しかったからだ。最後のお昼ご飯は大いに盛り上がった。




 真紀は最後の授業を楽しんだ。最後の5,6時間目はなんと石井先生の古典二連続というとんでもない時間割になっていた。いたるところからブーイングが巻き起こる。僕としては問題ないが、真紀が楽しめるかどうかが不安だった。

 だが、真紀は授業を真面目に受け、当てられた問題をテキパキと答えていった。課題テスト以前の姿とは見違えた。真紀に古典の楽しさが伝わったんだ。僕は娘の成長していく姿を眺める父親にでもなったかのような気分に浸る。


「正解。やるね」

「えへへ♪ ありがとうございます」


 真紀は完全に苦手を克服した。彼女の成長が自分のことみたいで、僕も嬉しい。






 楽しい時間はあっという間に過ぎる。真紀と一緒にいると、つくづくそのことを思い知らされる。もう放課後のホームルームの時間だ。本当に早いな。

 そういえば、いつの間にか真紀の姿がなかった。先程から見当たらない。一体どこに行ったのか。もうすぐお別れだというのに、心配になってくる。


 ガラッ

 教室の扉を開けて、石井先生が入ってきた。その後ろには真紀もいた。真紀は石井先生の後ろを着いていく。石井先生は教壇の前に立ち、真紀はその右隣に立つ。


「みんなにお知らせがある。この度、神野真紀さんは両親の仕事の都合で、また引っ越すことになった」


 引っ越す? 真紀が? だが、少し遅れてその言葉の意味を理解した。愛さんとアレイさんが今日未来に帰ると言っていた。真紀ももうそのことを知らされているのだろう。

 それで早速石井先生を洗脳し、引っ越すという形で離れていくらしい。てことは、真紀はもう帰る覚悟はできているのか……。


「そんな! もうすぐ文化祭や体育大会があるっていうのに!」

「真紀ちゃんもういなくなっちゃうのかよ!?」

「ごめんね、みんな……」


 綾葉ちゃんや裕介君が悲しみの声をあげる。僕もできればそれらを真紀と一緒に楽しみたかった。でも仕方ない。そういう運命だから。


「少しだけだったけど、すごく楽しかったよ!」


 相変わらずの真紀の可愛い笑顔。だが、その頬を涙がつたう。彼女も内心苦しいんだ。こんなに仲良くなれた友達と、早くも別れることになるのだから。




「綾葉ちゃん! 最後に写真撮ろう!」

「うん!」


 ホームルームが終わって下校時間になった。だが、僕のクラスメイト達は誰一人帰らず、真紀と最後の会話を楽しんだり、手紙を書いたり、写真を撮ったりしていた。綾葉ちゃんが早速スマフォでカメラアプリを起動させた。


「あ、私のカメラで撮るよ!」


 そう言って、真紀は鞄の中から一眼レフを取り出した。アレイさんの物だ。確か大昔の時代の植物が写った写真がいっぱい入っていた。この間真紀に見せてもらったアレだ。


「ありがとう♪ それじゃあお願い」

「いっくよ~」


 真紀はレンズを自分の方に向ける。一眼レフで自撮りって難しくないか……? 綾葉ちゃんは真紀に体を寄せる。裕介君も近づいてレンズに向けてピースをする。美咲ちゃんは綾葉ちゃんの背中から顔だけを覗かせてレンズを見つめる。


「ほら、広樹と満君も早く~」


 綾葉ちゃんに促され、僕と広樹君も近づいてピースをする。やっぱり最後はいつものメンバーで撮りたいよね。


「はい、チーズ♪」


 パシャッ

 シャッターの切る音が教室に響き渡る。他のみんなにとってはとても幸せな瞬間だろう。だが、僕にとってはシャッター音が別れを告げる鐘の音のようにも聞こえ、少々複雑な気分だ。これが終わったらさようなら。もうそのことが頭にしがみついて離れない。


「真紀ちゃん、ありがとう♪ その写真送ってよ~」

「うん! 帰った後に送るね~」


 え? 送る? そんなことしていいの?


「真紀!」

「ん? 何よ?」


 僕は耳元で真紀だけに聞こえるような小声で話す。未来に帰るのであれば、自分達が存在していた証を、この時代から綺麗さっぱり消しておかなければいけないのではないか。


「いいの? 真紀が写ってる写真、この時代に残しておいたらダメなんじゃ……」


 そういうのも、恐らくタイムトラベルにおいて禁止されているのだろう。未来人の存在を明るみに出してしまうことになりかねない。出会った者の記憶を消してしまうくらいなのだから。


「嘘よ嘘。別に送らないわよ。どうせこの後にみんなから私の記憶奪うんだもん。記憶奪っちゃえば、私と写真を撮ったことなんて忘れるんだし」


 そうか。だからわざわざ真紀の一眼レフで撮ったのか。綾葉ちゃん達のスマフォで撮ってしまったら、写真がそこに残ってしまう。真紀もきちんと考えてるんだな。


「あらあら二人共、こそこそ秘密のお話なんて、本当に仲が良いのね~♪」

「ヒュ~ヒュ~♪ お似合いだぜ~♪」

「末永くお幸せに~♪」

「リア充だな」


 綾葉ちゃん達がニヤニヤと企むような笑みを浮かべて騒ぎ出す。うるさい野次馬達だ。恥ずかしいからやめてほしいなぁ。


「んもう! 満君とはそんなんじゃないってば~」


 頬に手を当てて腰を振る真紀。それを見てみんなは笑うが、僕はやはり複雑な気持ちになる。本当は“そんなん”なんだよなぁ……。告白して、抱き合ってキスまで済ませた。完全に男女の恋愛的な関係が成り立っている。自慢しているわけではないが。


 とにかく、真紀もそのことはみんなには内緒にしておくつもりらしい。




「それじゃあ……みんな……」


 みんなのはしゃぐ声がだんだんと小さくなっていく。教室の中が静寂に包まれる。


「さようなら」


 ガラッ

 唐突に教室の扉を開ける真紀。最後に、頬に一筋の涙を流しながら廊下へ出ていく。


「……!」


 だが、僕は見逃さなかった。廊下へ出る直前、真紀はスカートのポケットからメモリーキューブを取り出した。そして何事もなく昇降口を目指す。そして僕は気づいた。


“今から記憶を消すんだ!”


 恐らく、真紀はもうこの場で僕を含めた学校の生徒や職員全員から、自分に関する記憶を消し去ろうとしている。今から僕は真紀のことを忘れる。

 ついにこの時が来てしまった。どうしよう……怖い。あれだけ受け入れようと覚悟を決めていたのに、先にその覚悟がどこかへ消え失せてしまった。


 ダッ


「満君? どうしたの!?」


 気づいた時には体が動き始めていた。僕の体は今、真紀を追いかけようとしている。理由も分からない。心が体に追い付かない。綾葉ちゃんの呼びかけにも反応できない。とにかく、僕の足が教室の扉の方へと進む。


「満君! 鞄忘れてるよ? ……って、これ真紀ちゃんの? 真紀ちゃんも忘れてるわ」


 なぜかそれだけは反応でき、僕は自分と真紀の二つの鞄を肩にかけ、勢いよく教室を飛び出す。




 そうか、まだ真紀とやり残したことがある。そのために、今僕は走ってるんだ。


「真紀……!」


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