第38話「最後の朝」
ピピピピピピピピピピピ
目覚まし時計が鳴る。僕は布団を上げて起き上がり、メガネをかける。隣には真紀の姿は無い。結局、昨晩は物置部屋かお母さんの部屋で寝たのだろう。だが、とりあえず様子だけは見に行こう。
ガチャッ
「あ、満。おはよう♪」
「おはよう、お母さん」
お母さんが自室から出てきた。真紀の姿は見当たらない。
「真紀、お母さんの部屋にいない?」
「え? いないけど、一緒じゃないの?」
「うん。お母さんの部屋にいないってことは、物置部屋か……」
お母さんは先に階段を下り、キッチンへ向かって朝食の準備を始めた。僕は物置部屋の前に立つ。しかし、中に入る勇気が出ない。とりあえずノックをする。
コンコン
「真紀……起きてる?」
しんとしている。返事がない。彼女がいることは間違いないのだが、今は僕と言葉を交わしたくない心境らしい。諦めて階段へ向かう。
「うん、起きてる。今はそっとしといて」
すると、歩き出す寸前で真紀の返事が聞こえた。だが、僕の期待したような言葉が返ってこず、言われた通りそっとしておくしかなかった。
「分かった……」
僕は階段を下りる。いつもより足取りが重く感じる。真紀が変わってしまったのも、僕が原因だ。僕が恋心を明かしてしまったから。責任がのし掛かる。どうにかしたいと思うも、どうすればいいか分からず、事態は一向に解決しない。
ガラッ
「……!」
居間の扉を開けると、愛さんとアレイさんがいた。椅子に座って朝食を口にしている。
僕に気がついたアレイさんは、横目で僕の姿をじっと見つめ、何事もなかったかのようにカップを手に取り、コーヒーをすする。愛さんも僕をしばらく申し訳なさそうな顔で見つめた後、その顔を反らして朝食に意識を戻す。
「……」
様子を見る限り、真紀から事情は知らされているようだ。僕が真紀に告白したことも、そのせいで真紀の心が不安定になっていることも。この二人とも関わりにくくなってしまった。リビングに不穏な空気が流れる。
「それじゃあ満、お母さん仕事行ってくるからね」
「うん、行ってらっしゃい」
トートバッグを抱えたお母さんが居間の扉を通って玄関へ向かう。不穏な空気に気がつかないことから、お母さんだけは僕と真紀の関係が変わったことを知らないようだ。
まぁ、なるべくお母さんには迷惑をかけたくないから、知らないままでいる方がこちらとしては助かる。僕はお母さんには何も言わないことにした。
だが……
トトトトト
僕は愛さんとアレイさんの元へ行く。この二人には言わなければいけないことがある。僕が困らせているのは真紀だけではないのだ。
「あの……」
二人に声をかける。二人は何も言わずに僕の方へ顔を向ける。視線を向けられるだけで、心が酷く締め付けられる。許されざる行為をしたのだから当然だ。
「ごめんなさい……。僕が真紀に告白なんてしてしまったばかりに、真紀をあんなに悩ませてしまって、皆さんにも迷惑をかけて……」
僕は精一杯謝罪した。正々堂々と頭を下げた。誠心誠意の意思表示だ。もちろん謝って許されるほどの軽い事態ではないことくらい、僕だって理解している。それでも、ただの過去の人間である僕が繰り出せる罪滅ぼしはこれしかない。
二人は驚いた顔をしているが、まだ何も言わない。
「本当に……ごめんなさい……」
二人は互いに見つめ合い、目で合図を交わし、また僕の方へ顔を向ける。
「満君、顔を上げな」
アレイさんの優しい声が聞こえた。僕はアレイさんの顔を見つめる。
「君はまだ若い。ちょっとしたきっかけで、誰かを好きになることだってあるだろう。だから、君に事態の責任を負わせようなんて思ってないよ」
「そうよ。私達も真紀に言われたわ。誰が誰を好きになってもダメなことなんてないって……。それで気づかされたの。真紀を好きになってくれて、ありがとう」
僕は驚いた。この人達は自分達の複雑な事情もあるだろうに、僕のことまで思いやってくれている。真紀はとても素晴らしい家族に恵まれている。なんて優しい人達なんだ。
「満君、よく聞いて。今日午後5時、未来から迎えが来て、私達は元の時代に帰るわ」
「え……?」
元の時代へ帰る? そうか、ようやく未来と連絡が取れたんだ。ついにその時が来た。
でも……
「もちろん、真紀も一緒に連れて帰るわ」
やはり、それは覆そうにない決定事項だった。どう考えても、真紀を永遠にこの時代に置き去りにするわけにはいかない。だが、仕方のないことだ。僕は速やかにそれを受け入れた。本当は真紀とずっと一緒にいたいけど、そんなわがままは許されるはずがない。
「残念だけど、私達未来人は緊急事態でない限り、過去の時代で生きることは禁止されているの。今日でお別れね」
「今日の午後5時がタイムリミットだ。まだ時間はある。それまでに真紀としたいこと、やっておきたいことをするといい。最後の思い出作りだよ」
相変わらずのアレイさんの優しい声。言っていることは重大なことだが、すんなりと受け入れることができる。まるで声に魔法がかけられているみたいだった。
「そして真紀の手で、君に記憶を手放してもらうつもりでいる。過去の人間から僕達の記憶を消す。これは絶対条件なんだ。ごめんね……」
一番重大なことを告げられた。だが、それも僕は受け入れなくてはいけない。それを条件に、今まで関わることを許されているのだから。
真紀を好きな気持ちを忘れるのは、正直言って辛い。だが、逆に真紀は僕のことを覚えていられる。彼女の中に僕の存在がいつまでも留まり続けるのであれば、もうそれだけで幸せだ。こんなに優しい人達だと知ることができた今、なぜかそう思える。
「いいかい?」
「……はい」
今日が……最後だ。
コンコン
ノックが聞こえた。誰かしら……。
「真紀、先に学校行ってるね」
満君だ。気にかけてくれているのは嬉しい。でも、まだ気まずい空気に耐えられない。私は返事をしないでおく。学校も今日は仮病で休むつもりだ。そもそも、私達は今日未来に帰るのだから。
今日が満君といれる最後の日であるものの、どういう顔で満君と接すればいいかまだ分からなあか。面々向かって会えないままだ。
「真紀も来てね。待ってるから……」
恐らく、満君の方もパパとママから聞いているだろう。今日、私達が未来に帰ることを。彼だって名残惜しく思っているはずだ。でも、満君の優しい声かけは、その気持ちの存在を感じさせない。私に気を遣っているのだろう。
ほんも、どこまでもお人好しなんだから……。
「帰りに駅前のクレープ屋行こうね! 楽しみにしてるよ!」
クレープ!? その言葉に思わず反応する私。そして、満君が遠ざかっていく足音が聞こえる。最後に言うことがそれ? でも、それもやっぱり私を気を遣ってのことなんだろう。最後だからって、明るく振る舞ってくれている。
まったく……もう!
「満君ったら……」
寝袋から起き上がり、私はパジャマのボタンに手をかける。あんなこと言われたら、行くしかないじゃない! 私はパジャマのボタンを一つ一つ外す。
「……!」
ふと、私は壁に立てかけた自分のリュックを見る。何かはみ出ている。何かしら?
「あっ……」
それはタイムカプセルだった。無駄に装飾品がつけられているピンク色の直方体の箱だ。中に入れた物は何十年経っても品質を保ったままにできるという優れものだ。
そういえば、自分がいた時代を出発する時、タイムカプセルでも埋めたいな~って思って、リュックに入れたんだった。何を入れて埋めるかは、まだ決めてなかったけど……。
「そうだ! いいこと思い付いた!」
私はリュックから自由研究用に持ってきたメモ用紙を取り出し、そこに文を書き連ねる。自分が今からしようとしていることは、もしかしたら意味のないことなのかもしれない。無駄に終わることなのかもしれない。それでも、私の腕は止まらなかった。
だって、全ては満君のためだから。
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