第29話「友達のために」



「じゃあまた明日ね~」

「うん。また明日~」

「じゃあね」


 満と真紀は先に教室を出て帰っていった。裕介、綾葉、広樹、美咲の四人は、二人が離れたことを確認すると、教室で密談を始めた。


「もう、裕介! 余計なこと言わないでよ! 私達の計画は、あの二人には秘密にして決行するんだから!」

「悪ぃ悪ぃ……」

「でも満の奴、家が近いから仲が良いって言ってたよな? だったら恋してるかどうか逆に怪しくなって……」

「黙ってなさい! ろくに恋愛もしたこともないくせに!」

「お前だってしたことねぇだろ!」


 四人は二人に内緒で作戦を決行するようだ。満と真紀が良好な仲であり、いずれ男女の関係として発展するのではないかと期待している。


「満君、私達の知らないうちに結構距離を縮めてたみたいだね」

「そうね。あともう一押しだわ。私達が背中を押してあげなくちゃ! それじゃあ、今週の土曜日に裕介の家に集合ね。そこで作戦会議よ」

「了解」

「ちょっと待て! なんで俺の家なんだよ!?」

「というわけで、今日はこれで解散!」

「らじゃ~」

「話を聞けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」






 一方その頃、満と真紀は……


「さっきはごめん! いきなり口押さえちゃって」

「どういうつもり?」

「いや、真紀が僕達が同居してること、みんなに話しちゃうんじゃないかと思って……」


 昼休みに裕介達と弁当を囲んだ際、満と真紀が意外に親密な仲でいることを指摘された。真紀は自分達が同居していることを明かそうと口を開いたが、満が阻止した。満は他の友人には秘密にしておくつもりらしい。


「みんなには内緒にするの?」

「そうだよ。だって同い歳の女の子を家に連れ込んで、一緒に寝泊まりしてるなんてヤバいてしょ……変態だよ」

「はい?」


 真紀は首をかしげた。彼女は未来の学校のクラスメイトである直美と、普段からお泊まり会を楽しんでいる。真紀にとって、友人であればそのような付き合いは自然である。だが、満は悪い印象を抱いているようだ。


「もしみんなに知られたら……」




“満君、さすがにそれはヤバいでしょ。ちょっと引くわ……”


“お前、そういう奴だったんだな……。もう正直付いていけねぇわ……”


“女の子とど、ど、同居だと!? 羨まし……あ、いや、違っ……こ、この変態野郎ぉぉぉぉぉ~!!!”


“ふーん、おめでとう!”




「みんなから変な目で見られちゃうんだよぉぉぉぉぉ!!!」


 頭の中で友人から気味悪がられる様子をイメージする満。真面目であるが故に、考え方が変な領域まで及ぶ。一人謎に喚く満を、真紀はそれこそ変な目で見つめる。


「考え過ぎよ……。みんなそんなことで友達やめるような人じゃないでしょ」


 満は顔を上げる。珍しく真紀の方から、満を励まそうとしているのだ。彼女は言葉を続ける。


「だいたい、友達のちょっと引くような意外な一面が知れたところで、簡単に関係が終わるわけないでしょ。そんなことで終わる友情なんて偽物よ。友達ってのは、他者の複雑な事情をなんでも寛大に受け止めてくれる。そんな存在でしょ?」

「……そうだね」


 友情や愛情など、小さなきっかけ一つで簡単に崩れてしまうこともある。しかし、そこで完全に終わらないものこそが本物ではないだろうか。関係の鎖は固く脆い。誰かとの距離は永遠であり、一瞬でもある。素敵なくらいに。


「みんな優しいもんね」


 満はやはり考え過ぎだ。物思いにふけることが多い故に、物事を余計な範囲まで広げて難しく考えている。


 そして気づく。自分は真紀を助けながら、いつの間にか真紀に助けられている。真紀がいることで、満の日常はより華やかなものへと変わっていく。満のパレットに色が次々と付け足されていく。境界線がさらに薄れていく。

 満にとって、真紀はより一層特別な存在として認識されていく。それを一言で言うと、果たして何となるのか……。


「真紀……」

「満君……」

「何にせよ、真紀の正体を隠さないといけないから同居の件はみんなには内緒ね」

「あっ、そうね……」




 二人の距離は、知らない間に少しずつ近くなっていく。そしてそれを待っていたかのように、裕介達によってある一つの作戦が実行に移されようとしていた。




   * * * * * * *




「『ひさかたの』に続くのは?」

「『光』とか『月』!」

「正解! 枕詞もだいぶ覚えられてきたね」

「えへへ~♪」


 時間は進み、今日は土曜日。世の学生達は二学期が始まった後のやっとの休日、友達とショッピングに出かけたり、家でゴロゴロしたりなど、それなりに楽しんでいることだろう。

 だが私達は違う。来週の月曜日から課題テストがある。それに向けてこの土日は、しっかりと勉強に当てることにしたのだ(満君の提案)。ていうか、満君の学校の生徒達は多分みんな同じことしてる。


 転校生である私も、実力を図るという目的で受けなければならないことになった。しかも、一日目の一時間目に古典という配置。最初に私の苦手科目を持ってくるとか、狙ってるわけ?

 とにかく今、私と満君は古典の知識を頭に詰め込んでいるところだ。


「いや~、満君教えるの上手いね~」

「そう? ありがとう」


 分からないところは満君に教えてもらっている。まぁ、ほぼ全部分からないのだけど(笑)。そんな私に、満君は古典文法の知識を一つ一つ懇切丁寧に説明してくれている。


「これならいい点取れそう!」

「取れるといいね」

「いや、絶対取れるわ! 満君が教えてくれてるんだもの!」

「はぁ……」


 満君はすごい。絵が上手い、料理が上手いに加えて勉強を教えるのも上手いとは。モテないのが不思議なくらいだ。


 ぶっちゃけ、顔も悪くないと思うし……。




 あれ、何思ってるんだろ、私……。


「絵が上手くて、料理もできて、頭もよくて、満君って本当にすごいわね!」

「えっ? え、えっと……」


 戸惑う満君に対して、私は誉めまくる。私の体の中で眠る誉め言葉達が、起きて体から飛び出したがっている。


「満君のお嫁さんになる女の人は超幸せ者だね!」

「真紀……///」


 すると、満君が手で顔を隠してそっぽを向く。気がつくと、満君の顔は真っ赤に染まっていた。


「あんまり誉め過ぎると……恥ずかしい……///」


 かわいい。素直にそう思ってしまった。いつもお世話になってるし、彼の優しさは一生かけても恩返しを終わらせられないくらいのものだから、せめてものお礼のつもりだったんだけど……。流石にちょっとやり過ぎたかな。


「あ、えっと……一旦休憩しようか!」

「うん……」


 私は休憩を提案した。なぜか私まで恥ずかしくなってきて、握ったシャーペンがこれ以上動かなくなってしまった。もはや勉強どころの空気ではない。なんか気まずいわね……。なんとか場を和ませなくちゃ! よし、話題を変えよう。


「ねぇ、いいもの見せてあげようか?」

「え? うん」


 私は二階の満君の部屋へ向かい、自分のリュックを取りに行く。満君に過去の時代の植物の写真を見せてあげよう。あれはタイムマシンが無ければなかなか見られるものではない。過去の時代の人間である満君なら、かなり食い付くはずだ。

 

 私はリュックの中から、パパの一眼レフと自由研究の計画表を取り出す。ん? 自由研究? あっ……。




 私は階段を下りて、満君が待っている居間に戻る。


「真紀、それ何?」

「えっと……夏休みの自由研究です……」

「へぇ~。見せてよ! 未来の学校の自由研究って、何やってるの?」

「えっと……その……」


 まだまだ満君に助けてもらうことがあるようだ。




「自由研究……手伝ってください……」

「え?」






「年表はこんな感じかな」

「すごい! 満君まとまってる!」


 満君は植物の進化の過程を分かりやすくまとめた年表の下書きを作ってくれた。彼に手伝ってもらいながら、私は夏休みの自由研究を進める。

 考えてみれば、これを今やる必要は全く無い。だが、元の時代に戻ったらやらなくてはいけない。タイムマシンに乗って旅立ったその日に戻ってくるわけだから、戻った後でも自由研究をやる時間は十分にある。


 でも面倒くさがりの私のことだ。きっと夏休みが終わる直前まで、手付かずの状態で放置してしまう。そんなことになるくらいなら、今やっておいた方がいいだろう。

 不本意ではあるものの、せっかく時間をもらえたんだもん。満君という頼もしい助っ人もいるし、ここで終わらせてしまいましょう!


「大昔の時代の植物かぁ……こんな姿なんだね」

「でしょ~? このクックソニアっていうやつなんか、キノコみたいでしょ?」

「ほんとだ。面白いね。さっき言ってたいいものって、これなんだ。こういうのが生で見れるなんて、羨ましいなぁ……」

「えっへへ~♪」


 それは未来人の特権よ。譲ることはできないわ♪ どうしても見たいなら、一度死んだあとに未来人に転生して、タイムマシンに乗って見に行くことね!

 それにしても、もし私が自由研究に過去の時代の植物の写真を撮りにタイムマシンに乗ろうと考えなければ、満君と出会うこともなかった。出会いというのは本当に不思議なものだ。


 気がつけば、この時代にやって来たばかりの頃に心に巣食っていた、とてつもなく恐ろしい不安な気持ちが解消されていた。それも全て、満君のおかげだ。毎日がとても充実していて楽しい。本当にこの時代に来てよかった。


 なんか、帰りたくなくなっちゃったなぁ~♪




 ……なんてね。


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