第30話「優しさに満ちる」
満君の助けがあって、自由研究の課題はあっという間に終った。
「すごい! こんなにしっかりした自由研究初めてしたわ……」
私の目の前には、完璧にまとめられたドでかい年表が広がる。過去の時代の植物の実物を写した写真と、一枚一枚に記されたこと細やかな解説。それから、この研究を通して得られた知見を書き連ねたボリューム満点なレポート用紙……。
日頃から私を馬鹿にするクラスメイトや先生を見返すには、十分すぎるくらいの自由研究だ。
「満君のおかげで早く済んだ! ありがとう!」
「どういたしまして」
やっぱり誰かに手伝ってもらうと、早く終わって楽ね。まとまりもよくなるし。でも満君、自由研究まで手伝ってくれるなんて……。昔の時代の植物を時代別にまとめるっていう、簡単そうで実は難しいようなことも、嫌な顔一つせず手伝ってくれる。
「満君、あなた……一体何者なの?」
「え?」
「なんでそんなに優しくしてくれるの? 未来の学校の宿題まで手伝ってくれるなんて」
「なんでって……別に意識して優しくしてるわけじゃないよ。これが素みたいなものだし」
満君の返しには、毎度毎度感心してしまう。何ですって!? これが素? だとしたら満君、マジ天照大神だわ。あ、天照大神は女神だったわね。また間違えちゃった。とにかく満君、すごい!
「それにしても、真紀は植物が好きなの?」
「特別好きってわけじゃないけど、タイムマシンを使うようなことやってみたいと思ってね。まぁ、帰れなくなって過去の時代にしばらく暮らすことになるとは思わなかったけど……」
「それは災難だったね……」
確かに災難かもしれないけれど、そのおかげで満君と出会い、こうして何不自由なく生活できている。そのことには、素直に感謝しないといけない。
「そうだ! この時代にしかない植物とかない? せっかく来たんだから、知ってたら何か教えてよ!」
私はふと思いつき、満君に尋ねた。あるかどうかは分からないけど、もしあったら見てみたい。満君の時代だから、すっごく思い入れのある植物になりそうだ。
「えぇ!? いきなり言われてもなぁ……。うーん、珍しい花とかじゃないけど、庭にあるよ」
「ほんと? 見せて!」
そう言って、満君は庭に入る窓を開けた。満君と私は足元に置かれてた靴を履いて、庭に出た。目の前にはスミレやらユリやら、可愛らしく美しい花の数々が植えてある鉢が並んでいた。すごい! とっても綺麗だわ!
「こっちだよ」
いつぞやテントやシュラフを取り出したであろう倉庫の方へ、満君は向かっていった。この花達は確かに綺麗だけど、満君の言う特別な花とは違うらしい。まぁ、私の時代にもあるし、そんなに珍しいわけではないということは私にも分かる。私は満君に付いていった。
「これだよ」
満君は立ち止まり、膝を下ろしてしゃがむ。私も隣に来てしゃがむ。そしてその花を覗きこむ。
「チューリップ……?」
「そう。僕の特別な花」
そこにあったのは、何の変哲もないピンク色のチューリップだった。これが満君の言う特別な花だという。このチューリップが? チューリップも私の時代にあるし、ごくありふれた普通の花のように思える。どうして特別なのかしら?
「これが? どうして?」
「この花はね、お父さんの形見なんだ」
一陣の風が吹き、私達の髪と服を揺らす。私は満君のお父さんを知っている。咲有里さんが教えてくれたのだ。
「形見?」
「まだ言ってなかったけどね、僕のお父さんはもう亡くなってるんだ」
実はもう知らされている。分かりきったこと。なのになぜだろう。「亡くなった」、「死んだ」の現実の数々にとてつもない重みを感じる。他の何よりも重い命の重みだ。
「お父さんはジャーナリストでね、飛行機で海外に取材に行ってた。その飛行機がハイジャックに遭って、操縦室を乗っ取って、そのまま飛行機が……」
満君は自分の父親の死の事実を、私の胸に刻み込む。いっぱいいっぱいの私の胸は、張り裂けそうになる。それでも、私は満君の悲しみを心から受け止める。
「このチューリップは、お父さんとお母さんの二人で育ててたんだ。僕が生まれる前から」
それから満君は私に語った。一つの花に込められた親の愛を。
* * * * * * *
咲有里は病院のベッドから、赤ん坊の様子を見て頬を緩める宏一の姿を眺めていた。無事赤ん坊が生まれ、採血、尿検査、体重測定を済ませ、後は退院診察を残すのみ。少し空いた休憩時間に宏一が訪れ、赤ん坊の様子を見に来た。
宏一は赤ん坊の頬を、人差し指でつんとつつく。赤ん坊はびっくりしたような顔をして、ふわぁと小さなあくびをする。
「あぁぁ……可愛いなぁ♪ こんな可愛い子が僕らの子供だなんて、幸せだなぁ♪」
日々の取材で詰め込まれた生活を送ってきた宏一。初めてできた息子は、その癒しとなっていた。またいつ仕事が入って、この子と妻に会えなくなるかわからない。宏一は今のうちにこの温もりを蓄えておこうと考えた。
「ねぇ、あなた」
咲有里がふと口を開く。
「ん? 何だい?」
「この子の名前、何にする?」
「名前か……僕も考えてみたんだけど、いい名前が一つも思い浮かばなくて……」
赤ん坊が生まれて4日目。宏一は自分の子供の名前を決めるのに相当悩んでいた。名前は親が子供に送る最初のプレゼントだ。しっかり考えなくては、子供のためにならない。
「ごめんよ」
「大丈夫よ。あなたが案が無いなら、私が決めてもいい?」
「君が? もちろんさ! 何か案があるのかい?」
「一つ、いいなぁって思ってるのがあってね」
「おぉ! 何?」
今まで目線を下に向けて話していた咲有里。その目線を上げ、宏一の顔をしっかりと見つめて言う。
「みちる……」
「みちる?」
「うん。満足の『満』で
宏一はいい響きの名前だと思った。それは咲有里の口で、咲有里の声で放たれた名前だからかもしれない。
「どうして?」
宏一が理由を問う。咲有里はすぐには答えず、病室の奥にあるテーブルに目を向ける。
「このチューリップの花、覚えてる?」
テーブルの上には、ピンク色のチューリップが入った花瓶が中央に置かれていた。見事なピンク色の花を咲かせている。宏一もチューリップへと顔を向ける。
「あぁ、もちろん。僕ら二人で育てたからね」
このチューリップの花は、二人が同居に慣れてきた頃から育て始めたものだった。いつもは家の庭で鉢に植えてあるのだが、咲有里の入院と同時に花瓶に移して病室に飾ったのだ。二人の愛を象徴するような花だ。
「チューリップの花言葉って、色によって変わるの。赤色なら『真実の愛』、黄色なら『望みのない恋』、そしてピンク色なら、『誠実な愛』」
「『誠実な愛』かぁ……素敵だね!」
「でもね、チューリップ全般としての花言葉は『思いやり』」
「思いやり……」
宏一はその言葉を聞いた途絶、咲有里が「満」と名付けた理由を少し垣間見たような気がした。
「だからこの子にも、他人のことを思いやって、優しさに満ち溢れた子に育って欲しいの」
「なるほど……」
「あなたみたいにね」
「えっ……///」
不意討ちを食らう宏一。しかし悪い気はしない。
「優しさに満ちる……か。君らしいね」
二人して笑った。こうして青葉満が誕生したのだ。
* * * * * * *
「咲有里さんが名付けてくれたんだ」
「うん。まぁ、花だからいつまでも咲くわけじゃない。チューリップも何度も枯れちゃったんだ。でも、その度に新しい球根を買ってね、一から育ててるんだ。お父さんがいなくなった後も、何度も何度も」
枯れては何度も植えて育てていく。まるで喧嘩しては仲直りを繰り返す家族のようだ。青葉家が喧嘩をするかどうかは分からないけど、このチューリップは青葉家を具現化したようなもの。
チューリップを見つめる満君を、私は微笑ましく眺める。咲有里さんみたいな母親にでもなったかのように。
「このチューリップは、お父さんとお母さんが僕のために育ててきたようなもの。だからこの花は特別なんだ」
完全に納得だ。満君はしっかりと両親の愛をもらい、しっかりと優しさを受け継いでいる。このチューリップは両親の愛であり、満君自身でもあるのだ。
満君の生まれた経緯を聞いて、さっきまでの私の心の中の張り裂けそうな気持ちがどこかへ消えてしまった。不思議だ。
「……」
そして私は気がついた。それは満君が素敵な笑顔を私に向けてくれたからだった。私の心の中にさっきまでとはまるで違う、でもいつからか気がつかないうちに芽生えていた一つの温かい感情が形を成した。
だが、それを私は知らなかった。
ザバーン
夜、私は湯船に浸かった。今日一日溜まった疲れを洗い流すために。やっぱりお風呂は気持ちいいなぁ。ずっと入ってたいなぁ。あ、それはダメか。のぼせちゃう。
それにしても……
「大きいわね……」
「ん? 何か言った?」
「あ、いえ! 何でもないです!」
私は咲有里さんから目を反らす。実は今、咲有里さんと二人で一緒にお風呂に入っている。咲有里さんは今、シャワーの前でボディーソープを染み込ませたタオルで、体を洗っている。それを私は湯船に浸かりながら眺める。
咲有里さんは相変わらず胸が大きい。泡が乗っかるほどふくよかなおっぱいだ。服を着ていても分かるのだから、裸になると更にそれが強調される。
え? それって何って? えっと……エッチさというか……その……アレよ。
「……」
私は今度は視線を自分の胸に向ける。両手をあてて、大きさを確認する。う~ん。Bは確実にある。Cあるかないかくらいだ。目で見て、「あ、あるなぁ~」くらいはある。これは決して貧乳の部類には入らないだろう。心の中で小さなガッツポーズをする。
巨乳を前にすると、どうしても勝ち負けを気にしてしまう。まぁ、咲有里さん相手じゃ勝ち目は無いから、気にしても無駄なんだけど。とりあえず貧乳とは思われないことだけが……
「今日は満と何してたの?」
「え!?」
うわっ、びっくりした! 急に咲有里さんが話しかけてきた。さっきから頭の中がおっぱいでいっぱいだったから、反応が遅れちゃった。おっぱいでいっぱい……フフッ(笑)。
「えっと……テストの勉強してました!」
「あらあら」
「満君すごいんですよ! 私が分からないところを詳しく教えてくれて、すっごく頭いいんです!」
「満ったら、偉いわね~。ご褒美をあげなくちゃ」
咲有里さんの頬が緩む。この人が子育てを心から純粋に楽しんでいることが分かる。
「もちろん、勉強を頑張った真紀ちゃんにもね」
「ありがとうございます!」
やった! 何かな? もしかして、咲有里さんが帰ってきた時に、持ってた買い物袋の中にアイスクリームが入っていたけど、それかな? とにかく楽しみね♪
「満君ったら、本当に優しいんです! 学校でも校内の案内とかしてくれたり、他の友達と仲良くなる機会を用意してくれたり、お弁当作ってくれたり。すごく助かってるんです!」
「あらあら~」
「それから! この間ゲームセンター行ったんですけど、クレーンゲームで私の欲しいぬいぐるみを取ってくれたんです! 満君が自分のおこづかいを使って! 本当に満君は優しくて頼りになって……」
自分が満君のことを褒めてばかりいることに、私はまだ気がついていなかった。そして一番言いたかったことが出てきた。
「すごく……カッコいいです」
満君といえば優しいというイメージが染み付いた今に、なぜか「カッコいい」という言葉が割り込んできた。分からない。なぜかしら?
「真紀ちゃん、もしかして……」
その答えを、咲有里さんは一目で見抜いた。
「満のこと、好き?」
形を現した温かい感情の存在を、他の誰かに言われて初めて気づいた。彼の名前は、青葉満。私の初恋の相手だ。
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