第28話「みんなでお弁当」



「ははっ、大丈夫だって。愛はまだまだそんな歳いってないから」

「え~、そうかしら? 咲有里さんと比べると、私結構老けてると思うんだけど」


 愛とアレイは咲有里に淹れてもらったコーヒーと紅茶を飲みながら、青葉家のリビングで談笑していた。咲有里が食卓に出す物は、常に文句を言う余地もないほど美味だった。


「咲有里さんは……特殊な方だよ」

「うーん」

「それより、愛にいくつかメモリーキューブ渡したよね?」

「えぇ」


 愛はズボンのポケットから、自分に渡された二個のメモリーキューブを取り出した。自分達の正体を勘ぐられた場合にすぐさま対応できるよう、常に携帯している。


「まだ電池残ってるかい?」

「もう全部無いわ」

「そうか。僕もあと最後の一個だよ。これも半分しか電池ないけど……」

「私達使い過ぎよね……」


 メモリーキューブは未来人の必需品だ。人間のいる過去の時代に行く場合は、必ず持っていかなくてはならない。本来なら使う機会は少ないのだが、アレイ達のように不本意ながら過去の時代に長期間滞在することになってしまった場合、電池の節約が重要になる。


「一応充電器を持ってきたんだけど、この時代のコンセントに刺さるかなぁ?」


 今やメモリーキューブの電池の残量が自分達の命と言っても過言ではないかもしれない。アレイはテレビの横にあるコンセントの側まで行き、充電器のケーブルをコンセントの穴に近づけた。


「やっぱり、形がまるで違うな……」


 当然ながら、コンセントは長方形の穴が横に二つ並んだ一般的な型だ。この型はこの時代の日本では普遍的ではあるものの、アレイ達の時代の型には合わない。充電器は金属部分の先端が丸い棒状になっており、目の前のコンセントには刺さらない。


「タイムマシンがあればなぁ……」


 タイムマシンにこの充電器が刺さる型のコンセントがあるが、生憎タイムマシンはまだ故障中だ。メモリーキューブの充電ができない以上、自分達の正体を悟られないよう慎重に生活しなくてはいけない。


「まだタイムマシンは直らないの?」

「あぁ、悪い。僕の技量じゃ歯が立たない。タイムテレフォンの方は?」

「こっちもよ。全然繋がらない」


 この頃愛は毎日タイムテレフォンを耳に当て、時間監理局への連絡を試みている。しかし電波の状態が悪く、一向に繋がる気配はない。ワームホールの乱れが今もなお続いていることが関係しているのだと、アレイは推測する。


「ここまで続くのは初めてだな」

「もしかして、ずっとこのままなのかしら……」


 愛がいつになく不安げに頭を垂れる。彼らにとっては異例の事態だ。元の時代との繋がりが完全に途絶え、未だかつて味わったことのない恐怖が全身を震え上がらせる。


「……」


 アレイは愛の肩に手を乗せる。


「大丈夫。僕達は絶対に助かる。約束しただろ? 家族みんなでこの危機を乗り越えようって」

「アナタ……」


 二人は身を寄せて抱き合う。夫婦の愛の力で、恐怖を吹き飛ばす。自分は一人ではない。家族が一緒にいるのだ。今はきっと乗り越えられると信じて待つのみ、二人は元の時代への帰還という望みを最後まで捨てず、懸命に現実と戦った。




   * * * * * * *




「もう、ママったら……」


 私達は家を出て登校路を歩く。満君と自分達の母親について語り合う。本当に今朝の光景には目を疑ったわ。ママったら……歳を考えなさいよ、歳を。


「僕のお母さんも、さっき制服姿を自撮りして写真送ってきた……」


 満君がスマフォで咲有里さんの自撮り写真を表示する。写真の中で女子制服に身を包むノリノリな咲有里さん。元々見た目が若々しいから、現役の女子高生にしか見えない。めちゃくちゃ似合ってるじゃない。


 まぁでも、自分の母親が自分の学校の制服を着てたら、なんかこう……心に衝撃が走るわよね。お互い母親に苦労する私達だ。


「そういえば、これ」


 満君は先を歩く私を呼び止めて、何枚か折り畳まれた紙を渡してきた。私はそれを受け取る。


「何これ?」

「昨日の古典の授業、真紀ずっと寝てたでしょ? 僕なりに要点とかまとめておいたから」


 え、何それ……私のためにやってくれたの? 私は紙を広げて中を見る。助動詞の用法や和歌の修辞法など、おそらく昨日古典の授業で石井先生が話したであろう内容が、満君の細かい解説付きで分かりやすく書かれていた。すごい。


「こんなの、いつの間に……」

「真紀が寝静まった後、起きて夜中に書いたんだ。多分昨日の内容分からないと、今日の授業も付いていけないと思うから」


 私が授業中寝ていたから、その内容を私のためにまとめておいてくれたという。感謝と同時に、多少の申し訳無さを感じた。今日からはちゃんと起きて授業受けよう。


「他に分からないところとかあったら、よかったら僕に聞いてね。もちろん古典以外でもいいから」

「ありがとう! 満君!」

「うん」


 なんて満君は優しいのだろう。満君の支えがあるなら、嫌いな勉強も頑張ろうという意識が芽生える。どうしてここまで私に尽くしてくれるのか。それに、さっきから胸の辺りがドキドキしているのも不思議だ。


「何なのかしら……コレ……」

「何が?」

「あ、いや、何でもない」

「そう。そうだ、弁当のことだけど」


 お弁当? あぁ、昨日約束したお昼休みに手作り弁当を用意してくれるという話だ。今朝、満君はしっかり作ってくれていた。今満君の右手には、大きなお弁当の袋が握られている。

 でも、二人分にしては何やら大き過ぎなようにも見える。とにかく、そのお弁当がどうしたって?






「これ……マジで満が作ったのか?」


 私達は昼休みに食堂に来た。そして、隣には綾葉ちゃん。その奥には綾葉ちゃんといつも一緒に行動しているという友達の美咲ちゃん。満君の方には背の高い男子二名が座っている。

 私を含めて計六人、テーブルの上に広げられた満君のお弁当箱を見て驚愕する。


「うん。みんなの分も作ったんだ」

「すごいわね、満君」


 他の四人も、お弁当箱の中に詰められた食材の数々を覗き込み、感銘を受ける。


「この量作るのって大変だったろ……」

「まあね。それと、この機会を利用して真紀をみんなにも紹介しようと思って」

「神野真紀です! みんなよろしくね!」


 満君はお昼休みの時間に、ついでに私に自分の友達を紹介すると言った。みんなをわざわざ連れてきて、しかもみんなの分のお弁当まで作ってきたのだ。どうりでお弁当箱の入った袋がやけに大きいなぁと思った。


「俺は桐山裕介! よろしくな!」

「派江広樹だ。よろしく」


 ふむふむ、裕介君と広樹君ね。OK~♪ いつも満君がお世話になってます♪


「もう言ったけどとりあえず改めて、空野綾葉です! よろしくね」

「私も改めて、谷口美咲です。よろしく」

「みんなよろしくね~♪」

「……」


 みんなが一斉に満君を見つめる。視線で「お前は自己紹介しないのか?」と訴えている。


「あ、えっと、青葉満です。よろしく……」

「よろしく~」


 実はもう密かに深く知り合っているけれどね。でも、他のみんなはもちろん私と満君の関係を知らないため、初対面の雰囲気を作らないと不自然に思われる。やりにくいわね……。


「なぁ満、もうこれ食っていいか? 腹が減ってしょうがねぇんだ」

「あぁ、いいよ。召し上がれ」

『いただきま~す!』


 六人で一緒に手を合わせた。そして裕介君は一目散に箸を掴み取り、唐揚げを箸で挟んで口に運ぶ。


「うめぇぇぇぇぇぇ!!!」


 裕介君に続き、綾葉ちゃんと美咲ちゃんも唐揚げを頬張る。


「美味しい! やっぱり満君、料理上手いわね~♪」

「満君の料理の上手さはママ譲り」

「さすがだな~」


 広樹君は卵焼きを口にしていた。満君の味を口にしたみんなは、揃いも揃って満足げな顔だ。私も食べよっと♪


「もぐもぐ。はぁ~♪ 美味しい!」


 これが満君の味? 流石だわ! きっと目の前のお友達だけでなく、全人類が認めるほどの美味しさだ。咲有里さんにも負けてないんじゃないかしら。親子揃って料理上手なんて、羨まし過ぎる。


「ところで真紀ちゃん」

「ん?」


 私は箸を止め、綾葉ちゃんの方へ視線を向ける。


「満君といつの間に仲良くなったの?」

「え?」


 視線は満君の方へ移動した。そっか、みんなの視点から見れば、私と満君がいきなり仲良くし始めたように見えるもんね。満君は「え……何?」とでも言っているかのような、きょとんとした表情で戸惑っている。ここは私が正直に話そう。


「えっとね、実は私満君の家に……」

「あぁっ!!!」

「んんっ、むぐぐ……」

 

 満君がいきなり私の口を両手で押さえてきた。何なに!?


「あっ、ごめん真紀! えっと……僕達実は家が近くにあってさ! 朝一緒に登校するようになってそこで仲良くなったの!」


 満君はそれらしい嘘でごまかした。でもビックリした~。私、何かヤバいこと言おうとしたっけ?


「そうか。そういえば、一瞬だけど朝お前らが一緒に歩いてるとこ見かけたな」


 え、そうなの? まさか裕介君に見られていたとは……。でも未来人がどうのこうのの話はしてないから、私の正体とかはまだバレていないわよね?


「なるほど。それで仲が良いのね」

「そうそう」

「いや~、俺最初見たとき、二人って付き合ってるのかt……」


 すると、今度は広樹君が裕介君の口を両手で押さえた。なぁに? 満君の真似? それに、綾葉ちゃんが広樹君へ向けてサムアップをしたような気がした。何してるの?


「どうしたの?」

「いや! 何でもないの!」

「はぁ……?」


 私と満君は首をかしげた。全然状況が読めないんだけど。なんか……賑やかで不思議なお友達ね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る