第3章「一線を越える」
第26話「昼休み」
「隣街ってどこ? どこから来たの?」
「好きな食べ物は?」
「緑色の髪してるけど、ハーフなの?」
「どんな人がタイプ?」
「1+1は?」
高校での転校生はたいへん珍しく、案の定真紀の席は大勢の女の子達に囲まれていた。いきなりの質問攻めだ。転校生の登竜門みたいなものだろうか。それにしても、大人気だなぁ。
「えっと……私、聖徳太子じゃないんだから……」
「こらこら、みんな質問し過ぎ! 神野さん困ってるでしょ」
綾葉ちゃんが間に入り、女子達を落ち着かせる。男子との交流も深い綾葉ちゃんだけど、もちろん女子とも仲が良い。女子グループの中でもリーダー的存在だ。
「ごめんね、神野さん」
「あ、いや、大丈夫」
「私、空野綾葉。よろしくね♪」
「うん! よろしくね、空野さん」
「綾葉でいいよ」
「じゃあ、私も真紀で」
「よろしくね~」
仲良くなる時のお決まりのやり取りをして、次々と友達になっていく真紀と女子のみんな。その光景を、僕ら男子達は蚊屋の外で眺める。
「ちくしょ~! 女子の奴らズルいぜ。俺も真紀ちゃんと仲良くしてぇのに……」
「そうだね」
「ん? やけにテンション低いなぁ、満。転校生だぜ? 女の子だぜ? 美人だぜ?」
「あ、いや……」
裕介君達は想像もしないだろうなぁ。あの真紀こそが、僕が自宅で匿っている未来人だってことを。しかも同居しているということを。自慢するわけではないけど……。
キーンコーンカーンコーン
ガラッ
「お~い、古典の授業始めるぞ~。席に着け~」
授業開始のチャイムが鳴り、石井先生が教室に入ってきた。先生が入ってくると、女子達はぞろぞろと自分の席へ戻っていった。
「あ、えっとかみn……」
「『じんの』です!」
「ごめんごめん。神野さん、これ教科書ね」
石井先生は真紀の机の上に授業に使う教科書セット一式を置いた。
「本なんですね」
「え? そうだけど、それが何か?」
「何でもないです! ありがとうございます!」
真紀がふらっと溢した疑問を、僕は何となく察した。まぁ、84年後の未来の学校に通っていたわけだし、教科書は電子化されてるだろう。僕の時代の学校は実に遅れている。
「それからこれ、この学校の鞄ね」
「何から何まで悪いですねぇ~」
「一時間目は古典だよ。私が担当の石井ね」
「げっ……あ、いえ! 何でもないです! えっと、石井先生……このクラスの担任でもありますよね。よろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく」
一瞬真紀が嫌な顔をした。もしかして古典苦手なのかな。気持ちはわかるけど。
「下に推量がきた場合、上の完了は強意となる。この文のだと……ここだね」
石井先生が教科書に書いてある古文の例文を見ながら、助動詞についての説明をする。古典の授業を好きな人はあまりいないため、授業の中盤ほどで集中して話を聞かなくなる人がちらほら出てくる。みんな聞きなよ……。
「すぅすぅ……」
後ろの方から寝息が聞こえる。誰か寝ているな。僕は寝息の聞こえる方をちらりと見る。もしかして……
「すぅすぅ……」
やはり真紀だった。教科書を枕代わりにして、幸せそうに寝ている。そういえば前に、未来の学校ではいつも寝てばかりいるって言ってたなぁ。あれも本当だったんだ。
「また『む』だ。これははたして推量かな? 『む』の……」
石井先生の口が止まった。そして、視線が真紀の方へ伸びている。居眠りがバレたか。
「『む』の覚え方があったよね。谷口、言ってみな」
「スイカカンテイ」
「そう。ネタバレすると、これは推量じゃない」
石井先生は明らかに真紀が居眠りしていたことに気がついていたが、スルーして話を再開した。やはりそうきたか。石井先生はいつもこうだ。
キーンコーンカーンコーン
何だかんだで、四時間目までの授業が全部終わった。結局古典の授業の間、真紀はずっと寝てばかりいた。初日から居眠りって……やっぱり古典嫌いなのかな?
次は昼休みだ。生徒達は教室で持参した弁当を食べたり、食堂に行って買ったものを食べる。ちなみに僕は裕介君達のいつものメンバーで、教室で一緒に弁当を食べる約束をしている。
ガラッ
「あっ……」
すると、真紀は席を立ち、教室から出ていった。トイレだろうか。それならすぐ戻って来ると思うが、なぜか別にトイレに行ったわけではないような気がした。なぜそんな気がしたんだろう。
「満! 昼飯食おうぜ~♪」
裕介君が呼びに来た。綾葉ちゃんの席の辺りに、美咲ちゃんと広樹君も集まっている。今日はあそこでみんなと一緒に食べる予定だ。
「ごめん、先に食べてて! ちょっと用事思い出したから!」
「お、おい! 満!」
ガラッ
しかし、僕は弁当箱の入った袋を持って教室を出た。真紀を探しに行くことにしたのだ。
* * * * * * *
「あいつ、なんで弁当持って行ったんだ?」
教室に残された裕介は、呆然とたたずむ。
「裕介~、満君どこ行ったの?」
綾葉が裕介の元へ来た。
「いや、なんか用事を思い出したって言って教室出ていった。どこに行ったか分かんねぇ」
「うーん……」
綾葉は指を顎に当て、深く考える。
「どうする? 先に食っちまうか?」
広樹が聞くが、誰も答えられない。
「そういえば、真紀ちゃんもいない」
美咲が教室を見渡して呟く。
「それだ!」
綾葉が美咲を指差して叫ぶ。三人の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
満は学校中を探した。食堂、他のクラスの教室、保健室、職員室、図書室、体育館まで探したが、真紀の姿はどこにもいない。残りの探す場所は、一つしか残されていない。
「屋上……」
この学校の屋上に唯一続く四階の階段の前に、満はたどり着いた。この学校は四階建てで、四階から上へ行く階段はここにしかなく、ここから屋上へ上がることができる。
しかし、屋上の鍵はいつも閉まっている。事務室から鍵を借りることができるのだが、正当な目的がない限り屋上への立ち入りは禁止だ。
現に、屋上へ続く階段の前に「不明瞭な目的での屋上の利用は禁止」と書かれた看板が立ててある。周りには誰もいない。
「……」
満は階段を上る。もしかしたら、真紀は屋上にいるかもしれない。とりあえず確かめるべく、歩みを進める。
コツコツコツ……
静寂に包まれた階段のフロアで、満の足音が響き渡る。誰も見ていないはずなのに、体に緊張が走る。そして、満は屋上へ出るドアの前に立ち、ドアノブに手をかける。
ガチャッ
「開いてる……」
ドアの鍵が開いている。屋上に誰かいるのか。はたまた、誰かが屋上を利用した後に鍵をかけるのを忘れ、そのまま出ていってしまったのか。とにかく満はドアを開ける。
キー ヒュュュュュ
外に出た途端、風が満の体を押す。カッターシャツがパタパタと音をたてる。満は屋上に来たのはこれが初めてだ。屋上はかなり広々としていた。左の柵からはグラウンドが見渡せる。満は左の方へ進む。
「漫画とかアニメ見てて屋上って行ってみたいなぁ~って思ってたのよ」
真紀の声がした。満は声がした方へ振り向く。
「屋上っていいとこね。風が気持ちいいわ」
「真紀! こんなところにいたんだ」
真紀はドアのついた壁にもたれかかっていた。満は真紀の前に座る。真紀は満の隣まで移動する。
「こんなところで何してるの?」
「ただの暇潰しよ。それにしても、よく私が屋上にいるってわかったね」
「え? ま、まぁ……なんとなく」
他に探すところも無く、最終的になんとなく屋上にたどり着いたわけだが、何か他にも理由があるような気がした。それが何かは、満自身も分からない。
「満君は何しに?」
「えっと……真紀、お昼ご飯何も持ってきてなかったよね? だからこれ……」
満は自分の弁当箱の入った袋を、真紀に差し出した。
「そういえば! お昼ご飯すっかり忘れてた……でもこれ、満君のでしょ?」
「そうだけど、えっと……真紀と一緒に食べようと思ったから……」
「え?」
一緒に食べようの一言だけ言うのにも精一杯な満。同居までしている割には、変なタイミングで恥ずかしさがこみ上げてくる。
「ありがとう!」
真紀はこの日一番の笑顔を見せた。太陽の光に照らされ、彼女のポニーテールが風に揺れ、素晴らしい演出だ。満は見入ってしまった。
「ん~♪ 美味しい! やっぱり咲有里さん料理上手~!」
真紀は大粒の鶏肉の唐揚げを頬張る。今日の弁当のメインのおかずだ。青葉家の唐揚げには、醤油やみりん、すりおろしリンゴなど、様々な味付けの工夫が施されており、味は格別だ。
「お弁当って、いつも咲有里さんが作ってるの?」
「うん。でもお母さんが朝忙しい時は自分で作ってるかな」
「え!? 満君も料理できるの!?」
真紀が弁当よりも食い付いてきた。顔が近い。
「う、うん。暇な時にはお母さんに料理教えてもらってるから……」
「すご~い! 今度食べさせてよ!」
「いいよ。じゃあ明日の弁当は自分で作ってみようかな。真紀の分も僕が作るよ」
「明日? やった~! ありがとう! 約束だからね!」
「あぁ」
自然な流れで明日の弁当を作る約束ができた満。
そして、そのやり取りをこっそり聞いている輩共がいた。
「なぁ、今の声って……」
「あぁ、神野だ……」
「真紀ちゃんが満君とお弁当を……」
「スキャンダル……」
裕介、広樹、綾葉、美咲の四人だ。満がなかなか戻ってこないため、四人は学校中を探したが見つからず、この屋上に行き着いた。完全に満の通った跡をたどっている。
そして屋上に満がいると分かったのだが、当の本人は何やら真紀と楽しげな会話をしており、屋上へ出るドアの影からそれを盗聴しているというわけだ。
「満の奴、ナチュラルに弁当作る約束したぞ?」
「あの二人、いつの間にあんなに仲良く……」
「これはひょっとすると……」
「綾葉?」
「いや、詳しいことは放課後話すわ。今はあの二人はそっとしておきましょう」
「お? おう……」
三人の背中を押しながら、教室へ戻るよう促す綾葉。何かを察したらしい。四人は盗聴を中断し、自分達の教室へ戻る。話を聞かれていたとは知らず、満と真紀は幸せな昼食の時間を謳歌する。
「そういえば、ちゃんと他の生徒と職員全員分の記憶は書き換えたの?」
「もちろん♪ この学校の中の人物で書き換えてないのは満君だけよ♪」
「なんか怖いなぁ……」
「すんごい人数洗脳しちゃったから、もう残りの電池少ないわ……」
人間を洗脳するという恐ろしい行為も、もう見慣れてしまった満。真紀の影響も恐ろしいほどに大きい。だが、真紀が同じ学校で、同じ教室で共に生活しているという現実は、満の心に不思議な安らぎを与えていた。その理由を、この時点での満は知るよしもない。
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