第25話「初登校」



「いや~、危ない危ない。それで? 満君の学校はどこ?」

「とりあえず、僕に付いてきて」


 僕は真紀を連れ、人通りの少ない通学路を歩く。いつもとは違う道だ。普段は裕介君達と一緒に登校するけど、真紀と一緒にいるところを見たら怪しまれる。なので、いつもとは別の道を行き、見つからないように進む。


「真紀の方はどうするの? 手続きなんて言ってたけど、本当はそんなのしてないんでしょ?」

「まぁこれがあるから、大丈夫よ♪」


 真紀はメモリーキューブを見せびらかす。それだけでどうにもでもなるという安心感がすごい。全く便利なことだ。




 そうこうする内に、学校へたどり着く。七海町立葉野高等学校。僕が通う高校だ。

 周りの生徒達は案の定、見知らぬ女の子が堂々と正門から学校の敷地内へ入るので、その光景に見入っている。その隣には僕。みんなが注目しているのは真紀のはずだけど、僕まで恥ずかしくなってくる。


「すごく見られてる……」

「いや~、人気者になった気分ね♪」

「もう、能天気なんだから……」


 さてと、まずは真紀の制服を用意しなくては。制服さえ着れば、まず怪しまれることはない。だが、もちろん僕は女子の制服なんて持っているはずがない。だけど、あそこに行けば恐らく……。




「暇だな……。でも、暇なのはいいことか。怪我をした生徒がいないってことだし」


 保健室で独り言を呟く養護教諭の奥野智子おくの さとこ先生。本来は怪我をした生徒の介抱をする場である保健室だけど、大半は授業をサボる生徒達の溜まり場になっている。サボるのは良くないよね。

 その保健室の開いた入り口から、顔を覗かせる僕と真紀。保健室の奥にある衣服の入った棚を睨み付ける。


「んで。あの棚の中にあるのね? 制服」

「うん。おそらく」


 前に体育の授業で長距離走があり、裕介君達と走っていた時、うっかり転んで膝を擦りむいてしまい、保健室のお世話になったことがあった。

 奥野先生に消毒をしてもらっている最中にふと棚の方を見ると、カッターシャツの入った棚が開いていた。あれは男女共通で着ている夏服だ。


 その時に奥野先生に聞いたけど、生徒が汚してしまった時などのための替えの制服ということらしい。ということは上のシャツだけでなく、男子用のズボンや女子用のスカートなども予備が用意されているかもしれない。


「とにかく、奥野先生にその替えの制服を貸してもらって……」


 つまり、あの棚から真紀のために替えの制服を拝借しようということだ。いつまでも私服のままでいるわけにはいかないからね。


「でもさ、私の制服だよ? つまり女子の制服だよ? 男子の満君が女子の制服の代えを用意してって頼むのは、変に思われない?」

「確かに」

「まぁ、女装用とか言えばいいか。満君、女装似合いそうだし♪」

「えっ? もう……///」


 こんな時まで冗談はやめてほしい。だが、僕が頼みに行けないのも事実。しかし、だからと言って真紀が頼みに行くのも心配だ。「ん? あなた誰!? ここの学校の生徒じゃないわよね?」と言われかねない。

 奥野先生は養護教諭だから、生徒達との交流もかなり深い。もしかしたら、生徒達の顔や名前を覚えているかもしれない。


「どうしよう……」

「よし、私に任せて!」


 そう言って、真紀は抜き足差し足忍び足で保健室に侵入した。


「ちょっと! 真紀……」


 いきなりでびっくりしたが、気づかれてはいないようだ。奥野先生は窓から外の景色を見ており、後ろの真紀の様子は見えてはいない。あと4メートルで棚に手が届く。




「ん? あなた誰!? ここの学校の生徒じゃないわよね?」


 奥野先生が突然真紀の方を振り向いた。まずい、見つかった。しかも台詞が一言一句同じだ。案の定、生徒の顔はほとんど把握しており、校外者であることまでバレた。


「えっと、怪しい者ではないですよ。えいっ!」


 シュッ

 真紀は奥野先生の頭上にメモリーキューブを投げつけた。メモリーキューブは黄色い光を放って奥野先生を包む。


「な、何これ!? あっ……」


 奥野先生は光に包まれながら呆然と立ちすくむ。


「今よ!」


 僕と真紀は棚に向かって走る。僕は『カッターシャツ 』と書かれた紙が貼ってある棚を開け、カッターシャツとその上に着るベストを取り出す。『女子用リボン』と書かれた棚からも、女子が制服に身に付けているリボンを取り出す。

 真紀は『スカート 夏用』と書かれた棚から、夏用の薄生地のスカートを引っ張り出す。


 必要なものをすべて揃え、僕らは保健室から退散する。メモリーキューブは真紀の手元へ戻っていき、僕らは入り口の扉をピシャッと閉める。沈黙の中へ奥野先生を置き去りにする。


「はっ! 私は、何を……」


 奥野先生は僕らを見た記憶を失っていた。




「じゃあ、着替え終わるまで待っててね」

「うん」

「覗かないでよね?」

「覗かないよ! わざわざ女子トイレに入って覗く奴なんていないよ!」

「冗談よ♪」


 真紀は二階の女子トイレに入っていった。これから保健室の棚から強奪した制服に着替えるのだ。それにしても、今のが冗談なら覗いていいということになるのだけど……。


 いや、覗く気など全くもって無い。僕は変態じゃない。だが、女子トイレの近くでずっとたたずむ僕を、道行く生徒達は怪しげな目で見てくる。違うんです。覗くつもりなんて無いんです。着替えてる友達を待ってるんです。




 周囲の視線に耐えながら、真紀の着替えを待つこと10分(女の子は着替えにすごく時間がかかるのだ)。真紀が出てきた。


「じゃ~ん♪ 似合ってる?」


 僕の通っている学校の女子制服を身に付けた真紀。純白のカッターシャツの上にクリーム色のスクールベストとピンク色のリボン、紺色のプリーツスカートを履き、完全にこの学校の女子生徒に変身した。


 正直、すごく可愛い。


「あ、うん。似合ってるよ」

「ふふ♪ ありがと」

「だいぶ着替えに時間がかかったみたいだけど?」

「未来の学校の制服とは違う感じだったからね~。どう着ればいいか戸惑っちゃって……」


 なるほど。それも時間がかかった理由か。着方を教えてあげられたらいいのだけど、生憎自分は男子なので、女子の制服の着方など分からない。未来の学校の制服か……一度見てみたいな。


「それにしてもこの学校のスカート、かなり短いわね。これじゃあ風でも吹いたら見えちゃうかも♪」


 真紀は短いスカートの裾をつまんでひらひらさせる。綺麗な太ももをちらつかせ、わざと下着を見えやすくしてくる。またこれか。


「もう! やめてよ……///」


 相変わらず真紀のからかい好きには呆れる。彼女の大胆な可愛さが、何度も僕の理性を揺さぶってくる。調子狂うなぁ。一応年頃の女の子なのだから、もうちょっと上品な振る舞いというものをだね……。


「ほら、行くよ」

「は~い♪」




 またもや教室の入り口から中を覗く僕ら。ようやくここまでたどり着いたけど、入るタイミングがわからない。制服を着ているとはいえ、クラスメイトのみんなにとっては、真紀は見ず知らずの子だ。いきなり入れるわけにはいかない。


「遅いな~、満」

「もうすぐ朝のホームルーム始まるのに、満君が遅刻って珍しいわね」


 裕介君達が心配している。僕達が制服の強奪でてんやわんやだった間に、もう登校してしまったのか。それにしても、どうやって入ろう。そして、真紀のことどうやって説明したら……。


「みんな席につきな~。朝のホームルーム始めるよ~」


 担任の石井流歌いしい るか先生だ。気がつかないうちに、もう教壇の前に立っていた。まずい、もう席に着かないと。でも真紀をどうしよう……。


「もう一回使うわね。とりあえずこの教室の人達を……」


 シュッ

 真紀は再びメモリーキューブを投げつけた。この教室にいる人達を全員一度に洗脳しようというのだ。


「なんだ?」

「なにこれ?」

「ん?」

「お?」


 バァーーーン

 黄色い光は瞬く間に裕介君を、綾葉ちゃんを、美咲ちゃんを、広樹君を、石井先生を、教室の中にいるみんなを飲み込んだ。一度にこんな大勢の人間を洗脳できるのか。


「ああ……」


 僕は凄まじい光景をただ呆然と眺める。




 メモリーキューブの光が収まった。それと同時に、みんなが正気を取り戻す。


「ん? おや、君は例の転校生か。教室に来たくなるのは分かるが、まずは職員室に来てくれるかい。クラスのみんなにネタバレになってしまう」

「は~い」


 石井先生が真紀のことを転校生と呼んだ。どうやら教室のみんなには、自分は転校生だという記憶を刷り込んだらしい。このメモリーキューブというのは、つくづく便利だなぁ……。






「みんなに朗報だよ。こちら、隣街から引っ越してきた転校生だ。ほら、自己紹介して」

「は~い」


 石井先生の隣に立っている真紀はチョークを手に取り、自分の名前を黒板に書いた。


 神野真紀


「これがチョーク……初めて見たけど案外使うのは簡単ね」

「ん? 何か言ったかい?」

「いえ、何でも!」


 二人が何かこそこそと話している。またわざとボロを出さないか心配になる。真紀は書いた名前を指差す。


「これが私の名前です! なんて読むでしょうか?」


 え、ここでもやるんだ。確か、僕と初めて会った時もやったなぁ。初対面の人の前では毎回やると言っていたけど、本当なんだね。


 ザワ……ザワ……

 やっぱり。クラスメイトのみんながざわつき始めた。いきなりこんなことし始めたら、びっくりしちゃうよね。


「かみのまき!」


 すると、綾葉ちゃんが手を挙げて大きな声で答えた。


「残念! 『じんのまき』でした!」

「あちゃ~」


 早くも意気投合する二人。やっぱり女の子だ。すぐ仲良くなる。


「というわけで、神野真紀です。みんなよろしくね!」


 笑顔を浮かべる真紀の制服姿が目に焼き付く。彼女が未来人だということを、完全に忘れてしまいそうだ。もしかしたら、この時の僕は気づいていたのかもしれない。僕と真紀との境界線が、確実に薄れ始めていることに……。


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